第10話:「楽な服、やばい気配」
アケミはソファに座ったままだった。
壁はクリーム色で、ぬいぐるみや本棚、そして……ミウの写真がやたら多く飾られていた。
どれも不自然なほど笑っていた。
テーブルの上にはジュースが置かれている。
けれど、ミウはなかなか戻ってこなかった。
──そして聞こえてきたのは、
軽やかな……裸足の足音。
「ただいま〜♪」
廊下の奥から、彼女の歌うような声が届いた。
そしてアケミが顔を上げた瞬間——
固まった。
ミウは白くて、だぼっとしたTシャツを着ていた。
……それだけだった。
あまりにもゆるい。
明らかに下に何も着ていない。
脚はむき出しで、Tシャツの丈の限界ギリギリ。
大きく開いた襟ぐりからは肩が露出していた。
動くたびに、シャツが揺れて何かが見えそうになる。
「き、着替えたのか……?」
アケミの声は、いつもの冷静さを欠いていた。
「うんっ。ドレス、窮屈だったし〜。これ、うちの部屋着だけど、どう?」
「……布だな。実用的。機能的。そして……とても快適そうだ」
「汗かいてる?」
「脳が処理中だ」
ミウは彼の隣に腰を下ろした。自然に、でも確実に距離が近い。
その動きでシャツが少し上がる。
アケミは見ないようにした。
でも……失敗した。
「ねぇ、アケミくん……あなたといると、すごく楽しいの。だから、いろんなこと……試してみたくなる」
「……精神的拷問とかか?」
「違うよ。こういうの」
ミウはアケミの肩に頭を預けて、指をそっと絡めてきた。
アケミの体がピクリと反応する。
「ミウ。こんなこと……良くない」
「どんなこと? 近いこと? キスしそうなこと? それとも……Tシャツがずり落ちそうなこと?」
「それは声に出して言わないでくれ!!」
「じゃあ、ちょっとかがんだら……あらら、またずれちゃいそう。うっかり♡」
アケミは勢いよく立ち上がった。
「トイレ! トイレはどこだ!?」
「二階の右よ。でも階段上がったら私の部屋もあるから……つい、後を追いたくなっちゃうかも♡」
アケミの足が止まる。
《詰んだ。どこへ行っても罠。香る罠。脚の罠。これは誘惑じゃない。戦争だ。》
「ミウ、本気で言ってるのか?」
ミウはにっこりと微笑んだ。でもその瞳は、どこか妖しく光っていた。
「うん。本気。
何かを強要する気はないよ……
でも、あなたが動かないなら──私が動く」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
そして、ひと歩。
「どうしてそんなに拒むの……? 本当に、私のこと嫌い?」
アケミはミウの瞳を見つめた。
そして、今夜初めて──彼自身も予想外のことを言った。
「……好きだよ」
ミウの目が大きく見開かれる。
「ほ、本当に……?」
「ああ。でも、君のことを……信用はしてない」
沈黙。
ミウの顔が、真っ赤になった。
空気が重い。
まるで熱いゼリーみたいに、ねっとりとした緊張感。
ミウは視線を少し落とし、そして……ふっと微笑んだ。
「……今のが、あなたのいちばん素直な言葉だね」
アケミはため息をついた。
「ジュース、ありがとう。帰るよ」
「じゃあ、私が送ってあげようか?」
「それなら、俺がバカみたいじゃないか」
アケミは背を向け、ドアへと歩き出す。
その背中に、ミウが優しく、でもどこか危うげな声で呟いた。
「……お別れのキス、くれなかったね?」
「……俺の魂が挨拶してる」
バタン。
ミウはその場に佇んだまま。
そして──小さく笑った。
「……アケミくん、思ってた以上に、好きになっちゃったかもね」
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