3ー3 ②
口元に手を置いたオッテンバールは、いかにも興味をそそられた様子で薄く笑んだ。
「それにしても、霊的色素ときたか」
「知ってんのか」
注目に対してなされたフランツの問いかけに、オッテンバールは肩を竦める。
「以前、大学に潜り込んで読んだ技術便覧にそういう記述があったと思うけど、詳細は特に」
「例の、研究所の資料にはなかったんでしょうか?」
無言で首を振られる。
「もちろんめぼしいものには目を通しているけどね、関連するものはなかったな。たぶんあまり、理論的に込み入った技術と見なされなかったんだろう。実際せいぜい、霊的証印の発展形ってとこだろうしね」
だからわざわざ研究するほどのものではなく、データや文献を集める必要性はないと判断された、と。推測するにかなりユニークな分野だろうし、気軽に収集する当てがなかった、という理由もあるのかもしれない。
「嬢ちゃんは、糸屋の娘だろ。今まで聞いたことはなかったのか?」
フランツの言葉には、初耳ですと首を振る。
彼が問うているのは、染色技術としての知名度だろう。確かに糸への染色は、織物製造全体で言えば基本工程だ。ベルジェ家の稼業にしても、母が少数ながらデザインや製作を手掛ける関係で、服作りの始まりから終わりまでを一応網羅してはいる。が、糸の紡績以降の工程に関して言えば大きく比重を占める規模のものとは言えず、故にアンリエッタ自身も、その方面についての知識は明るくない。
「実家が染色の専門ではないというのもあるとは思いますけど……」
しかしながらよその専門家から言葉を耳にした記憶もないとなると、これはどうやら繊維染色という分野からは相当に縁遠い技術なのだろう……とはなんとなく察せられるのだった。そもそも、衣類への転用にハードルのある技術という可能性もある。
「霊素ってのは、そもそも物質にあまり影響を及ぼさない力なんだ。発光するのだって、それ自体が空気中に拡散する過程の現象と推測されてる。つまり色彩として利用するなら、霊素を反応させて活性化させる必要がある。それがどういうことかって、目に見える形で何かに留めておくのが難しいのさ。輝くほどに彩りを失う」
つまり、放置しておくだけで色落ちする染料ということになる。染色技術というのは、いかに色彩を繊維に留めるかを目指すものでもあるわけで、要求される性質としては真逆だ。
滔々と述べた講釈を打ち切り、オッテンバールは言う。
「ただ……応用の利かなさはさておいてだ、伝統的な魔法技術が興味深いことは変わらない。一度、この目で見てみたいね」
傷んだ食材を見つけたみたいに渋い目つきで、フランツは青年のことを見る。
「……お前、まさかついてくつもりか?」
「だとしたら、どうなんだい? 旅行に医術の心得がある者が同行するのは、彼女たちにとってもメリットだぜ?」
安心だろ? 顎を逸らして取り澄ました顔をしたオッテンバールが、アピールとばかりに胸に手を置いている。主張されたそれは確かに、一理ある見解ではある。
が。
「そう、ですね。そこは先方の都合もありますし、なんとも……」
知人の前に立たせるのは立たせるので、保証された安心と同じくらいに不安を感じさせるのだった。やんわりと示してみせた拒否の姿勢はしかし、間違いであったかもと危ぶむ。不敵な笑みを崩しもしないオッテンバールの瞳には、なおも挑発的な雰囲気が残っていた。フランツへの応答からしてそうだが、明らかに、人の意向にちょっかいを出して遊んでいる節が彼にはある。要するに、意地が悪い方向に拍車がかかるのだ。
そんな、無邪気さすら纏った表情で青年が再び口を開きかけたところで、ルウィヒがごそごそといじくっていた手元から、カードを一枚取り出した。
『一緒?』
そう問いかける。はしゃいだ感じでこそないものの、興味ありげにオッテンバールへ視線を注ぐ。
「……さて、ね」
向けられた静かな期待を前に、青年は毒気を抜かれたふうに頭を掻いた。
「実際、都合が付くかはわかんないな。僕としては紹介か何かしてくれたら良いわけで、同行は絶対条件じゃない」
波が引くように執着をなくしたオッテンバールに、フランツは眉を顰めた。
「じゃなんだったんだよ、さっきまでの押し売りは」
「もちろん、冗談さ。君の反応を楽しんでたんだ」
片肘をついて述べた答えにフランツは唇を歪めたが、やがて言葉を飲み込んだ様子で息をつく。
「はあ、まあ、なんだ」
取り合わないことに決めたらしく、アンリエッタ達へと目を向けた。
「楽しんで来たらいい。きょうび国内旅行に大した危険もないだろうが、気を付けてな。お前らは、三人揃ってちびっこいんだから」
送り出しの言葉には、余計な一言が付いている。
小言に機嫌を損ねた兄妹の視線が、フランツへ批判的に注がれた。




