第31話 痛手(1)
「あそこに落ちたわよ」
いくつもの屋根に足を着け、飛ぶように駆け抜けた先。
放物線を描いて落ちていった白の軌跡は、城の近くの大通りに着地し、走り寄る三人を睨みつけるように見上げた。
『次から次へと、忌々しい限りだ』
いくつもの呪具を使いこなす吸血鬼たちに、付喪神は鬱陶しそうに眉間にシワを寄せる。
突然の来訪者に混乱を来たした民衆は、右往左往しながら自分の身を守る為に散っていった。
「呪いを振り撒く存在に忌々しいと言われるのは心外だな」
『傷を負っても、いくらでも回復薬は周囲にあるのでな。余興を見せてくれる君たちへの褒め言葉だと受け取ってくれて構わないよ』
屋根から軽やかに飛び降り、敵を正面に見据えたバークが冷ややかな瞳を向けると、付喪神はニィッと口端を曲げる。
メルとティアも両隣に着地し片手を上げ、相手を威圧するように炎と水を腕に這わせた。
『君たちの攻撃法と機転は非常に面白い。次は何を試してやろうかとワクワクするよ』
あくまで余裕は崩さず、圧倒的に上から見下ろす立場を貫く付喪神だが、倒す為の突破口があることは実証済みだ。
人間から負の感情を吸収して回復することを示唆している時点で、こちらの攻撃が脅威になり得ると自白しているようなものだ。
これ以上被害が拡大する前に決めてやると、バークはいつでも武器のイメージを呪具で再現できるように心を構えた。
『しかし君たちを同じ手法で攻めても、また突破してしまいそうでつまらない。なのでこういう趣向はいかがかな?』
パチンと鳴らすように指を弾いた白手袋の足元が歪む。
直後、地響きがバークたちの地面にまで届き、地震のような揺れが起き。
揺れは次第に大きさを増すと、調律を合わせるように通りに敷き詰められている石畳が剥がれ盛り上がっていく。
周囲の建物すら巻き込み始めた隆起に、慌てて大きく後ろへ跳んだ三人。
やがて目の前にそびえ立ったのは、背後に建つ王城にも引けを取らない大きさの、石畳でできた巨人だった。
「お人好しゴーレム?」
童話に出てくる人間好きなゴーレムの挿絵に似ているそれの名を、バークは無意識に溢す。
物語では人間を助ける心優しい者として描かれている人型のゴーレムだが、眼前に立つ巨体は恐怖を感じるほど威圧的に感じられた。
「ただ大きいだけじゃ、私たちをどうこうするなんて無理よ」
時間さえかければ拳や蹴りでも破壊可能だと豪語するように、メルがパキパキと指を鳴らす。
膨大な質量ではあるが所詮は石。吸血鬼の力を持ってすれば、肉体だけでも凌駕できる。さらに呪具も用いれば、早い段階で制圧することも不可能ではない。
実際にそれを見せてやろうと、メルは拳を振り被りゴーレムの足元へと飛び込むが。
『いつ私が君たちを倒す為に生み出したと言った?』
付喪神は鼻で笑うように小バカにした口調をしながら人差し指を振ると、ゴレームはクルリと反転して近くにある家々を薙ぎ払った。
「街が!?」
急な移動に対応できず空を切った拳よりも、思いがけない行動を始めたゴーレムに、メルは目を見開いて立ち止まってしまった。
「くそっ! やらせないぞ!」
このままでは街がメチャクチャにされ、逃げ遅れている人にも犠牲が出る。
バークは光叩鎚を片手にゴーレムの腕に縋りつき、渾身の力を入れて叩き割る。
ハンマーを打ち込まれた巨岩は、ガラガラと轟音を立てて地面に落ち、街の新たなオブジェになったように思われたが。
「こいつ、壊してもすぐ元通りになるわよ」
同じく足に一撃を加えたメルの目の前で、抉れた一部に瞬く間に新たな石畳が寄り集まり、何事もなかったかのような状態に戻ってしまった。
バークが破壊した腕にも崩れた瓦礫そのものが空中に浮かび戻っていく。
どうやら多少の損傷なら、簡単に再生してしまうようだ。
どこまで壊せば倒せるのか。少なくとも僅かな時間で半分以上は壊さないと、事態を収められる気はしなかった。
「かはっ!」
「メル!?」
ゴーレムが直った足を石畳に打ちつけた瞬間、地面から岩の突起が出現しメルの腹を貫き消えた。
心臓は外れているが明らかに致命的な一撃。
人間なら即死してもおかしくないような怪我に、バークは息が止まりそうになりながら駆け寄る。
腹から溢れ出る血。苦しそうに息を上げるメル。
初めて感じる死の予兆に、バークは胸が詰まりそうになる。
「大丈夫……急所は外れてるわ。吸血鬼だから傷もすぐに塞がる。心配無用よ」
メルの告げるとおり、尋常ではなかった出血も徐々に止まり始める。
吸血鬼は人間より強い肉体と再生力を持っていると聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると驚愕を禁じ得ないが。
バークはその言葉を信じ、回復するまでメルを守ろうとゴーレムとの間に立った。
「原因を断つには元からですね」
相棒の一時脱落にティアは冷静さを失わず、ゴーレムが倒しにくいなら造った張本人を倒してしまえばいいと、高みの見物を決め込んでいた付喪神へと肉薄した。しかし、
「──くっ!」
駆け上がったゴーレムの体からも岩棘が飛び出し、ティアは離脱を余儀なくされた。
『そう来るのは予想済み。簡単に攻略できると思わないことだな』
飛び降り地面へと落ちていく吸血鬼を付喪神は嘲笑し、ゴーレムに再び地面から尖った岩をいくつも隆起させた。
「ティア!」
自由落下していくティアに避ける術はない。
串刺しにされた仲間の姿を幻視しそうになるが、そんな未来は現実にさせまいとバークは走る。
吸血鬼の力を最大限に活かした、音を置き去りにするかのごとき疾走。
足が千切れようが構わないと言うように、限界まで引き絞った脚力でもって、針岩の山の手前で跳び。
凶悪な先端に触れかけた背中を掻っ攫うように腕に抱くと、岩の一つに体をぶつけながら地面に転がり落ちた。
「ティア、大丈夫か!?」
自身の体の痛みを無視して、バークは抱えていた仲間の安否を確認する。
どうやら命は救えたようだが、完全に守り切ることはできなかったらしく、左肩に深く刻まれた裂傷と流れ出る血が、死と隣り合わせだったことを物語っていた。
「見た目は大怪我ですが、これくらいなら数分で治ります。バークさん、助けていただきありがとうございます」
ティアは倒れていた状態から半身を起こし、苦虫を噛み潰したような顔つきで肩を押さえる。
いくら深手でも治るとはいえ、痛みがないわけではない。
手負いとなった仲間二人を庇いつつ、一人で対処しなければいけない。
暴れ回るゴーレムは破壊してもすぐに復活し、元凶の付喪神を倒そうにも鉄壁の守りで直接攻撃すらできない。
八方塞がりな状況を打開できる案が浮かばず、とにかく街の破壊行為だけは止めようと、焼け石に水ながら光穿矢で遠距離からの牽制を、
「バークさん、私をメルの所へ連れていってください」
試みようとしたとき、ティアが半身を起こして言った。




