戦火の中の懐かしさ 2
しばらくすると、部屋から祭星が出てきた。 さっきまで寝ていたせいか、髪に少し寝癖がある。 気分はだいぶ落ち着いた様で、取り乱していた心情もいつも通りになっているようだった。
「蓮、ごめんなさい。 迷惑かけちゃった」
「いいさ。 誰も迷惑なんて思ってない」
お互いに意識しすぎて顔を合わせることも出来てないのだが、蓮は祭星を皆がいるであろう部屋に案内し始める。 ギクシャクした様子の二人をリューゲがやれやれと言った様子で目を細めて見ていた。
外の強風が窓をガタガタと揺らしている。 祭星は外を見るが、雪に埋もれていて一面真っ白なだけだった。
「ねえ蓮。 クラウンさんの屋敷の庭で、リイナさんが言ってたこと覚えてる?」
「……イラつきすぎて覚えてねぇな」
「またそんなこと言って。 ハデスと、あともう一体いるっていう話」
祭星が嗜める様にいうと、蓮は覚えているとだけ口にした。
「京都に来て、星夜くんに会ったでしょ? その時からなんだけど……、意識が冴えてるっていうか、魔力を探知するための……機能? が凄く明瞭で……」
「へえ……。 制御装置って言うもんな、そのおかげか?」
そうかも。 と祭星が頷く。 星夜は祭星の制御を司るモノであり、魔力増幅器の役割も担う。 彼女の能力が上がっているのもそのせいだ。
だからこそここ京都に来て、星夜に出会った時点で、彼女にはハッキリと気配が分かっているのだ。
「いる」
「日本を雪の海に変えている張本人が、か……?」
「うん。 でも敵意はない、っていうかこれは……なんなんだろう」
首を傾げる祭星。 その後ろから、詠斬が拍手をしながら話しかけて来た。
「流石やなぁ祭星。 この中であの子のちゃんとした気配に気付けるのは流石や」
「詠斬……」
こんな時でも呑気な声に、蓮は思わずため息をついてしまった。 そしてそんな詠斬の後ろにいた少女を見て、祭星があっと声をあげた。
「アメリヤちゃん」
「まつほ……? すごい、ね。 わたしのこと、わかった……、星夜と、おなじ……?」
龍の少女。 青い翅をパタパタ動かして、祭星と蓮の周りをスイスイと飛び回る。 蓮がその様子を眺めながら、眉をひそめた。
詠斬は袖から扇子を取り出して、それでビッとアメリヤを指す。
「アメリヤはアンチュリエに創られた。 またそれが難しい話でな? 元々、アメリヤはこことは違う別の世界の住人やった。 そうやな?」
「う、ん……。 よくおぼえて、ないけれど。 優しいひと、たくさんいた。 でも、こわい、あらそい、あった。 みんな、おこって……、かなしかった、だから、逃げた」
アメリヤは詠斬の肩に手を置いて動きを止める。
「命からがら逃げたアメリヤを、アンチュリエは保護という形で拘束して、殺した」
「……は?」
蓮が言葉をこぼすと、詠斬はちらりと祭星を見る。
「ここからは結構きつい話になるで。 祭星、また記憶に引っ張られんように蓮と手でも繋いどき。 闇の魔力と光の魔力は相殺するからな」
祭星はそう言われて蓮の手を握る。 詠斬はその様子を見て、アメリヤの頭を撫でた。 彼女は詠斬の肩に座ると、翅を折りたたんだ。
「殺した肉体は切り刻み、すり潰した。 そうして得た血は蝶に啜らせ、残った肉は龍に喰わせた。 その蝶と龍を融合させて、新たに産まれたのが……今のアメリヤ。 連中は、キメラを餌にした魔法動物を融合させて再びキメラを作ればどうなるのかが知りたかったんやろうな。 完成したキメラを恐らくは裏で売るつもりだったんだろうが……」
「ハデス、がね、怒ったの。 アンチュリエにいた、ハデス。 わたし、たくさん、優しくされた。 ハデスだけ。 だから、売ろうとしたアンチュリエ、を……。 ハデスが、氷漬けにしちゃった」
「てことはこの騒ぎって」
祭星が半分呆れたような声を出せば、詠斬は苦笑しながら頷いた。 そう、結局はこの騒動はアンチュリエの自業自得の結果である。 だがよく分からないのは、ハデスともう一体氷雪化を巻き起こしている誰かがいるということ。
そしてその源は。
「アメリヤちゃん、この辺りが氷雪化してるのは貴女の力……だよね?」
「ん……」
アメリヤはコクリと頷いた。
「わたしの中の、わたし、一度死んだ。 だからわたし、死者。 死の国の、住人。 ハデスの、しもべ。 ハデスの力、に……ひきよせられ、てる」
あー、と言いながら詠斬が咳払いをする。 どうやらアメリヤの説明だけでは足りないらしく、祭星と蓮がわかるように解説をしてくれるようだ。
「つまりな? 今時のお前らにもわかりやすく説明すると。 回線と本体と中継機みたいなもんや。 本体はハデス。 中継機がアメリヤ。 全部の世界を氷に変えるのは流石のハデスでも一体ではムリや。 せやから、僕になったアメリヤを通じて自分の魔力と魔法が飛ぶ範囲を広げてるんやな」
「あーすっごいわかりやすいな」
蓮が納得する中、祭星はどうも引っかかることがあるようで、何も言わなかった。 詠斬はその様子を見て目を細める。
「どうして、ハデスは全世界を氷漬けにするんですか? アンチュリエの人間に対して怒りを感じているのであれば、アンチュリエ本部だけを氷漬けにすればいいはずですよね」
「……! もしかして全部、最初から」
蓮は革鞄に入れていた父親の最後の手記を睨みつけるように見た。 そして震える声で、言葉を絞り出す。
「最初から、祭星を見たあの時から……、メイビスは全部仕組んでいたのか……! アナスタシアがゲートを開いて、幽郭の庭で祭星と戦ったのも。 あの場所でアルトストーリアが発動して、その様子を幽郭の庭に住んでいたハデスの妻であるペルセポネが見たのも。 アメリヤを捕まえて殺したのは、単にキメラを作るためだけじゃなく一度殺して死の国の、ハデスの僕にしてしまえば、それに情をかけたハデスが怒りを露わにすると予想して……!」
そしてハデスの怒りを引き起こして、それを操ってしまえば、世界を氷雪化するなど一週間もあれば容易い。 世界が氷漬けになってしまえば機能は停止し、大混乱に陥る。 そうなってしまえば、ヴァチカンは必ず動く。 当然その中に祭星も含まれるし、なんといってもアルトストーリアを起動できる唯一の存在。 主戦力といっても過言ではない。
最初からメイビスの狙いはこれだったのだ。
「蓮、その様子やと全部聞いたんやな」
「ああ」
詠斬の問いには、敢えて短く答えた。 すると彼は満足そうに頷いている。
「お前に問いただしたいことは山ほどあるが、今はハデスとアンチュリエの問題が先だ。 とりあえず、お前は信用に足りると俺は判断した」
「そうか、せやけど……」
詠斬は蓮の隣にいる祭星に視線を向ける。 彼女は、険しい表情をして詠斬を見ていた。 納得がいってないのだろう。
「そっちはそういうわけにはいかないようやな?」
「当たり前です」
食らいつくように祭星が声を荒げた。 周りの空気が一瞬にして変わった気配がする。 隣人達が怖がるように逃げ去って行く。 恐らく今頃、星夜には祭星の怒りが伝わっているだろう。
「仮に、貴方が信用するに値する人だったとしても、貴方がやったことに私は納得できません。 貴方は、イリスを無理やり使役して、西條を、ヴァチカンの魔法使いを殺したんです」
「ああ、そうや」
「……っ! どうしてあんなことを!」
「守りたいものがあった、救わなければいけない子がいた」
詠斬は意思のこもった言葉を祭星へかける。 そして彼は自分の肩に座っているアメリヤをチラリと見て、微笑みかける。 アメリヤはその微笑みを見てキョトンとした表情をしたあとに、彼の額にキスを落とした。 そしてそのまま彼の隣に降り立つ。
「元々、アンチュリエには偵察のつもりで近づいた。 もし黒闇宗の敵になるのなら、早々に潰しておく必要があると思った。 そん時、この子に、アメリヤに出会った。 まだあの頃は話せもしない、飛べもしない。 籠の中にいたこの子を見て美しいと思った。 やから、助けてしまおうとおもった。
それからは必死や。 奴らに気に入られるために何でもした、何でも殺した。 それが知らない人間でも魔法使いでも」
彼の話を聞いて祭星がたじろいだ。 酷い話だと思う。 彼のせいで一体何人の人が死んだと思っているのだろうか。 そういう自分の考えは正しい。 そう思っているはずなのに、何も言い返すことができなかった。 自分の中に存在する一つの感情に、祭星は悔しそうに、信じれなさそうに唇を噛みしめる。
詠斬は続けて、蓮にも同じように仕向けたと言った。 蓮は静かに頷く。
「大切なものを守るためだったら、ってお前は俺に言った。 覚えている、だからこんな風になってしまったんだ」
「せやな。 でもなあ、蓮よりも祭星の方が俺の考えに賛同してくれるはずなんやけどな」
「何を……」
詠斬の言葉を聞いて祭星はびくりと肩を震わせた。
彼女は小さな声でポツリと言葉をこぼす。
「わかるよ……。 私だってきっとそうする。 もしも蓮が敵に捕まっちゃったら、私はきっと他の人なんてどうでもよくなって、蓮のことを助けに行くから。 私はどうなってもいい、だけど、好きな人が辛い目にあうんだったら……他の人間なんてどうでもいい」
「祭星、お前……」
「でも、だからって人を殺していいわけじゃない! あの時、どれだけの人が犠牲に……! まだ、まだ生きていたかった人だっていたはずです。 みんな、明日が来ると思って、生きていたはず、なのに……」
いつだって不幸な人間はいる。 どんなに経験を積んだ魔法使いでも、死ぬときは一瞬だ。 明日があると思っていても、いつか人は死んでしまう。 それが今日かもしれないし明日かもしれない。 だからこそ、魔法使いは人の死を憂うことはしなかった。 祭星にはそれがわからなかった。 彼女は目に見える範囲の人間を救おうとするだろう。 世界の全てを嫌っていたとしても、困る人間を放っては置けない。 だが、世界全員の人間を救うというのは、到底無理な話だった。
「祭星、お前の言うこともよくわかる。 でもな、俺はお前みたいに強くないんや。 お前の様に聖人君子でもない。 せやから、自分の事だけ考えるんや。
なあ祭星。 お前も楽に考えればええねん。 なにもお前が世界全ての人間を救わなくてもええ、目に見える人全てに手を伸ばさんでもええ。 自分の事だけ考えれや、自分がやりたい事優先しいや。 お前はそれでいいんや」
「……そんな簡単にできるわけが」
「してもらわな困る。 全部を救おうとして、出来なくて頭ん中パンクして暴走するのが目に見えてるからや。 別にお前のことを思って言ってるわけじゃないで、お前が暴走してもらったら世界は崩れる。 俺もアメリヤも黒闇宗も危険な目にあう。 そんなのゴメンや」
「……」
祭星は俯いてしまった。 蓮が気を遣って場を和ませようとした瞬間、蓮のヴァチカン用携帯端末に着信が入る。 アラームが鳴り響き、三人は険しい顔へと表情を変える。 アメリヤは立ったまま船を漕いでいる様だった。
「こちら白石軍曹……」
『白石さん! 大変です、大変なんです!』
切羽詰まった少女の声。 聞き覚えのある声だ、リイナ二等兵だろう。 後ろからは何やら喧噪が聞こえ、建物が崩壊する音も。 只事ではないことを一瞬で感じ取った蓮は、不機嫌になることもせずにリイナへ問う。
「今どこだ、何があった」
『ヴァチカンに残ったレイさんやジョシュアさん含めた暗殺部隊とアンチュリエを制圧するために、彼らのアジトに侵入したのですが、彼ら、ハデスを、ハデスを……!!』
スピーカーの向こう、轟音が響く。 続いてリイナの悲鳴が聞こえ、彼女の伴侶であるファルシュの怒号も聞こえた。
『……っ! アンチュリエの、メイビスは……! ハデスを、禁種魔物に喰わせて……! 今、イタリアは禁種魔物の猛攻に……、白……、祭星さ……!』
徐々にノイズで聞き取れなくなっていく。 祭星はいても立ってもいられず、エスペランサの裁きを取り出した。 それを見て詠斬が彼女を止める。
「やめぇ! ここでお前が行ったら、メイビスの思うツボや!!」
「じゃあどうしろと!」
「もう少し頭で考えりィ! すぐ飛び出すんはテメェの悪りぃクセやろが!!」
「少し静かにしろ!」
蓮がそれよりも大きな声で二人を黙らせ、リイナへ伝える。
「こちらも戦力を整えてすぐそちらへ向かう、耐えきれるか、リイナ二等兵、憤怒の君」
すると少し遅れて、声が届く。
『……来るのならば、色欲の星を連れて来い。 そして、ヴァチカンの……開発塔、に……適性、が……共に……』
ノイズがひどい。 途切れ途切れの声は遂に途絶えてしまった。 この猛吹雪の中、よく保った方だろう。 蓮は端末を戻し、詠斬に問う。
「あんたも来るだろう」
「当然や」
その時、急に訪れた猛烈な頭の痛みに祭星が頭を抑えた。 そして頭の中に声が響く。
「せい、や……くん?」
『やあ。 いつもは僕が勝手に祭星の感情や思考を読み取る方だけど、こうやったほうが都合がいいだろう? 互いに考えを共有し、魔力を調整し合う。 その方が合理的だ。 で、色欲の星を探してるんだって? じゃあ一緒にヴァチカンに行こう』
「ま、まって。 それじゃあ星夜くんが」
『うん、僕が色欲の星。 ヴァチカン七冠者のうちの一人だよ』
祭星はそれを聞いて天を仰ぐ。
「もう、頭がついていかないんだけど……」
そんな彼女の声を聞いて、頭の中で星夜がクスクスと笑っていた。




