第40話 終結の宿命(2)
「もしかして……」
会ったことのない相手なのに懐かしい雰囲気を漂わせる女性に、バークは思わず声を漏らす。
ドレスと民族衣装を掛け合わせたような、流線的な紫と白の服。ダークブラウンの長い髪から覗く、優しさと意思を備えた気品のある顔立ち。
腕と耳にはブレスレットとイヤリングが、陽光を静かに反射していた。
「行ってくる」
まるでどこかへ出かけるようにふわりと笑みを浮かべた女性は、垂直に切り立った街の外壁を軽やかに跳んでいく。
そして壁の頂上にスタッと降り立つと、白ゴーレムの眼前に立ちはだかった。
『お前、何者だ?』
目の前に飛んできた人物に、付喪神は目も口もない顔を向ける。
壁の上に立つ未知の者が吸血鬼であることは理解しているだろうが、初見が故に僅かに警戒の色を発していた。
「メルティア、と言えば伝わるか?」
敵意を込めた荘厳な口調に白ゴーレムは体を動かし、吸血鬼の女性──メルティアに完全に向き直った。
『何かしらの呪具で一時的に元の姿に戻ったか』
二人に分かれていたメルとティアが、吸血鬼の王族であるメルティアに戻った。
絆を繋ぎたい相手に贈るネックレス〝永遠の絆〟。呪具としての効果は〝二つのモノを一つにする〟。
付喪神の王による呪いを一時的にせよ無効化する程の力を持った道具に、地上から見守るバークも興奮に胸を高鳴らせた。
「好き勝手に暴れた代償。高くつくぞ」
凛とした声音でブレスレットとイヤリングに付いた宝石を淡く光らせ、いつでも戦いに身を投じられるように臨戦態勢をとる。
『二人が一人になったところで何が変わるというわけでもない。返り討ちにしてやろう』
一つにまとまったところで私の装甲を破れる訳がない。
そう告げるように付喪神は白ゴーレムの腕を高く持ち上げると、メルティアのいる場所に振り下ろし、分厚い外壁もろとも叩き潰した。
轟音と共に土煙がもうもうと舞い、日光が遮られ周囲が一時的に暗くなる。
人間はもちろん、吸血鬼でさえ原型を残さないような強烈な一撃。
開幕直後に終焉を迎えてしまったかと思われるような空気が漂うが。
「その自信、いつまで続くかな?」
メルティアは地面近くまで下がった白ゴーレムの腕の上に立ち、今度はこちらの番だと右手の炎の剣、左手に水の剣を生み出し、矢のごとき素早さで相手の頭部に向けて肉薄し過ぎ去り。
『なっ、今どうやって斬った!?』
攻撃を無効化できるはずの装甲をあっさりと切り裂き、頭部を半分以上奪い瓦礫の上に落下させた。
「すごい……」
バークは思わず感嘆の声を漏らす。
付喪神からは消えて見えたようだが、地上からはメルティアが高速で飛び、両手の剣を重ねて斬り抜けた姿が目に映っていた。
「本来の私の力であれば、身体能力だけでなく呪具の威力も倍増する。舐めてかかれば一瞬で終わるぞ」
メルティアは崩れていない外壁に着地し、肩越しに付喪神を見やる。
実力に裏付けられた余裕の態度。
それが癪に障ったのか、付喪神は白ゴーレムの表面に黒い歯の生えた口を作り出すと、瓦礫を揺るがす大声で吠えた。
『調子に乗るなよ小娘が!』
ビリビリと鼓膜を揺らす音が響き渡った勅語、白ゴーレムの腕や胴体から無数の触手が伸び、一気にメルティアに殺到する。
バークは自分なら避け切る自信はないと思える程の物量。
しかしメルティアは踊るように避け、当たりそうなものは斬り両手の剣で切り飛ばし、掠りすらさせない。
代わりに足場としていた外壁が崩れていくが、落ちていく瓦礫すら足場として攻撃を華麗に躱す様は、舞台の演目を見ているような気分にさせた。
「これなら本当に勝てるか──えっ?」
勝利の期待が高まる中、バークの視界がグラリと歪む。
一瞬、頭部に何か当たったのかと錯覚しかけたが、頭が痛んだわけではなく立ちくらみの様な目眩だったことにハッとした。
自分が使い続けている呪具は、魔力を一番消費すると言っていた。その反動の初期段階がこれではないか。
意識すればいつの間にか全身に軽い倦怠感が湧いていた。
このまま魔力を消費し続けていけば、おそらくもっと酷い反動が起き始めるだろう。
しかし呪具を行使できなくなればメルティアの合体は解け、千載一遇の好機を逃し街も人も消えてしまう。
それだけは絶対に拒絶してやると、例え意識を失おうとも維持し続ける意思を持ってバークは永遠の絆をしっかりと掴んだ。




