そしてやって来る、嵐を呼ぶ女!
12時だ。お昼だ! 麗奈に会いに行ける時間である。
色々と突っ込みどころ満載の午前中の業務だったが、件の黒縁眼鏡をかけると、秘書室のドアをそっと開けて廊下に誰もいないことを確認する祐一。
「そこまで警戒しなくてもいいんじゃないですか?」
後ろの自席に座る篠崎が、お弁当を広げながら呆れた口調で祐一に声を掛ける。
「ただ、ちょっとだけ、日本産のイケメンに一目惚れしただけじゃないですか? あの女優さんも悪気は無いと思いますよ」
そういうことになったんだね、と納得の祐一。
「会長も代表も、神谷さんが孫と婚約してるからって説明してましたよ。日本人は恋人以外と2人きりで出かけたら二股って周りから思われて立場的に困るからって説明もしてましたし」
ケラケラ笑う篠崎。
秘書室勤務のメンバーは元々麗奈が社長令嬢ということは知っている為、彼女の婚約相手が祐一だということは彼が転属した翌日には全員に知らされている。
「イケメンも大変ですね」
「篠崎さんも大変でしょ?」
「ええ、まーね。慣れましたけどねえ」
ウンザリした表情の篠崎。最初見た時は暗い人かなと思っていたが、話すと面白い人で、彼女も眼鏡を外したら凄い美人だった。
なので、祐一の今の状態に同情的でもある。
「海外の人って、日本人の感覚とズレてるからこっちの言い分聞いてくれませんからねえ」
天井を見つめて嫌そうな顔をする。彼女も色々ありそうだ・・・
「まあ、早く行かないと麗奈さんと会う時間減るわよ」
呆れた口調で西条室長も声を掛けてきた。
「じゃ、行ってきます」
ドアの隙間からスススっと出ていき、非常階段に向けてダッシュで走っていく祐一。
「ねえ、まさかと思うけど神谷君は非常階段で1階まで降りるのかしら?」
「さあ?」
篠崎と西條の呆れたような声が後ろで聞こえた。
一目散に階段を駆け下りる祐一。
駆け下りるというか、手すりの上を飛び越えてすぐ下の階にピョンピョンと飛び降りていく。
ノンストップなので多分エレベーターと比べるとかなり早いだろう。1階のロビーの非常階段に降り立った時点で、スーツを整えて受付に近づくと、麗奈がいつものようにお弁当の入ったバッグを抱えて待っていた。
「あれ? 祐一さん、今日は階段ですか」
麗奈が緑色の瞳を大きく広げてちょっとだけ驚いている。
「うん。色々あってね」
そう言って麗奈から荷物を受け取り肩に掛けると、有無を言わさず彼女を横抱きにして中庭に全速力で走って移動した。
受付に残された田淵は、何が起こったのかわからない内に見えなくなった2人を探そうとキョロキョロしていた・・・
一方運ばれていく麗奈は
『こここれはっ! お姫様抱っこと言うやつでは?』
と、思いながら目を回していた。
顔を赤くする暇もなく、気がつけばいつもの四阿のベンチに着いて座っている自分。
「一体何があったんですか? 私、いつの間にかココに居るんですが・・・」
「ごめん、ちょっと色々あって、あんまり人の目に付きたくなかったんだよ」
謝る祐一に、呆然としている麗奈だった。
×××
「じゃあ、そのエマさんという方はまだ会社の中にいるってことですか?」
「いや、もう帰ったとは思うんだけど、何しろあの業種の人達って何するかわかんないから」
麗奈の焼いた、だし巻き卵を食べながら眉をしかめる祐一。随分と芸能人を信用していない口振りである。
「用心する事に越したことはないんだよね」
何かを思い出すように苦笑いをした。
「じゃーん!!」
四阿の直ぐ横の茂みがガサガサと音がして、誰かが飛び出す。
「きゃあっ!」
麗奈が驚いて叫び、祐一に飛びつくが、祐一はそれを抱きとめながらおにぎりを咥えて観ているだけである。
「何やってるんだい、美奈ちゃん?」
そして平然としたままでお茶を口にした。
どうやら美奈の気配はモロバレだったようである。
「ちぇーっ私じゃ忍者になれないか~!」
「無理」
祐一は一言、そう言うとお茶をズズズっと飲んだ。
「んもう、美奈! びっくりしたよ!」
「お姉ちゃんを吃驚させてもツマンナイんだけど?」
美奈もマイペースだ。
×××
「でさあ、そのエマって女優は可愛いの?」
マックのハンバーガーをぱくつきながら、美奈は祐一達と一緒にベンチに座った。
「さあ? 麗奈さんのほうが綺麗で可愛い」
差し入れのチョコシェイクを麗奈と2人で飲む祐一。
デカいサイズにストローを2本突っ込んで、いわゆるリア充爆発しろ的なアレである。
コレを実の姉にさせる美奈も美奈だが、平気な祐一はちょっとだけ日本人のアラサー男子にしては変わっているのかも知れない・・・
1番照れているのは、当然麗奈である。
「ほらあ、お姉ちゃん頑張ってよ、祐一さん全部飲んじゃうよ?」
「美奈ったら・・・」
「そーそ、お姉ちゃんの貰った指輪を見に来たんだよね。アタシ! ねえ、見せて見せて!」
マックの紙袋に紙屑を放り込みながら姉にくっついて左手を、取って・・・
固まった。
「え、ナニコレ」
ミナも田淵と同じ表情になったのは言うまでもない・・・
唐突に。
真顔になってスマホを徐ろに取り出して、何かを高速で打ち込み始める美奈。
「急にどうしたのよ美奈?」
「ママを呼んだの・・・」
「「何で?」」
と、2人が首を傾げたと同時に茂みの中が発光した。
今日の金髪翠眼美女はネイビーブルーのワンピース・スーツで御登場である。
石川アイーシャ、職業女神様。
麗奈と美奈の母である。
「何よ美奈、今から買い物に行こうとしてたのに。あら、祐一君と麗奈じゃない。今日も仲良しね〜」
2人で仲良くシェイクを抱えて呆然としているのを見ながら、おほほほほと高笑いである。
通常運転だ。
「ママ。あのね」
女神の耳元でゴニョゴニョと何かを、報告する美奈と、それを聞いてガバッ! とこちらを向く女神。
ダダッと麗奈に近寄りその左手の婚約指輪(仮)をマジマジと見る・・・ 何か怖い。
「祐一くんコレって」
「? 婚約指輪の代わりですけど、忙しくて作りに行けてないんです。すみません」
「ねえ、コレってローン?」
「いや、一括払いです。カードで支払いしましたけど? 払い残しとかはありませんよ」
キョトンとした顔の祐一。
「ねえ、お姉ちゃん婚約指輪はコレでいいよね!ね!」
美奈が麗奈にスゴイ顔で迫る。
「え? うん! 祐一さんが初めてプレゼントしてくれた物だし、これがいいって私も思ってたの。祐一さんと私のイニシャルを刻印してもらいに行きたいです。いい?」
「え、それでいいの?」
麗奈が嬉しそうに、そして美奈とアイーシャが引き攣った顔で、ウンウンと頷いた。
「じゃあ、宝飾店に刻印しに行くついでに、ティファニーに行って婚約指輪の代わりに、揃いのデザインのネックレスを買いに行こうか? 多分あっても普通のダイヤだと思うけど」
優しく麗奈に向かって微笑む祐一に、アイーシャと美奈が白目になった。
そこへ・・・
「ユーイチ! イタッ!」
この上何が起こったよ?という顔で振り返る美奈とアイーシャ。
そして正面に視線を向けて、マックシェイクを一緒に吹き出しそうになり咽る祐一と麗奈。
そこに立っていたのは、先刻のエマというプラチナブロンドの女性。
と通訳さん。
更に後ろには、ボランティアの代表と辰夫会長も困った顔をして立っている。
「何? アレが例のアレ? 確かに可愛いけどさ~ママやお姉ちゃんの方がずっと美人じゃん」
美奈が小さい声でブツクサ言っている。
ツカツカと四阿に進んできて、ガッと麗奈が坐っている方とは反対側の祐一の腕を掴んだ。
ぎょっとしたのは、祐一以外の全員だろう。
『ユウイチ、ずるい。映画がクランクアップしたら日本に帰るって聞いてなかった。デートしてくれって言ったのに何で勝手に帰っちゃうの? 追いかけて日本に来るために仕事だって真面目に取ったのに! せっかく会えても逃げるし。エマのこと嫌いになったの?』
物凄い早口で英語をまくし立てる。
美奈が、口を尖らし不満そうな顔をして。
『アタシの義兄さんに勝手に触らないでよ! 失礼だよ! 姉さんとデートしてるのに邪魔しないでよっ』
そう英語で喚きながら、祐一の腕を掴んでいた彼女の手に空手チョップを入れて、無理矢理その手を離させる。
現役モデルはハリウッド女優に負けていなかったようである・・・
「ああああぁ・・・」
祐一が天を仰いだ。




