独白 1
身だしなみを整えた祭星が、鏡とにらめっこをしている。 その姿をメフィストは頬杖をついて見守っていた。 髪を櫛で梳いているのだが、メフィストは疑問に思ってあることを口に出す。
『お前、化粧とかしないの?』
「お化粧はまだやった事がないの……。 高校の頃はお化粧は校則違反で、私は卒業する前にヴァチカンに来たから。 メイク道具を揃える暇もなくて……」
『……まあやんなくてそんだけ綺麗なんだったらいいんだけど、人間の世界じゃ少しだけでも化粧するのがマナーだろ? やった方がいいんじゃない?』
「だよね、この一件が終わったらレイに頼もうかなぁ。 あ、レイっていうのはさっきいた子でね、金髪が綺麗だったでしょう? 貴族の女の子でとても美人でスタイルも良くて……。 すごく頼りになるんだ」
ニコニコしながら祭星がそういうと、メフィストはどうでも良さそうに相槌を打った。 そして先ほど閉めたばかりのクローゼットを開けると、中身を吟味し始める。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、彼はポイとハンガーの付いたままの服を取り出してゆく。
「ちょ、ちょっとどうしたの?」
『脱ぎなよ、こっちの方がお前に似合う』
「え?! いや、もう着替えた……」
『可愛くなりたいんだろ? あの蓮って男にかわいいって言ってもらいたいんだろ?? じゃあこのボクの言葉を断るな!』
「ひえぇぇええ!」
それから祭星が皆の前に出てきたのは十分後だった。 なぜかモジモジとした様子で壁の向こうから顔しか出してこないので、レイが不思議に思って首をかしげる。
「祭星? どうしたの?」
「えっと、えっと……」
レイが祭星の元に行く。 暖かそうなケープに品の良いフリルのワンピース。 レイは少し驚いたような顔になった。
「ふふ、それは貴女じゃないと着こなせないわね。 似合ってるわよ?」
「ほんと……? そうだといいんだけど……」
レストランへ向かう途中、蓮が祭星を直視出来なかったのは言うまでもない。 そしてそれを見て、レイとジョシュアがこっそりと微笑んでいる。 祭星はというと、周りの目を気にしすぎて、友人達の反応など見る暇もなかった。
そして、予約していたレストランも祭星の緊張を高める結果になった。 そこは有名なレストランだったからだ。 イタリアに来たのなら一度は行ったほうがいいとまで言われるレストランだ。
「こ、ここ? ほんとに予約がとれたの?!」
「我がアルバード家の名を出せば簡単よ」
「ちょ、ちょっとハードルが高い……」
「何言ってるの、行くわよ」
レイに引っ張られて、祭星はうわ言をこぼしながら店内へ。
「蓮は作法とか知ってんのか?」
「まあ、ある程度は……。 コンクールで優勝した時なんか、こういった店に良く新聞社が連れて行くんだよ」
いい迷惑だ。 と言いながら蓮も中へ入って行く。 一応ジョシュアも貴族の子だ。 祭星を気遣ってやるか……と思いながら、彼も後を追った。
店内には一般人も食事をとっているようだった。 話し声は聞こえるが、静かで良い雰囲気だ。 そんな中を、真っ白な髪の白い少女がおずおずと進んで行くものだから、よく目立つ。 それは悪目立ちではなく、注目の的になっているだけだが。
「みて、髪が真っ白よ」
「素敵ねぇ……。 羨ましい……」
祭星の容姿が話題に上がる。 レイはそれを聞いて、ニコリと微笑む。
「可愛いでしょ、この子。 エトワールっていうの。 ヴァチカン聖騎士の娘なの」
すると、それを聞いた女性達から黄色い声が上がった。
「あのクラウンの娘!」
「どおりで美しいはずだわ!」
その様子を、祭星は震えながら見守る。 とにかく早く席に着いて一息つきたい気分だ。
そんな産まれたばかりの子犬のような震えをしている祭星を見て、ジョシュアがレイに向かって大きくため息をついた。
「レイ、早く行くぞ。 祭星のやつブルブルに震えてンだろうが……」
「ふふ、ごめんなさいね」
ようやくたどり着いたのは、個室だった。 四人分のテーブルとその上には食器とワイングラスが綺麗に並べられている。 内装も、先ほどのフロアと何も変わらない。 豪華な内装だ。 てっきり、作法がわからないことを公衆の面前で公開処刑されるものだと思っていた祭星は、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
運ばれてくる料理の数々に、祭星が目を輝かせていたのは言うまでもない。 食べたこともないような食材ばかりで、かなり満足したようだった。 テーブルマナーも要所要所でレイやジョシュアが教えていたので、ハードルが高いと言っていたがなんとかなったようだ。
「美味しかった……、初めてこんな美味しいの食べたよ」
「喜んでいただけてよかったわ」
食後のコーヒーを飲みながらレイが微笑んだ。 祭星はコーヒーが飲めないので紅茶だった。 レイは砂糖を一つコーヒーに入れてかき混ぜると、ゆっくりとスプーンを置いた。
「話したいことがあるの」
いつもより、少し緊張したような面持ちのレイに、祭星はつられて真面目そうな顔になる。 レイはカップから立ち昇る湯気を眺めて、意を決したように口を開いた。
「わたくしは、アンチュリエのスパイです」
その言葉で、祭星は目を見開いた。 様々な感情が湧き上がってくるのを感じた。 戸惑い、怒り、言葉では言い表せないような感情だ。 実際、何も言葉を返すことが出来ない。
「今まで黙っていてごめんなさい。 わたくしがヴァチカンへ来たのはアンチュリエのスパイとして、エトワールの、貴女の情報を抜き出すためだったの」
「……どうして」
掠れた声で祭星が尋ねた。 ガタリと立ち上がって、レイに問いただす。
「どうして、もっと早くに言ってくれなかったの?!」
「まつ、ほ……?」
予想外の言葉に、レイは目を白黒させた。 そして、蓮とジョシュアは予想していた祭星の答えに思わず笑ってしまう。 この男二人は最初から、祭星がたったそれだけの理由で怒るわけがないと知っていたのだから。
「こうやって私に話してくれたってことは、後悔してるんだよね。 アンチュリエに入ったことを、じゃないと教えてくれない、だから、だから……! もっと早くに、言って欲しかった、相談して欲しかった! 私とレイは、仲間でしょ!」
「祭星……」
「レイ、何があったのか聞かせてくれる? どうしてアンチュリエに入ったのか、アンチュリエが一体なんなのか……。 私達はそれを知るべきだと思う」
祭星はイスに座りなおすと、ジョシュアと蓮を見て、そしてレイに向き合う。
「仲間のことを、もっと知りたいから」
レイはその真っ直ぐな気持ちに、ゆっくりと頷いた。 そして自分の過去のことをポツリポツリと語り始めるのだった。




