戦火の中の懐かしさ 1
暖炉の灯った部屋で、蓮はソファに座っていた。 案内された部屋はどうも懐かしさを感じる部屋だった。 実際にここに来たことはないはずが、気になって仕方がなかった。 一緒にいた星夜は、そわそわした様子の蓮をみて、苦笑いする。
「落ち着きがないね?」
「あ、いや……。 なんか見覚えがあるというか、懐かしい……匂い? がするんだ」
「ああ……。 そういえばここは」
星夜が本棚から一つの手記をとって、ソファにいた蓮に差し出した。 少し埃を被った手記はこげ茶色の表紙で、名前は書かれていない。
蓮が頁をめくると、彼は言葉を詰まらせた。
『十一月十一日 晴れ
今日、妻が無事出産を終えた。 任務を代わりに受けてくれた一彦に感謝をしなければいけない、彼のおかげで出産に立ち会えた。
産まれた元気な男の子は、とても愛らしい。 産まれる前までは、特に赤子が好きということもなかったのに、我が子と思うだけでこんなにも愛らしく、護りたいと思う。 これからは妻とともに、この子を護っていくのだ。
名前は、男の子と知った時からずっと決めていた、蓮という名前にしよう。 ああ、息子の成長が楽しみだ』
間違いない。 蓮は立ち上がり、手記があった場所に向かう。 この一冊だけでなく、他の手記もそこに残されてあった。 ここは恐らく。
「父さんの部屋、だったんだ……」
だとしたら、無性に感じる懐かしさもわかる。 自分がもともと住んでいた家の、父の部屋に構造が似ているからだ。 大量にある本棚が自宅とそっくりで、職場の自室にも同じ量の本があるなど、どれだけ読書家だったのだろうか。
蓮は手記をパラパラと捲る。 色んなことが書いてあった。 つかまり歩きが出来たこと、初めてママと言えた時のこと。 蓮が産まれる前のことが書いてある手記もあったが、彼が産まれてからは、彼のことしか書いてなかった。
最後の手記を手に取った。 それはいつもの手記より分厚い。 いちいち変えるのがめんどくさくなったので大きめのものを買ったと、最初の頁に書いてあった。
蓮はとある頁で手を止めた。 その様子を見て星夜が隣に来た。
「祭星と初めて会った時の日記だ」
『六月二十九日 雨
嶺二が家を訪ねて来た。 久しぶりの友との再会を喜ぶ間もなく、例の少女との対面だった。 怯えて動こうともしない白髪の少女の名前は祭星。 あのアナスタシアが創ったヒトならざる者だとは思えないほど儚く美しい子だった。
蓮が仲良くできるだろうかと不安に思っていたが、どうやら魔力の波長が合うらしく、一日目というのに親友のようになっていた。 祭星にも笑顔が見られた。 きっとこの少女は大人になるにつれて自分の運命に振り回されるのだろう。 それに蓮も巻き込まれてしまうのだろうか? 息子には、魔法と無縁の、平凡な人生を送ってほしいのに』
さらに頁を捲る。
『九月十日
きっと、蓮は祭星を守ることを望むだろう。
愛刀の白竜鬼神に、何があっても息子を守り、息子の意思を支えてほしいと願えば、喜んで引き受けてくれた。
一彦にも、同じような願いを言ったが、彼は引き受けてはくれなかった。 彼は蓮の運命を知っているのだろう。
もう、あの少女と出会い、少女に惹かれた時点で決まってしまった運命なのかもしれない。 変えられないものだと知っている。 ああそれでも……』
蓮は次の頁に進もうとして、手が止まってしまった。 震える手をまじまじとみて、日付で確信した。
「次の日、父さんは死ぬんだ」
「たしか交通事故、だったかい……?」
蓮はコクリと頷く。 震える指先で、そっと次の頁へ。
そこには血がべっとりと付着した日記があった。 辛うじて読み取れる文字で、数行ほどしか書かれていないのを見るに、事故に遭って意識が朦朧になりながら、なんとか書いたのだろう。
『死にたくない、まだ蓮を残している
こんなことならにんむをうけなければ、
れん、あいしているよ』
蓮は手記を閉じた。 そして俯いたまま、星夜に尋ねる。
「……父さんが最後になんの任務を受けたか、履歴を探れるか?」
「……出来るよ。 じゃあ僕はその履歴を探すから、祭星のこと頼んだよ」
星夜はそれ以上何も言わずに、部屋から出て行った。 蓮は袖で涙を拭うと、刀に向かって声をかける。 名前を呼べば白い竜が体に巻き付くように現れた。 半透明のそれは、蓮の涙を舌で掬う。
「父さんは、殺されたんだな」
『……主、それは』
「お前は黙って俺に従って、俺の質問に答えろ!」
祭星が起きないように、声を殺して怒鳴る。 水竜リューゲは唸るように喉を鳴らすと、ポツリポツリと話し始めた。
『お前の父はあの日、とある男の元へ向かっていた。 名前はメイビス。 アンチュリエを設立した男だ。 お前の父はそのメイビスに騙され、殺された……。 そして同じように、お前の母もメイビスにその日のうちに殺されたのだ。 本当は事故死などではない。 全て……嘘なのだ』
「どうして今まで言わなかった」
『時が来るまで隠すことにしたのだ。 詠斬と共に決めた事だ。 お前のことだ、真実を伝えれば直ぐにでも力をつけて復讐に行くだろう。 だがそれではダメだ。 なにせ我らは、お前の父から頼まれたのだ。 お前が危険な目に遭わないように、と。
だから時が来るまで真実を隠した。 お前が成長し、力をつけ、そして自らの運命を受け止める覚悟ができるその時まで』
リューゲは蓮の体から離れると、祭星の側へ。 寝息を立てて寝ている祭星を見て、竜は目を細めた。
『あの日、お前も殺される予定だった』
「……は」
『だがそれを阻止したのが祭星という存在だ。 あの日、お前の側にいたこの少女をみたメイビスは、この少女がヒトならざる者だとすぐに感づいた。 この少女を監視し、隙を見て自分達のものにしてしまえば、魔物達に奪わせてしまえば世界はアンチュリエのものになるも同然。 この少女はそれだけの力を手にしてしまった。 お前を殺しに行かなければメイビスは祭星を知らずに済んだのに』
「俺の、せい」
『断じて違う。 遅かれ早かれこの少女の事はメイビスに伝わっていただろう。
メイビスは手堅い男だ。 アナスタシアが魔界へのゲートを開けたのも、幽郭の庭で祭星と戦い、アルトストーリアを使わせたのも、全ては彼の計画通り。 祭星が幽郭の庭でアルトストーリアを発動させれば、それは天界と魔界にも知れ渡る。 天界はこの少女を保護しようと動き始め、魔界は少女を娶るために策を練る。 魔界の住人供は手が速い。 今直ぐにでもこの少女を奪いに来るだろう。 それがメイビスの狙いだからな』
アンチュリエは魔物主義の組織。 魔物の手に祭星が渡ってしまえば、アンチュリエのモノになったも同然なのだ。 本当に、祭星は鍵なのだ。 彼女の意思に反して、世界を救い、世界を壊す鍵になる。
『蓮よ、お前は騎士になるのだ。 祭星という大切な存在を守るための騎士に。 その身を闇に堕として、その血と魔力の一片まであの少女を守るために使え。 お前はあの少女に救われた。 ならば次はお前が彼女を救う番だ。 そのためにお前は堕ちたのだろう』
蓮は刀を強く握りしめた。 そして力強く頷いてみせる。
そうだ、そのためにこの身を闇に堕とした。
愛しくて愛しくてたまらなかった、祭星をただ自分のものにしたかった。 でも、祭星はきっとそれを望んではくれないだろう。 きっと彼女は、自分だけのために他の人間を傷つけたりするのは嫌いだ。
祭星のことは好きだ。 出来れば他の人間の目につかないように閉じ込めて、首輪をかけて、綺麗に着飾って、その可愛さを閉じ込めておきたいくらいに。 でもそれは祭星は望まない。 彼女はきっと嫌がる。
好きだからこそ、彼女が嫌がることをしたくない。
だからこそ蓮は祭星の側にいて、彼女を守るのだ。 彼女の嫌がること全て、しないし、させない。
それが自分の運命というのならば本望だ。
リューゲは満足そうに揺蕩い、小さな管のような竜に姿を変える。 そのまま蓮の首にクルクルと巻きついて、頭に顎を乗せた。
『我はこのまま現界しておこうぞ。 白巫女を起こさないのか? お前がかけた昏睡だろう、お前が起こさなければ二度と起きないぞ』
「そうか……。 じゃあ」
『ちょっと待てえい! 貴様、そんな品も演技もない動作で起こす気か??』
手を出して魔法を解こうとした蓮を、ご立腹の様子でリューゲは止めた。 蓮は、はぁ?とめんどくさそうに言うと、お節介な竜は彼の頭を突き回る。
『接吻じゃ! ろまんちっくじゃろう! どこかのおとぎ話では、接吻で目を覚ますではないか! やれ』
「やれって……!」
『早ようしろ!!』
「このクソジジイめ……!!」
近寄って、祭星の身体をそっと抱き起す。 胸に抱くと、良い香りがした。 シャンプーの香りだろうか? 彼女は香水は持っていなかった。 そういえばレイのようにオシャレをしたいと言っていた気がする。 自分が使っている香水をプレゼントすれば喜んでくれるだろうか。 そもそも化粧すらしてないのにこんなに可愛いのか? 肌は絹のように美しいしチークなんて塗ってないのに頰はほんのり桃色で、睫毛は長くしなやかで……。
という煩悩を抱えながら、蓮は静かに祭星の唇に自分の唇を重ねた。
「……む」
祭星が目を覚ます気配がした。 そして、息を飲む気配も。
「〜〜??!」
いきなりで驚いたのだろう。 祭星が慌てているので、蓮はすぐに唇を離して、頭をポンポンと撫でる。
「具合は? もう声は聞こえないか?」
「え、う、うん……」
「だったらいい」
蓮はそれ以上何も言わずに一旦外へ出てしまう。
廊下で一人、頭を抱えながらため息をつくと、リューゲがやれやれと彼の頭の上で言う。
『狼が優男を気取るのも大変だな』
「……まったくだ」
リューゲの言った通り、蓮はこう言ったことに関しては奥手奥手で過ごしてゆくのだが。
彼が祭星に本性を見せるまで、五年以上かかるのだが、それはまた別の話である。




