第63話 オブレスト公国の白雪姫
その後、メグとの話が落ち着いたのを機に、わたしは那月とモニカさんを客間に呼び出す。
相手が隣国のお姫様なので、まずは年長者で対応して、今後どうするかを検討するつもりだ。
二人は勇者とその侍女だし、この国の国王と直接話せる立場でもある様なので、メグの相手も十分務まるだろう。
「お初にお目に掛かります、マルグレーテ殿下。シグルス王国の勇者、ナツキと申します」
「まあ! 貴方がかの『月華の剣姫』なのですね! お姉さまとはどの様なご関係なのですか?」
「……お姉さま、ですか?」
しかし、その期待はあっさりと砕かれ、メグの『お姉さま』が誰なのか理解出来ないという風に、那月は戸惑った表情を見せる。
その様子を見て、メグは咳払いをしつつ居住まいを正すと、那月に対し簡潔過ぎる一言を告げた。
「はい。そちらのフミナお姉さまの事です」
「え!? 二人は随分似てると思ってたけど、フミナってオブレスト大公家の関係者だったの!?」
「その様な縁はありませんから、安心して下さい。メグ、誤解を招く発言は謹んで頂けますか」
「すみません、お姉さま……」
「いや、一国の公女を愛称呼びっておかしいでしょ!? ホントに姉妹とかじゃなくて無関係なの!?」
対する那月も、メグの願望から生じたおかしな関係は到底理解出来なかった様で、混乱しつつも立て続けに突っ込みを入れてくる。
那月の気持ちも分かるし、どんどん場の雰囲気が混沌として話が進まなくなりそうだったので、まずは先程のメグとのやり取りを那月とモニカさんに話す事にした。
話を聞いた後は二人とも珍しく戸惑った表情をしていたけど、わたしとメグに血縁関係は無い事と、メグの希望で『お姉さま』と『メグ』と呼び合う様になった事は何とか理解してくれた様だ。
「……まとめると、マルグレーテ殿下の要望を受けて、フミナは殿下を愛称で呼ぶ事になって、殿下はフミナを『お姉さま』と呼ぶようになった、と」
「そうですね」
「うん、分からないけど了解。……取り乱してしまい失礼致しました、殿下」
一方で、メグの方は何やら考え事をしていた様だけど、那月の言葉を受けてこちらに向き直ると、いたずらっぽい表情になりつつ爆弾を落とした。
「いいえ、お気になさらないで下さい。それと提案なのですが、貴方達も私の事は『メグ』と呼んで下さいますか?」
「……理由をお聞きしても宜しいですか?」
メグの要望を受けて、那月は何とかそう返したけど、メグはにっこりと微笑んで那月の問いに答えを返す。
「正直なところ、貴方達としては私の扱いに苦慮されると考えます。であるなら、今の私は公女ではなく、一介の少女に扮した方が良いと思いまして。幸い、お姉さまと私の容姿は似ていますし、姉妹という事にすれば不審に思われる事もないのではと」
メグから随分とまともな答えが返ってきた事で、わたし達は驚く。
現状だと、一時的にしろ隣国の公女殿下をこの屋敷で預かっている訳で、すぐにこの状況が打開出来るとも限らないから、この提案は一理ありそうだ。
なので、一旦わたしと那月とモニカさんとで話し合い、とりあえずはメグの提案を受け入れる事に決める。
その方が子ども達の負担にもならないし、本人が良いと言うのだから甘えてしまっても構わないだろう。
時々、メグから熱の籠った視線を向けられて、その都度妙な悪寒に襲われたのが不安ではあるのだけど……。
また、それに合わせてメグの偽装設定も用意する事になり、彼女はわたしの従妹という事になった。
それだと、わたしがメグの事を知らなかったのは不自然な気がするけど、この世界では例え兄弟姉妹と言えども、生まれ故郷を離れてしまえば足取りを追うのは容易ではなく、ましてや従姉妹であるなら珍しくもないケースになるらしい。
そう得意気に提案をして、ニコニコと笑顔を浮かべているメグを見て、流石の那月もげんなりとした表情になっていた。
「いや、まあ分かるんだけど……。まさか、『オブレストの白雪姫』がこんなじゃじゃ馬とは思わなかったよ……」
「『白雪姫』、ですか?」
「そう、メグの二つ名ね。白雪の様な美しい肌の美姫で、儚くも物静かな佇まいとも聞いていたんだけどさ……」
那月の愚痴を聞きながら、メグの容姿についてはその評判通りと思いつつも、わたしは別の事が気になっていた。
『白雪姫』と聞くと、まずは童話を思い浮かべてしまうけど、わたし達の世界の童話と共通点があったりするのだろうか?
あるいは偶々呼び名が被っただけかもしれないけど、あの神様は愉快犯的なところもあると感じるので、その点は気を付けた方が良いかもしれない。
もしもそうなら、魔の森でメグは七匹のオークに追われていたので、七人の小人ならぬ七匹のオークだな等と益体もない考えにわたしが至った頃、メグの偽装設定や今後の処遇も定まった様なので、わたしは気になっていた事を切り出す。
「すみません、わたしから一つ良いですか?」
「はい。何でしょう、お姉さま?」
「森の中でわたしに触れた時、メグの全身が光り輝いた現象について、メグは覚えがありますか?」
わたしの質問を受けて、メグは驚いた顔をした後に困った表情を見せる。
「……はい。あれが何なのか、私も皆目見当が付かないのですが、事象としては確かに覚えています」
どうやら、メグの方も現象そのものは把握しているものの、それが何を示すものなのかは分からない様だ。
実際にメグ自身の体調に変化がある訳でもないらしく、途方に暮れた様子の彼女を見て、わたしは一つの提案を行う。
「でしたら、一つ提案になります。わたしの[神の天秤]をメグに掛けて、確かめてみても良いでしょうか?」
「[神の天秤]……ですか? 高位時空魔法の?」
「はい。但し、[神の天秤]の性質上、メグにとって知られたくない事までわたしに見えてしまうかもしれません。なので、無理にとは言いませんよ」
人に[神の天秤]を使うのは初めてという事もあり、わたしはそう告げる。
それに対して、メグは何事かを呟いた後に、輝くような笑顔で答えを返す。
「いえ、是非お願いします! 私にとって、お姉さまに隠し立てする事はありませんし、むしろ私の事をもっと知って欲しいですから!」
「そ、そうですか……」
「それよりも、[神の天秤]ほどの高位魔法すら修められているなんて、流石はお姉さまです!」
そのままにしておくと、わたしへの称賛が止まらなくなりそうだったので、魔法への集中を理由に口を閉じて貰い、メグが大人しくなったのをみて、わたしは[神の天秤]を発動した。




