第21話 メルとティアの過去(1)
何かあったときに対応しやすいだろうと、ハンがバークたちに用意した宿舎の一室。
ベッドとテーブルがある、寝泊まりするだけの簡素な部屋に、吸血鬼の三人は集まっていた。
「体に変化は……なさそうですね」
「部屋で全身チェックしてみたが、何も変わってなかったな」
ティアが服から覗く肌を眺め、嬉しさ半分、残念さ半分と言うように呟く。
バークは部屋に備え付けられていた姿見で背中まで確認したが、おかしな所はどこにもなかった。
ダリアのモデルになった人物は全員、絵を描かれた当日に美術品へと体が変化したと話していた。
時刻はすでに夜の十時を回った。吸血鬼とはいえど呪いが効かないわけではなく、呪いの進行が人間より遅いというだけだ。しかしさすがに朝まで何も起きなければ、すべては振り出しに戻ることになる。
「また犯人探しから始めなきゃいけないかもね。面倒だけど」
ハァと溜め息を吐き、メルは椅子の背もたれに寄りかかる。
ゼロから調査を再開するとなると、どこから手を付けていいのかまったくわからない。他の手掛かりが一つもない状態で始めるとなると、解決までどれほど時間と労力が必要になるのか……
「二人はこんな生活を十年も続けているんだな」
初めての調査、付喪神との戦闘。普通に生きていたら体験しない出来事。それを日常として十年も続けている二人に、バークは尊敬の念すら抱いていた。
「最初は親の仇を捜すことに頭がいっぱいで、時間の感覚も肉体の感覚も、あって無いような生活してたけどね。時間が経つにつれて、躍起になって動いても疲弊するだけで成果が上がらないって気づいたから、今は着実に動くようになったわ」
子供の頃の失敗を恥じつつも懐かしむように、メルは穏やかな笑みを湛える。
付喪神の王に親代わりを殺されれば、復讐に心を堕とされても仕方ない。しかしメルたちはそこから自分の行動を顧み、妄執を堅実へと昇華させた。
賢明さを持ち合わせていると感じると同時に、長命で人間より能力の高い吸血鬼が時間をかけてさえ目的にたどり着けないことに、バークは世の非情さも感じた。
「通常、長い時を生きる吸血鬼にとって大切な人の死はいずれ薄れゆくものですが、本当の子供のように接してくれた両親との絆を断ち切った付喪神を許すことはできません」
ティアも全身に熱の籠ったオーラを纏い、静かな怒りを声音に混ぜる。
彼女は辛辣な毒舌を言うことはあっても、怒気を孕んだ言葉を発することはなかった。
「それが生きる理由になのは虚しいことだって自分たちでもわかってるんだけどね。私たちにとっては、それほど大事な二人だったの」
メルとティアにここまで強い動機と影響を与えた両親。肉親ではないとしても、亡くなった後でも誰かに想われ続けて貰える。
そんな父親になりたいと素直に感じ、バークは二人の熱意を深く心に刻んだ。
「本当の家族のことはわからないけど、俺も家族のような人たちがいるから、大切に思う気持ちはわかるぜ」
施設にいたときの施設長や施設で一緒に育った子供たちとは、変に気を使われるせいでどこか反りが合わず距離を置いて接していた。
一方、武器職人をしていた頃の親方や仲間は気を使ってすらくれず、ズカズカと踏み込んできた。最初は暑苦しく感じていたが、次第に親や兄弟のように自分を大切に思ってくれている愛熱が心地よくなっていった。
「バークが子供が欲しい理由も、さっきの話を聞いてたからよくわかったわ」
「ちょ、盗み聞きしてたのかよ!」
「扉の前で待機してたら勝手に聞こえてきたんだから、不可抗力よ不可抗力」
「微細な異変も見逃さないように必要なことだったのですが、何か問題でも?」
「いや、問題と言うか恥ずかしいと言うか……」
ダリアにだけ話してたつもりが、他の人物にも聞かれていたという事実。
秘事ではないが、知らないと思っていた相手から〝実は知っていた〟と暴露される羞恥心。
しかも聞いていた二人とも、何も問題はないと気にもしていない様子に、恥ずかしいと感じた自分が恥ずかしいと、バークは深みにハマっていきそうな気分になった。
「いいじゃない。仲間なんだから、過去のことも気にせず話しちゃえばいいのよ」
「じゃあそう言う二人はどうなんだよ。昔話、聞かせてくれよ」
照れを隠すつもりで逆に二人の過去を暴こうとバークは話を振る。
人間としてのメルティア、吸血鬼になってからのメルティア、メルとティアに分かれてからの二人。
誰も経験したことのない人生を生きてきた人物の遍歴を聞いてみたい、というのも内心にはあった。
「私たちというか、メルティアの思い出話はごく平凡なものよ」
面白味のない世間話をするように、メルは苦笑しながら体の向きを変えてバークに向き直った。
「まだ吸血鬼ですらなかった時代。今から百二十年ほど前は、この街のように人間がたくさん住む場所はなかったし、世の中も戦で溢れてたから、生きるのも大変だったわ」
いきなり平凡ではなさそうな発言に、バークは思わず息を飲む。
本や口伝でかつては戦が多かったことは聞き及んでいた。しかしそれを実際に経験しているという人の話を聞いたことはなかった。
「私はとある小さな村で生まれて、貧しいながらも行商人の両親に育てて貰ったんです。ですが十二歳になったとき、街から街への移動中、荷物に紛れていた付喪神に襲われて両親は殺されました。私も殺されそうになったのですが、そこを助けてくれたのが吸血鬼の王、私の育ての親だったんです」
ティアはゆったりを歩を進め、メルの横に立つ。
生みの親を殺され育ての親に出会う。絶望と希望が同時に訪れた者の心境は計り知れない。
「あの時代は吸血鬼についての認知が低くてまだ恐怖の存在だったから、何が起きたかわからず混乱したわ。でも二人は私を自分たちの城へ迎えてくれたの」
「普通の人間が吸血鬼しかいない場所で過ごすには弊害もありました。けれど二人は本当の親のように私を育ててくれましたし、他の吸血鬼の方も優しく接してくれました」
情報のやりとりが今より発展していなかった時代、ほとんどの知識は本や口伝から得ていた。
昔から吸血鬼は人間と友好関係を築こうとしていたが、血を吸う害獣という認識が拭えず、情報伝達手段の発展と親交のあった者たちが立ち上げた血盟協会の広報で、三十年ほど前にようやく交友関係を結べた。
「そして十八歳になったとき、本当の親になって欲しいと私から吸血鬼になることを望んだんです」
人間であることを捨て、吸血鬼になることを選ぶ。それがメルティアにとっては育ての親との絆──血の盟約だったのだろう。
「本当に楽しく平穏に過ごしていたわ。それが十年前の襲撃ですべてが消え去ってしまった……。二度も両親を奪った付喪神。奴らを私は絶対に許すことはできないわ」
メルはグッと拳を握り闘志を滲ませ、呼応するようにティアも椅子にかけた手に力を籠める。
二度も両親を目の前で殺された恨みは想像を絶するほど強いだろう。
仮に大切な工房の親方や仲間が誰かに殺されたらと思うと、胸が張り裂けそうな痛みをバークは感じた。
「話してくれてありがとう。メルとティアの気持ち、聞けてよかった」
二人が長い旅を続けている理由、想い。
不確かだったものが語られたことで確かな形となる。
メルとティア、バーク。目的は違えど目指すべきゴールは同じだ。
「必ず付喪神の王を倒して、親の仇討ちと互いの体を元に戻せるよう頑張ろう」
バークはニッと白い歯を見せる。
吸血鬼の体から元の人間の身体に戻りたい。その思いだけで動き始めたが、メルとティアの過去と願いを知り、二人の為にも付喪神の王を見つけ倒したいと思えた。




