第22話 メルとティアの過去(2)
「ダリアが描いてくれた絵、出してくれるか?」
王へと近づいていく為に、まずは目の前の事件を解決しようと、バークはメルに頼む。
今回の事件の真の犯人が手がかりをもたらすかもしれないし、付喪神に関する知識や経験を増やしていったほうがいい。しかし何より、このまま自分に何も起きなかったとしても事件を放って先に進むのは嫌だった。
「二人はこの絵になんか違和感を覚える所はあるか? 絵自体にはおかしな所はなさそうなんだが」
ダリアに描いて貰った絵は、淡い色彩の写実的な人物画だ。
椅子に座って微笑むバークが、アトリエの絵や彫刻に囲まれている、事実をそのまま絵にした形だ。
美術館やアトリエではなく、民家や古風なカフェに飾られているような優しさの滲み出ている絵。素朴で心温まるタッチに呪いの雰囲気は一切感じられなかった。
「私もおかしいと感じる所はないわ。それに何かを媒介にして呪いが伝播するってことはない。呪いは付喪神が直に対象者にかけるものだから、一度かかってしまえば距離は関係なくなるけど、発動まで時間差はあっても呪いをかけるときは目視できる範囲にいるはずよ」
メルの言及にバークは腕を組んで脳を巡らす。
吸血鬼であること、時間差の呪いがあることを考慮すると、まだ呪いが発動していないだけの可能性もある。しかし体に変化が出始めれば、絵を描かれたときに確実に付喪神がアトリエにいたことが確定する。
呪いが発動して欲しくもあれば、発動して欲しくもないという、どっちとも着かない気持ちに、バークは無意識に膝を指でトントンと叩いていた。
「呪いをかけてるところが見えたり感じたりできればいいんだけどな」
「呪いが魔力なら感知できるんですが、付喪神が使っているのは呪力なんです。性質が異なるので吸血鬼でも気づけないですね。呪具であれば魔力を流せば使用できるのですが」
「俺に異変が起きるかどうかでしか判断できないって、なかなか難しいもんだな」
ただ待つだけは性に合わないが待つしか選択肢がないと、ティアは暗に告げる。
本来なら美少女二人に見守られているという羨ましがられる状況なのだが、ニュアンスとしては見張りに近いのでバークは早く解放されたいとまで感じていた。
「楽で確実なのはダリアの持ち物をすべて壊しちゃうことだけどね」
「いくら付喪神を見つけ出す為とは言え、あんな話を聞いたらそんなこと絶対にできないだろ」
母親から貰った物を他人が破壊する。
事件の解決を早める目的だとしても許される行為ではないとメルに溜め息混じりにバークがたしなめる。
「冗談よ。人の心と思い出を傷つけてまで実行したりしないわよ」
「どっちも傷つかなかったら壊すのかよ」
バークがジト目をしながら軽い冗談のつもりで返すと、何故かメルは顔を強張らせた。
「ひ、人の物を壊すわけないでしょっ」
「……目が泳いでるぞ」
ガサツと言うかお茶目と言うか、どんな言い方をしてもフォローできない思考回路に、バークは辟易して額に手のひらを当てた。
「メルがもしそんなことしたら、私がお仕置きしますから安心してください」
椅子に座る相方の頭に手を置き、優しく髪を撫で始めるティア。
仕草は子供をあやしているようにも見えるが、本気なのか笑っているはずの目から殺意の波動を感じた。
「ティアって優しい顔して言動がエグいよな……」
明日は我が身と肝に銘じ、バークは恐怖に口元を歪ませた。
「元々一人の吸血鬼だったなんて、自分でも不思議に思うわ。十年以上別々に生きてるからかしら」
「二人の性格を一人に混ぜても、どんな性格になるか想像がつかないな」
メルはさりげなくティアの手を退かし、自らの半身を見上げる。
元々の人物像を知らないバークには、性格だけでなく二人に分かれる前の外見も知らないし想像がつかない。
妖艶さと大胆さを兼ね備えるメルと、清楚ながら辛辣な言動を示すティア。二人が一人に戻ったら、どんな性格と見た目になるのだろうか。
「なんですか? 私の性格が気に入らないんですか?」
「「ひぃっ!」」
掴んでいた椅子の背もたれを片手でバキッと握り潰したティアに、メルとバークは情けない悲鳴を漏らす。
「これはどうやらお仕置きが必要みたいですね」
今まで見たことないほど悪魔のような微笑みを浮かべるティアに、メルも慌てて椅子から立ち上がり部屋の扉へ後ずさる。
自分で自分をお仕置きするという特殊プレイはそれでそれで見ものだが、自分も巻き込まれる前提であることに、バークは呪い発動以上に心の底から生きた心地がしなかった。




