そしていつもの
週始め出勤初日の月曜日早朝である。
4月に入って経理の糞程忙しい時期が過ぎた所だが、財務課はこれからが勝負である。
「よっしゃ~、今日から気合い入れて行くぞ~」
誰に言うでもなく気合いを入れながら、会社への道を歩く桜田。ふと、向こう側の歩道に目を向けると、祐一と麗奈の2人がコンビニから丁度出て来た。
「げ。朝から目の毒じゃん・・・」
ニコニコと笑顔で祐一を見上げる麗奈と、それを嬉しそうに見て何かを話しかけている祐一。
通りかかった自転車の学生達が、雑誌モデルのようなカップルを、ガン見して通り過ぎていく・・・中にはスマホでコッソリ激写している女子高生も・・・
しかし桜田は違うモノに注目した。
「何だありゃあ?」
コンビニから1つ離れた通りから祐一達を、でかい望遠レンズが捉えているのが見えたのだ。
カメラマンは通りの影に入っていて見えない。
「芸能人の追っかけじゃあるまいし・・・」
その時丁度、信号が青になり2人が横断歩道を渡り始めるとカメラのレンズは通りの影に引っ込んでいく。
「・・・気持ち悪っ!」
桜田は思わず呟いた。
×××
祐一は週初めの月曜の朝だけ経理課に実は顔を出す為、普段より早い出勤である。
秘書室勤務になった時点で経理課時代より出勤時間が1時間は確実に早くなったが、そのさらに30分程早く会社に入ることになる。
祐一は内示もナシでいきなり移動だったため、混乱を防ぐための処置だ。
祐一なしで3月末と4月の頭を乗りきるのに大変だったようだが何とかなったので大塚もほっとしているらしい。
「じゃあ、今日から完全に5階勤務なんですね」
「ん~~、今日から、っていうか前からそうなんだけど。手伝いに行かないってだけかな? 俺の試運転期間でもあったんだろ。今日から、内勤だけじゃ無くなるし・・・」
「お父さんに付いて外出も増えるんですよね?」
「うん。代わりに西条チーフが完全に内勤になるね」
祐一の抜擢は、チーフの西条を社内に置いておきたいという会社の意向もあってのことだったらしい。
西条は重役全員のサポートをしているからである。
「今度から出張とかもあると思う」
そう言いながら信号の向こう側に目を向けると、桜田が手を振っているのが見えた。
「よう、神谷早いな。麗奈ちゃんおはよー」
横断歩道を渡ると桜田が片手を上げた。
「お前もえらく早いな桜田」
「おう、今日から、財務は本格稼働だからな。ちょい早めに行かんと間に合わん」
経理課の繁忙期が終われば一斉に財務の桜田達の繁忙期が始まる。
「そうか、そんな時期だからな」
「まあな。それよかお前ら変なのにつきまとわれてないか?」
「「?」」
「さっきコンビニのむこうから、望遠レンズでお前ら2人を追っかけて盗撮してるやつが居てさ、パパラッチかよ!? って思ったぞ。気をつけろよ~」
桜田の気持ち悪そうな表情に、祐一とレナは顔を見合わせてから先刻出てきたコンビニを振り返ったが、通り全体を見渡しても取り立てて何も変わった所は無さそうだった・・・
×××
お昼のいつものランチデート中に、それはやって来た。
「ユウイチ、ミツケタ!」
片言の日本語で、イキナリ大声を上げてこちらに走ってくるプラチナブロンドの女性・・・
いつもの中庭で、飲んでいたお茶をブッと吹く祐一と麗奈の2人。
アメリカに帰ったと思っていた女優、エマ・ホーソンである。
『祐一が婚約してたのはショックだったけど、まだ結婚もしてないし。映画の撮影で会う事もあるなら、まだ諦める必要は無いよね! ね?』
早口で喋るエマ。
『私と祐一さんはもう既に結婚しています。お引取り下さい』
流暢なイギリス英語で、そう言いながら額に青筋が立っていたのは麗奈の方であった・・・
駆けつけた通訳さんと、お付きのエージェントに捕まり会社の正面玄関に停まっていたタクシーに詰め込まれるハリウッドの子役? 女優。
タクシーの中で何かを早口で喚きながら言い訳をしていたようだが、ペコペコと頭を下げていた通訳とマネージャーが一緒に車に乗り込み走り去っていった。
「麗奈さん、イギリス英語は喋れるんだ」
「一応留学してたので。でも彼女のように生粋のアメリカ英語は無理ですね。ヒアリングしか出来ないです」
前日の日曜の夕方、思いつきで婚姻届を提出しておいて良かったと、本気で思った麗奈である。
一方、祐一はひょっとしてコレが女神様の言っていた『コレ! って思った時が手に入れ時なのよね』というヤツか・・・『収穫し損ないのキュウリ』や『ポチれなかったメ○カリ商品』に、自分がならずに済んで良かったと、遠い目になりつつ少しだけ過去に想いを馳せる月曜日の昼休みであった・・・
麗奈にポチッてもらえて幸せである。
×××
いつものようでいて、いつもとは違う夕方だ。
イシカワ・コーポレーションの専属秘書達の終業時間は不測の事態が起こらない限り17時30分で、それはほぼ何年も変わらない。
「おまたせしました」
18時直前。
1階の受付ロビーで待ち合わせていた祐一は、麗奈の声で振り返る。
「帰ろうか」
お互いに差し出した手を握って2人仲良く会社を出た。
「何だか不思議ですね。昨日から祐一さんは私の旦那様で、しかも名字が変わっちゃって石川祐一なんですね・・・」
「そんなに不思議?」
「はい。でも凄く嬉しいです」
ニコリと笑った麗奈の笑顔に、夕日が当たって赤くなった。
「今日からずっと、帰る場所が俺んちになるんだけど・・・本当にいいの?」
「はい。望むところです!」
麗奈は左手をグッと握った。
決意表明らしい・・・
昨日、木田のアトリエからそのまま区役所に寄って婚姻届を出しに行き、その後祥三を駅まで送った後、美奈をマンションに送り届けた。
最後に彼女を送る途中で祐一のスマホにLINEが入った。
運転中の祐一はスマホには出られないため、麗奈が見たのだが・・・
ピコンー
愛『荷物は運んどいたから〜』
『え』
ピコンー
愛『麗奈の荷物、祐一君のマンションに運んだから〜♡』
『えええええ! なんで?』
愛『寄り合いのお爺ちゃん達が婚姻届完了! って連絡してきたから〜』
『えええええ!』
愛『寄り合いの皆さんと私とで麗奈の引っ越し荷物、全部終わらしといたから~~ アトヨロ〜!』
『ええええええ!』
LINE終了後、30分で麗奈のマンションに帰りつくと元々備え付けの家具の中身は空っぽで、食器や電化製品も全て麗奈が持ち込んだものは一切無くなっており、布団やカーテン、服、靴すら全て消えていた・・・
慌てて2人で祐一のマンションに帰ると、8畳の和室に麗奈の布団の類と鞄やスーツケースに詰め込まれた服と靴の箱が山のように積まれていた・・・
呆然と荷物の前に立ち尽くす2人だったが、どちらからともなく笑いが漏れて、止まらなくなった。
「「女神様と忍者達には敵わない!」」
笑い過ぎてお腹が痛くなりながら、2人がそう言ったのは当然だろう。
そして、夜中遅くまで引っ越し荷物を必死で片付けた2人が、若干寝不足で朝食を会社前のコンビニで済ませたのを責める人はどこにも居ないと思う・・・
夕飯を一緒に作る為に台所に2人で立ち、会社で今日あった出来事を話す麗奈と祐一。
まるで新婚夫婦である。
というか既に夫婦なんだが、どうにも実感が湧かない2人。
「やっぱり木田さんのトコでパーティーとかしないと、実感が・・・」
麗奈が、キャベツを千切りにしながら眉を寄せる。
「今まで通りだからね」
祐一も苦笑する。
「恋人同士になったのだってつい最近だし・・・」
「て、いうか出会ってからどのくらいでしたっけ?」
2人して、カウンターに置いてある卓上カレンダーを思わず一緒に覗き込む。
「「あ、あと1週間で1ヶ月!」」
そう・・・
正確にはあと6日で、出会ってから1ヶ月である。
まあ何とも忙しくて濃い1ヶ月だったので、もっと長く感じるのだが・・・
「えらく短く感じるのは俺だけかな?」
首を傾げ、手を口元に当てて困惑気味の祐一。
「いいえ、私も、もっと長く一緒に居るような気分になってましたけど・・・」
「けど?」
「さっき私昨日からって言ったんですけどよく考えたら1週間も前から祐一さんの名字って、石川になってたんですね・・・」
「ん~~と。あんまり考えないようにしようか」
「ソウデスネ」
2人は仲良くよく記憶喪失になることに決めたようだ。
「そうだ、そういえば祐一さんの誕生日、19日ですよね」
「うん」
「最初に出会ってから40日目が祐一さんの誕生日ですね」
カレンダーを覗き込みながら麗奈が嬉しそうに言い祐一を見上げる。
それを見て物凄く破壊的に可愛い! と目眩がする思いの祐一である。
頑張れ祐一、まだゴールは先だ!
誰かの叱咤激励が聞こえる・・・
「お祖父ちゃんが昔言ってたんですよ。何でその話になったのかは忘れたんですけどね・・・」
笑顔の愛らしさに心臓発作を起こさぬよう、思わず気合を腹に込める祐一。
「うん」
麗奈が聞いた話はこういうものだった・・・
世界は1週間かけて築き上げられ、その翌日8日目で初めて本当の意味で動き始める。
人の世界は神様より時間がかかるけれど、その様に神様の真似をして倍数で出来上がるという。其れが世の理であり神様が人に与えた法則である。
人が一つのことを成し遂げようと思ったら、40日目には大抵の事が一通り仕上がるのだという。
「だから、私が願った祐一さんとの事は、祐一さんのお誕生日に叶うのかなって今さっきカレンダーを見て思ったんですよ」
ふふふっと、嬉しそうに笑うレナ。
「8の倍数?」
「そうですよ」
「じゃあ、昨日、籍を入れたのもそうなのかな?」
祐一が、カレンダーを指さして
「ほら」
「あれ? ホントだ24日目が入籍の日だ・・・」
「あー」
祐一が、頭をぼりぼり掻きながら
「麗奈さん、半分は女神様だから、人よりちょっとだけ早いんじゃないかな?」
と言うと、麗奈は暫く呆然として・・・
「あ! そういえばそうかも・・・ 」
テヘっと笑う麗奈。
「最近異世界にも全然行かないから魔法も使わないですし、普通に自分が半分だけ女神ってことを忘れてました!」
ぷっと笑い合って額と額をコンと軽くぶつけ合う。
「麗奈さんらしいね」
クスクス笑う祐一の顔が今まで一番近くにあることに気がついて、照れながらゆっくりと麗奈は目を閉じた。
温かくて柔らかい祐一の唇がそっとレナの唇と触れ合って・・・
2人の影が1つになるのを、リビングの窓の外から一番星だけがキラキラと輝きながら見つめていた。
―了―
『出会って2日で婚約しました 〜受付に女神がいたよ〜』
by. hazuki.mikado
2022.4.17. sun
今回も拙い作品をお読み頂きまして、誠にありがとうございます。(_ _)




