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リコリス・モノクローム・ガーデン  作者: ネオもろこし
黒白の神鏡(モノクローム・ミラー)編

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第一話「仁義なき宅配便」1

第一章 新生・黒狐便、始動


 東帝都・不死川(シナガワ)。 再開発から完全に取り残され、時代のエアポケットのように存在する雑居ビルの3階。 かつては黴の臭いとカップ麺の空き容器、そして男所帯特有の殺風景さが支配していた『黒狐便(クロギツネビン)』の事務所は、ここ数ヶ月で劇的な変貌を遂げていた。


「お茶が入りましたよー! ……今日はアールグレイです!」


 鈴を転がすような明るい声と共に、湯気の立つティーセットが運ばれてくる。 声の主は、ルカ・ノクス。 亜麻色の髪を揺らし、フリルのついたエプロンを身に着けた彼女は、この殺伐とした裏稼業のオフィスにおける、唯一にして絶対的な「光」だった。


 デスクの上からは未処理の書類の山が消え、綺麗に分類されて整頓されている。 曇っていた窓ガラスは一点の曇りもなく磨き上げられ、窓辺には小さな観葉植物が並び、柔らかな午後の日差しを浴びて緑を輝かせている。 そして、部屋の隅には、かつてのエスプレッソマシン(故障中)の代わりに、最新式のコーヒーメーカーが鎮座し、芳醇な香りを漂わせていた。


 これらはすべて、新入社員であるルカの手による「改革」の成果だ。


「ありがとう、ルカちゃん。……あー、生き返るわ」


 古びた革張りのソファを独占し、気だるげに身を預けているのは、沈 黒燼(シェン・ヘイジン)だ。彼女は黒い道士服をルーズに着崩し、長い脚をテーブルに投げ出している。 手には白銀の輝きを放つ愛刀『無銘』を持ち、オイルを含ませた布で丁寧に刀身を拭っていた。その口元からは、紫煙がゆらりと立ち昇っている。


「……平和ねえ。腕が鈍りそうだわ」


 シェンは天井のシミを見つめ、退屈そうに嘆息した。 元・黒冠(ヘイグアン)の特級道士にして、S級指名手配犯。数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女にとって、この穏やかすぎる日常は、ある種の拷問に近いのかもしれない。


「贅沢言わないの。……平和なのはいいことよ」


 デスクに向かい、端末の画面と睨めっこをしているのは、この事務所の主、キリコ(九十九霧狐)だ。彼女は銀色のボブカットをかき上げ、パーカーのフードから覗く狐耳をピクリと動かした。 その手元には、依頼書の束と、複雑な収支計算表がある。


「それに、平和なのは表向きだけよ。……裏じゃ相変わらず、ドロドロした欲望が渦巻いてるんだから」


 キリコは計算の手を止めずに、ガレージスペースへと声をかけた。


「ちょっとジン、聞いてる? ……今月の経費、またバイクのパーツ代で赤字スレスレなんだけど」


「あァ? ……必要経費だろ」


 ガレージの奥、オイルと金属の匂いが漂う空間で、ジン(夜刃迅)が愛車『黒狐号』の下に潜り込んでいた。彼はスパナを片手に、顔に黒いオイルの染みをつけて這い出してきた。 黒いタンクトップから覗く引き締まった筋肉には、汗が光っている。


「前の仕事でサスペンションがいかれたんだよ。……足回りは命に関わるんだ、ケチケチすんな」


「アンタが派手に飛び回るからでしょ。……まったく」


 キリコは呆れたように肩をすくめたが、その表情は以前のような険しいものではなかった。 仲間が増え、騒がしくなり、経費もかさむようになった。 だが、今のこの場所には、かつてないほどの「体温」がある。それは、彼女たちがずっと憧れていた『リコリス・バロック』の日常に、少しだけ近づけたような気がして、悪くない気分だった。


「ほら、依頼が来てるわよ」


 キリコは、端末に表示された一件のメールを指差した。 その件名を見た瞬間、彼女の瞳が仕事人の鋭さを帯びる。


『緊急依頼:迷子の幽霊と、ヤクザの抗争に巻き込まれた少女の救出』


「……また厄介ごとかよ」


 ジンが、飲み干したコーラの缶を片手で握りつぶし、ゴミ箱へと投げ入れた。 カラン、という乾いた音が、開始の合図のように響く。


「割に合うのか?」


「報酬はそこそこ。……でも、放っておいたら死人が出るわね。それも、理不尽な形で」


 キリコの言葉に、ジンは無言で立ち上がり、壁に掛けてあった黒いライダースジャケットを手に取った。 袖を通し、ジッパーを首元まで引き上げる。 その背中で、見えない翼がバサリと広がる気配がした。


「……行くぞ。飯の前に一仕事だ」


「あら、楽しそうね」


 シェンが直刀を鞘に納め、腰に佩いた。 その唇が、三日月のような凶暴な笑みを形作る。


「運動不足解消には丁度いいわ。……私の刃が、血を吸いたがっているもの」


「私、救急箱持っていきます! ……あと、おやつのクッキーも!」


 ルカが大きなリュックを背負い、元気に敬礼する。彼女の純粋さは、殺伐とした現場における清涼剤であり、同時に誰も死なせないための命綱だ。


 四人の影が、部屋の中で重なる。「黒狐便」。 それはもう、たった二人の逃避行ではない。 世界を敵に回しても揺るがない、最強の家族(チーム)。


「行くわよ! ……今日も世界は、最高にマッドでポップなんだから!」


 キリコが叫び、錆びついたドアを蹴り開けた。 溢れ出す光と都市の騒音。 彼らは雑踏の中へと駆け出していく。


 東帝都・神宿(シンジュク)。 巨大な歓楽街の裏側、再開発の波に取り残された古い路地裏は、昼間でも薄暗く、湿った空気が澱んでいる。 室外機の熱風と、生ゴミの臭い。 そして、行き場を失った者たちの情念が吹き溜まる場所。


 キリコたちは、指定された場所――廃ビルの陰に到着した。そこには、生きた人間の姿はなかった。


「……誰もいないじゃねえか」


 ジンが周囲を警戒する。 だが、キリコは静かに首を振った。


「いいえ。……いるわ」


 彼女は両手で印を結んだ。 人差し指と親指で輪を作り、それを重ね合わせる。『千里眼(狐の窓)』。 彼女がその窓から虚空を覗き込むと、世界の色相が反転し、隠されていた「真実」が浮かび上がった。


 路地裏の突き当たり。 古びた自動販売機の横に、一人の少年が立っていた。 半透明の身体。 足元はなく、地面から数センチ浮いている。 年齢は10代半ば。学ランを着ているが、その胸元にはどす黒い血痕が広がっていた。


「……見えますか?」


 少年が、怯えたように声を震わせた。 その声は、ラジオのノイズ混じりのように頼りない。


「ええ。……黒狐便よ。依頼人は貴方ね?」


 キリコが近づくと、少年は安堵したように表情を崩し、そして深々と頭を下げた。


「……僕の、妹を助けてください」


 少年の名はタカシといった。 数日前、この神宿で勃発した新興ヤクザ組織『赤蛇会(せきじゃかい)』と、対立組織との抗争。 彼はただの通りすがりだった。学校帰り、妹のサクラがずっと欲しがっていた『幻のチケット』――地下アイドル『黒百合症候群(くろゆりシンドローム)』のライブチケットを、ようやく手に入れて帰る途中だった。


「サクラは……あいつらのファンで。……やっと手に入れたチケットを渡して、驚かせようと思ったのに……」


 タカシの目から、血のような涙がこぼれ落ちる。理不尽な流れ弾が、彼の命と、妹へのサプライズを奪ったのだ。


「妹のサクラが……僕が殺された現場を見てしまったんです。……奴らは、口封じのためにサクラを狙っている」


『赤蛇会』。 最近、急速に勢力を拡大している武闘派組織。 彼らは目撃者を決して生かしておかないことで知られている。


「警察は動いてくれません……。証拠がない、家出だろうって……。僕には、もう触れることもできない……」


 タカシは、自分の透けた手を見つめた。妹の頭を撫でることも、涙を拭うことも、手を引いて逃げることもできない。 無力感と絶望が、彼の霊体を黒く濁らせていく。


「お願いです……! 妹を助けて、僕の言葉を届けてください! ……チケットと一緒に、『楽しんでこいよ』って!」


 悲痛な叫び。死者の願いは、生者の耳には届かない。 だが、運び屋には聞こえる。


 カチャリ。


 ジンが、足元に置いていたレンチを拾い上げた。 その瞳には、静かな怒りの炎が宿っていた。


「……幽霊の涙は見過ごせねえな」


 彼は、タカシを見据えた。 そこには、かつて自分が味わった無力感と、それを乗り越えようとする意志への共感があった。


「引き受けた。……テメェの言葉も、妹の命も、全部ひっくるめて運んでやる」


「……あ、ありがとうございます……!」


「久しぶりの運動ね」


 シェンが、腰の直刀の柄に手を掛けた。 彼女は、紫煙を吐き出しながら、獰猛に微笑んだ。


「口封じなんて野暮なことをする連中には、躾が必要よ。……暴れていいのかしら、ボス?」


 キリコは、パーカーのフードを被り直し、狐の目を細めた。


「ええ。……徹底的にやりなさい」


 彼女は、タカシに向かって言った。


「契約成立よ。……案内して、タカシ君。妹さんのいる場所へ」


「はい!」


 タカシの霊体が、光の道しるべとなって路地裏を駆け出す。 それを追って、四人の影が疾走する。仁義なき戦いの幕が、今、切って落とされた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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