終末の合図 2
ファルシュはリイナを抱えたまま走る。 地上へ続く階段を駆け上り、リイナはその間、魔法を展開させて暗殺部隊へ連絡をとる。
『こちらエルドリッジ、吹雪が晴れたのを確認した。 リイナさん、これは』
「エルドリッジさん! クラウンさんが、終の魔法を発動させました」
通話の向こう、エルドリッジは口を閉ざしたようだった。 しばらくして、冷静に今後の命令を考え出す。
『では、この地上に残る魔物を処理しましょう。 その後、ヴァチカンへ帰還。 雪が止んだということは、クラウンはハデスとメイビスを隔離したということですね?』
「はい、こちらでも入り口は確認できます」
虚空に電子画面を展開させ、キーボードを指で叩く。 先ほどの地下、黒いゲートが映し出され、様々な数値が画面に広がる。
「数値を見るに、制限時間は……今から百八十時間後の、ほぼ一週間後です」
『それまで、クラウンは一人であの二匹の相手ですか。 早めに助け出す必要がありますね』
二匹。 メイビスを人と認識していない辺り、冷酷だ。 先ほどから魔物の断末魔が通話の向こうから絶えないのだが、リイナは聞こえないふりをした。
『リイナさん、憤怒の君。 先にヴァチカンへ戻り、群青に説明を』
「了解しました」
リイナは通信を切る。 既に地上に出ていたようで、先ほどまでの豪雪が嘘のように晴れている。
「ファルシュさん、補助魔法をかけるので行けますか?」
「テレポートか……。 苦手な部類だが、承ろう」
遠くから爆発音が轟く。 まだ暗殺部隊達が戦っているのだろう。 リイナは一刻も早くヴァチカンへ戻らねばと考える。 早く、祭星にこのことを教えなければ。
アルトストーリアを制御するというのは、一週間でも厳しいことなのだから。
雪が晴れたのを、ヴァチカンに到着した祭星達も確認していた。 ロビーは再び騒ついていたが、あの氷に覆われかけていた今朝とは違ってすぐに収まった。
「これって……」
「わからない。 とりあえず今は、言われたことを先にやろう。 色欲の星をヴァチカンに連れてこいだったが」
当の本人である星夜は、ヴァチカンのロビーを物珍しそうにキョロキョロと見渡していた。 ずっとあの場にいたもので、初めて見る物ばかりなのだろう。 頭がパンクしそうになるほどの感情と思考が祭星を襲うので、彼女は頭を抑えながら唸る。
「星夜くん……、ちょっと落ち着いて」
「え、あ、すまない」
「なあ、それよりもどうして星夜はヴァチカンの階級である色欲を授かっているんだ? お前は黒闇宗にいたんじゃ」
蓮がそう問いかければ、星夜はふるふると首を振った。
「僕は元々アナスタシアに創られた。 それは祭星よりも前なんだ。 製造日でいうと僕が二年早くてね。 姿も、祭星は人間のように成長していたけど僕はこの姿のまま創られてこの先老いることもない。 祭星が創られるまでの二年間、僕はこのヴァチカンにいた。 任務に出たり戦闘をしたりとかはなかったけど、僕の魔力は色欲の座に相応しかったからね」
「色欲の座に相応しいって……?」
祭星が尋ねれば、星夜は意味ありげに微笑む。 質問に答えることはなく、先に進むことを促した。
「途切れ途切れだったけれど、開発塔って言ってたよね。 技術開発塔に行けば良いってことで大丈夫かな」
星夜は頷く。 一行は技術開発塔とヴァチカンをつなぐ連絡通路に向かった。 その間、窓の外を眺めるが、やはり綺麗に雪は消え去っていた。 祭星はどこか心の中で胸騒ぎがするのを抑え、気を紛らわせる為に前を歩く星夜に声をかける。
「ねえ、貴方が先に創られたのなら、私のお兄ちゃん、だよね。 お兄ちゃんって呼んだほうがいい?」
「どっちでも構わないさ。 でもまあ……、兄と呼んでくれるなら嬉しいよ」
星夜はそう言って微笑む。
「僕たちは、人間じゃない。 だけど、そうやって人としての繋がりを真似できるのは……とても嬉しいんだ」
「そう、だね」
星夜の言う気持ちはとてもよく分かった。祭星自身も、自分のことを人間として接してくれる友人や家族がいるだけで、嬉しくなるのだから。 星夜はずっと自分の感情を読み取っていた。 だから、そう言った関係に憧れがあるのかもしれない。
「お兄ちゃん、技術開発塔に行けば何がわかるの?」
「……。 適性者さ」
「適性者? それってなんの」
不思議そうに首を傾げた祭星の耳に、聞きなれた声が少しずつ近づいてきた。
「祭星……? やっぱり、祭星だ!」
「ここみ?」
奥の通路から駆けてきたのはここみ。 後ろには技術開発塔の職員が何人か連れ添っていた。 時間的に休憩時間だったのだろう。 彼女は嬉しそうに駆け寄ってきて、祭星にぎゅうと抱きついてくる。
「祭星! 外が凄いことになってて、祭星も任務に行ったって聞いたからすごく心配だったの! 無事でよかった……!」
「ここみ、ごめんね心配かけちゃって。 ここみは寒くなかった?」
「うん、大丈夫。 えっと……」
ここみは祭星から離れると、見知らぬ人物が三人ほどいるのに気がついた。 詠斬にアメリヤ、星夜はここみとは初対面だ。
「ごめん、紹介するね。 着物を着た男の人とその横にいる蒼い蝶は、詠斬さんとアメリヤちゃん。 そして白髪の男の人は……って、星夜くん……?」
星夜は目を見開いたまま、ここみにゆっくりと近づいた。 キョトンとするここみを目を細めて見て、フッと笑っていた。 そして彼は、ここみの後ろにいた職員三人に向けて、にこりと微笑む。
「すまないが、彼女と話がしたい。 帰ってくれ」
すると、三人はびくりと身体を震わせて、虚ろな瞳を俯かせる。 そのまま「かしこまりました」と抑揚のない声で言うと、ゆっくり踵を返してどこかへ歩き出してしまった。
それをみたここみが慌てたように声を上げる。 祭星も星夜が何をしているのかわからずに、彼を睨みつけるように見た。 彼の瞳が金に色付いているのを見て、祭星はハッとした。
「色欲……、もしかしてお兄ちゃん」
「そうだよ。 僕は魅了魔法の使い手だ。 この瞳で見た者は、皆僕の虜になって、僕の言うことをよく聞いてくれる……。 でも」
星夜はカツカツとここみに近づいて、彼女の顎をクイと上に向かせる。
「君は、僕の魅了が効かないようだ。 とてもとても、興味深い……」
「あ、あの……」
「魅力魔法っていうのは厄介でね、使う度に自分自身に惹かれてゆく。 それは、魅了する人数に比例して惹き込まれて行くんだ。 だから、戦闘中に大人数を意のままに操ろうとしたならば、僕はきっと自分に酔いしれてわがままに振る舞う足手まといにしかならないだろう?」
星夜がフフフと笑いながらここみから離れた。 彼女はというと、ぽかんとした顔をして星夜を見ていた。 どうやら本当に魅了にはかかっていないらしい。 すると祭星はあることに気がついて、恐る恐る星夜に尋ねる。
「ね、ねえ。 私たちにはその魅了は通じちゃうってこと?」
星夜は笑みを深めて祭星を見る。 その瞳の色が金に変わるのを見て祭星は小さく悲鳴をあげてしまった。 祭星の後ろから蓮が彼女の目を手のひらで隠す。
「わわっ、びっくりしたぁ……」
「星夜」
ムスッとした声色で蓮が言うと、星夜は声を上げて笑った。 揶揄うような笑い声に、祭星はホッとしていた。
「祭星にも蓮にもかけることはできるけど、かけたって何の意味もないだろう? 僕が必要としているのは、僕の魅了に罹らない人だから、彼女が適性なんだ」
「あ、あのっ!」
話についていけないと、ここみが声を上げた。 勇気を出してやっとの事で言えたのだろう、少し声が上ずっている。 星夜が振り向く。 真っ白な髪がふわりと靡いた。
「えっと、その……。 私は、藍沢ここみといいます。 マギアクラフターです」
「ああ、自己紹介がまだだった。 僕は星夜。 祭星の制……じゃなくて、兄だ。 よろしくね、ここみ」
制御装置と言わなかったのは、ここみが祭星の事情を知っているのか分からなかったからだろう。 それとも、自分をただの制御装置だと思いたくないからだろうか?
ここみはまじまじと星夜を見つめる。
「で、単刀直入に言うけどここみ。 君には僕のパートナーになってほしいんだ」
「パートナーって……」
それに反対の声を上げたのはここみではなく祭星だった。 ここみは彼女にとって大切な親友だ。 危険な目に遭わせたくないのは当然だろう。
「ここみはマギアクラフターなんだよ、私たちみたいに前線に出て戦うなんて」
「僕が守る。 僕には彼女の様な人が必要なんだ。 血の密約を交わして、僕の力を縛る人が。 手綱を持つ人が必要なんだよ。 僕が戦うためにも」
戦うたびに自らをも魅了し、自滅してしまう。 それを止めるためにもここみが必要だと言う。 後ろから見守っていた蓮は、冷静に星夜へ声をかける。
「なんで藍沢なんだ?」
「……彼女は僕の魅了が効かない。 それも必要だけれど、1番の決め手は彼女の魔力が祭星に似てるからだ。 祭星がかけた保護魔法に喚起されて魔力を宿したのだったら、祭星に似た魔力になる。
血の密約っていうのは、敵に契約者を悟られない様にするんだ。 だから、自分と良く似た魔力を持つ者との契約になる。 その方が隠すのが遥かに楽だからね。 僕の魔力は祭星と同じ魔力だし、都合がいい」
「では魅了が効かない藍沢と密約を交わすことで、なぜお前の魅了魔法を制御できるんだ?」
「魅了を拒絶する彼女の魔力と、僕の魔力。 似ているけれど違う魔力と、全く正反対の性質を持つ魔法。 それは、闇と光の属性と同じ様に反発して、相殺する。 魅了を発動しすぎて暴走する僕に、密約を交わした彼女の魔力を込めることでコントロールできるんだ」
なるほど、と蓮は納得した様だった。 祭星もその原理はわかった様で、口を閉ざした。
(あの時、保護魔法なんてかけなければよかったのかな)
祭星はそう頭の中で考えて、ため息を吐く。 ダメだ、何を考えても結局星夜には聞こえてしまっている。 考えるだけ無駄だろう。
ここみはまだ考えている様だった。
「確かに、祭星や白石君の力になりたいって思います。 だけど……、とても急な話で、すぐに答えを出すわけには」
「それもそうだろう。 だから、少しお試し期間をしないかい? 僕や祭星が日頃どんな任務をしているのか、君も知りたいだろう」
そう言うならば、とここみは了承した様だった。
急な話だと言うのに、マギアクラフターの時と同じように妙に思い切りがいい少女だ。 それが彼女の良いところなのかもしれないのだが。
「……とりあえず用事は終わったけれど、これから何を」
祭星がそう言ったや否や、テレポートの魔法陣がすぐ近くに現れた。 戻ってきたのはリイナとファルシュで、どちらも傷だらけ、砂埃まみれだ。 相当激しい戦闘だったのがうかがえる。 二人以外に帰ってきた魔法使いは居ないようで、祭星は感じない様にしていた胸騒ぎが再び心を支配するのを覚える。
「っ、祭星さん……! ご無事でよかった! あの、色々と謝らなければいけないことがあるのは分かっています、でも、すぐに伝えなければいけないことがあるんです、皆さんも聞いてください」
リイナは早口でそう捲し立てると、呼吸を整える様に息を深く吸う。
「聖騎士クラウンが、終の魔法を発動させました。 メイビスと、禁種魔物を喰らったハデスを隔離させて……今もお一人で、終の空間の中で戦っているはずです」
急に頭を殴られた、そんな感覚だった。 終の魔法、とやらがなんなのかは知らなかった。 それよりも、クラウンが、父がたった一人で戦っていると聞いて、胸騒ぎはこれだったのだと確信した。
「クラウンが、終の魔法を……?! 制限時間はどのくらいだ」
「保っても、ほぼ一週間です」
「くそっ、時間がない……!」
リオンが顔色を変えて、携帯端末を取り出した。 詠斬も魔法を展開させて、京都に残ったキングへ連絡を取っている様だった。 放心状態半ばだった祭星に、リイナは声をかける。
「クラウンさんが、祭星さんに伝えて欲しいと。 祭星さんが来るまで絶対に封じておくから、急がなくていいので……」
一呼吸置いて、やっとの事でリイナは次の言葉を吐き出す。
「祭星さんが万全の状態でアルトストーリアを制御できる様になって、助けに来い。 と──!」




