見たまんま、男前ですからね
エレベーターで1階のロビーに降りると受付カウンター横の廊下を進んで行く祐一。その先に受付専用のロッカールームがあるからだ。
金曜日の夕方のロビーはこれから繁華街に呑みに繰り出そうと若い社員達が騒いでいたり、早く帰ろうと急ぐ、昔はお嬢さんだった女性社員達が足早に歩いていく。
流れに若干逆らうように歩いていくと、廊下の奥の方で人の気配と幾人かの女性の声がする。
麗奈の声も混ざっているので、ミーティングかな? とも思ったがどうも揉めているようにも聞こえる。
そう長くもない廊下を声のする方に音もなく近寄っていくと
「ですから、祐一さんは婚約者です。お引き取り下さい」
という麗奈の声がハッキリと聞こえた。
『嘘!』『冗談よね』『やっぱりねえ〜』
という声が聞こえたと思ったら、こっちに向かってバタバタと走ってくる足音がしたので周りを見回して避難をした。
コカ・コーラの柄のデッカイ自動販売機の上に身を潜めて、走り去っていく私服の女子社員達を見送ると素早く猫のように廊下に降りると、慌てて受付嬢専用のロッカールームに走っていく祐一。
自販機の上がちょっと埃っていたので、若干膝の辺りが汚れてしまったが気にしない。
ドアの前に着くと、控え目にノックをする。
「はい?」
中から麗奈の可愛い声がした。
ロッカールームから顔を出したレナは嬉しそうに笑顔になり、
「ちょっとだけココで待ってて下さいね」
そういうと、ヒョイっと一旦引っ込んで、肩にショルダーバッグを引っ掛けて手には空のお弁当箱が入った手提げを持ってすぐに祐一の所にやって来た。
「お待たせしました! 帰りましょうか」
嬉しそうに祐一の顔を見上げる麗奈。
「今日は夕飯どうしますか?」
笑顔の麗奈はいつもと変わらない。
そっと手を繋ぐと、その手はとても小さく感じて、祐一の胸がキュッと痛くなった。
「麗奈さん、何か困って無い?」
会社の前のコンビニで新しい珈琲豆をカゴに入れながら、雑誌コーナーを見て何やら考えている彼女に声を掛ける。
「え、ああ。クロワッサンにするか、オレンジページにするか悩んでます」
「・・・雑誌?」
「ウ~ン、どっちも捨てがたいんですよね〜」
そういう事ではなくて、と言いたかったが、雑誌は祐一が両方買うことにした。
お弁当の豆知識が増えると、ホクホク喜ぶ麗奈を見ながら、2人で夕暮れが近付く道を手を繋いで歩く。
「先刻さ、廊下で女子社員が麗奈さんを虐めて無かった?」
「あれ? なんで知ってるんですか?」
「ごめん。迎えに行く途中で『お引き取り下さい』って麗奈さんが言ってるのが聞こえたんだよ。そしたら女子社員が3人走ってきた」
祐一は渋顔になった。
「鉢合わせしたんですか?」
麗奈が苦笑いをする。
「ううん。足音がこっちに向かってきたんで、咄嗟に自動販売機の上に隠れたんだよ。麗奈さんに手を出した様子は無かったから。でも顔は見たから、所属と名前はすぐ分かる」
祐一は憮然とした顔になる。
「俺が出ていったら、麗奈さんが却って困ることになる可能性があるからさ」
麗奈を見ながら
「いざとなったら闇討ちする」
祐一、本気で物騒である。
麗奈が引き攣り笑いになった。
「大丈夫ですから。私には凄いお助けアイテムがありますからね!」
笑顔になる麗奈に首を傾げる祐一。
「田淵さんが、教えてくれたんですよ。祐一さんの女性絡みで困ったときは、コレを見せて、ドヤ顔したら良いからって」
麗奈が左手の婚約指輪を祐一に見せる。
「効果テキメンですよ! 蜘蛛の子を散らすみたいに皆んな逃げていきますからね!」
よくわかっていないが、成程? と一応納得した祐一。
「この間のエマさんも黙って引き下がって帰っちゃったでしょう? ホントに祐一さんに助けられてますよ〜!」
いや、トラブルを引き寄せてるのは俺なんじゃないかな? とも思ったが、祐一は黙っておくことにした。
麗奈さんに嫌われたら死ねる。
切実である・・・
×××
祐一のマンションに一緒に帰ってきて、2人で台所に立って夕飯を作る。
ここ10日位はずっとこんな感じで、外食もコンビニ弁当も殆ど食べなくなった。
土日は車で一緒に大きな食料品店に買い出しに行って、平日は夕食を一緒に作って食べ、麗奈をマンションに送っていく。
何もそういう約束をしたわけでは無いのだが、自然とそうなった。
祐一は結構、というか、かなりこの生活スタイルが気に入り、幸せを感じているのか、物凄く色艶が良くなったようだ。
なんかこう言うと犬猫みたいだが・・・
色艶が良くなったついでなのか、時折伊達眼鏡をノンフレームのヤツのまま他フロアをうっかり出歩くせいなのか、社内人気が微妙な爆上がりを見せているようで先刻のような輩が出没するらしい。
「眼鏡を元に戻したい・・・」
麗奈の話を聞いて妙に落ち込む祐一である。