第10 話 約束
焼けつくような熱気とエアコンの冷気が混じり合って攪拌される空気のただなかに現れたのは、いつもの白いワンピースに緑色の髪がよく映える我らが妖精女王、みどりさんだ。
冬にはどんな格好をしているのだろう、ふと、そんなことを思い、冬のみどりさんを想像してみたけれど、うまくいかなかった。
マキちゃんがママと呼んでいる以上、ママなのだろう。もちろん、ユナちゃんのママでもあるわけだ。当たり前の話だが。
その時の僕には二人のママとみどりさんが、すぐに結びつかなかった。いや、頭ではわかっていても腹に収まってなかったのだ。みどりさんにとっては尚更のこと、シュウと僕とが結びついていないのではないかと思い、
「あ、あの……」
と口に出しかけたところを、みどりさんは、マキちゃんの頭を愛しげに抱きながら僕の方を見て、ひとさし指を自分の口に当てた。サイドポケットに手を突っ込むと、そこから現金をつかみ出してレジのキャッシュトレイに硬貨を落とす。チャリンチャリンと涼しげに。
代わりにユナちゃんが手にしていたメッセージカードを受け取って開封すると、空いた方の右手を僕に差し出してきた。
思わず握手をすると不思議そうにして。きょとんとした様子が、マキちゃんやユナちゃんが浮かべる表情によく似ていた。
その後ちょっと笑みを浮かべて僕のスケッチブックと鉛筆に目を落としたので、ようやく書く物が欲しいのだとわかった。
小さなテーブル席の向かいに腰かけて、マキちゃん、ユナちゃんにまとわりつかれながら、みどりさんが白い手を動かしている。
カードに書き込まれる文字を眺めながら、僕は、そっと自分の右手を握った。手のひらに、柔らかく小さな手の感触が残っていた。
目の前には綺麗な緑色の髪と、整った顔立ち、惜しみなくさらされる白い肌が広がり、目のやり場に困って仕方がない。ようやく書き上げられたカードには、
いつも素敵な絵をありがとう。
と書かれていた。みどりさんには僕がシュウであるとわかった、もしくは、わかっていたのだろう。
なぜ話してくれないのか、あるいは話せないのか、やはりモデルになってはもらえないのか。開きかけた僕の口に人差し指を当てて黙らせると、みどりさんは、カードと鉛筆を差し出してきた。しゃべらずにここに書けということらしい。
手書きで、しかも小さなカードに書くとなると多くは語れない。いちばん伝えたいことは何か。僕は、モデルになってくれませんかと書いてカードを手渡した。
みどりさんはそれを見て、にやにやと揶揄うような笑みを浮かべると、ゆっくりと丁寧に数枚のカードを書き始めた。
僕たちのやりとりに飽きてきたユナちゃんとマキちゃんはウサギのケージに張り付き、あ、伸びをしたよ、あくびしてる! などと楽しそうにしていた。
マスターも穏やかな笑みを浮かべて見守ってくれていたが、いまはキッチンの冷蔵庫を開けて人数分の麦茶を準備中だ。
こぽこぽとコップが満たされていく。
やがてカードを書き終え、みんなが麦茶を飲み終わったころ、みどりさんは四枚のカードをトランプのように左手に持つと、右手でそのうちの一枚を抜き出した。口元だけに笑みを滲ませて示したそのカードには、
公園でなら、モデルになってもいいです。ただし、三つのことを約束してください。
と書いてあった。続けて三枚のカードで示されたのは、
①これまで通り文字でやりとりすること。
②あれこれ余計なことを聞かないこと。
③出来上がった絵をくれること。
だった。僕がカードに目を通すのに十分な時間を待って、みどりさんは、どうする? と問いかけるように首を傾げてみせた。




