騎士は誰の為に 4
女子二人が水着を選び終えたのは三時を過ぎた頃だった。 悩みに悩んだその水着を着て、二人は並んで脱衣所を後にする。
「おっふろ、おっふろ〜!」
るんるん気分の祭星は、それはそれは可愛らしい水着を着ていた。 年頃の女の子なのだ、大胆に腹部を露出した水着で、スカート部分についたフリルが、彼女がスキップをするたびにふわりと揺れた。
まあ、本人ではなくレイが選んだものなのだが。 最初こそ乗り気ではなかったのだが、試着するたび褒めちぎっているとかなり乗り気になってくれた。 実に単純である。
レイはそんな彼女を見て微笑ましい気持ちになった。 そんな彼女は白のホルタービキニを着ている。
「お風呂で水着っていうのも初めてだけれど、まさかヴァチカンでお風呂に入れるなんて」
「嬉しい?」
「うん! レイ、早く行こ!」
祭星に手を引かれてレイは小走りで大浴場へと向かった。
するとその途中で、祭星が小さくくしゃみをする。
「へくちっ……」
「風邪? 寒いかしら?」
「うーん、多分大丈夫! ほら、着いたよ!」
扉を開くと驚くほどに広い大浴場だった。 五種類ほどの湯船があり、どうやらこの時間は誰もいない。
当然だろう。 昼間の三時だ。 普通は任務に出払っている。
「貸切だー!」
祭星はぴょんと飛び跳ねて、白い髪をなびかせながら中へ入る。 ザッとシャワーを浴びて、白い湯船へ浸かる。
「ほあ〜……、気持ちいい〜」
その隣にレイが足だけを浸して腰掛ける。 髪を結んだレイは、いつもよりも大人の色気が出ていた。
「レイ、やっぱり綺麗だから羨ましいなあ」
「祭星だって可愛いわよ? それにあなた」
湯船から出て、レイの隣に座った祭星。 レイは祭星の胸元を見て真面目に告げる。
「着痩せするタイプだったのね?」
「えっ、わたし、太ってる?」
「ああ、そういう意味じゃなくて。 胸の大きさよ。 想像していたよりだいぶ大きいわ、これはそうね……C、いや……」
真面目にサイズを測ろうとするレイ。 祭星は顔を真っ赤にして悲鳴をあげた。
その悲鳴を聞いてか、それとも偶然か。 向こう側にあった湯船からこちらへ向かってくる足音が聞こえた。 レイが「あら」と言ってそちらを見る。
「ジョシュアと蓮ね。 貴方達先に入っていたの」
「お前たちおせーんだもんな。 向こうの風呂マジやべーぞ。 激アツだぜ。 茹でダコになっちまうってーの。 なあ蓮!」
「ならん。 お前が熱いの苦手なだけだろう」
蓮の声を聞いて、祭星はビクッと肩を震わせた。
水着を選ぶのに夢中になってすっかり忘れていたがそういえば混浴だった。
そしてはわわと慌てながら逃げようとして、顔面から湯船に転げ落ちた。 レイは隣から派手に水飛沫が上がるのを見て、大きくため息をつく。
そして溺れないように祭星の手を取って、立ち上がる手助けをした。
「うう、お水飲んじゃった……」
「慌てるからよ」
ぐずぐずと目を擦る祭星。 ジョシュアは祭星の水着姿を見て、蓮に言う。
「着痩せするタイプなんだな、お前の彼女。 身体がって意味じゃなくて、胸がな」
「彼女ではない。 というかどこを見てるんだ殺すぞ」
近くにあった洗面器でカコーンとジョシュアの頭を殴り、洗面器は音を立てて転がって行く。 蓮はチラリと祭星を見て何も言わずに先ほどの話へ戻る。
「向こうの風呂は温度が五十度以上らしいから入るときは気をつけておけよ」
その様子を見てレイはニヤニヤとしながら蓮へイタズラに尋ねる。
「ね、祭星可愛いでしょう〜? 肌も真っ白だし、綺麗よね?」
そう言われ、蓮は祭星をもう一度見た。 今度はちゃんと真っ直ぐに、じっくりと。
白い肌、無駄な脂肪すらない。 いつも露出のない服を着ているせいか、美しいくびれが目に眩しい。 レイのように妖艶さはないが、儚さのある印象だ。
細く華奢なその体は、守ってあげたくなるような……。
「……まあ、こいつが可愛いのは前から知っている」
「や、やや、やめてよ! 恥ずかしいから……! そ、そういう蓮も……、れん、も……」
鍛えられた身体を見て、祭星がぼぼぼっと顔を真っ赤にした。 なによりいつもは結んでいるはずの髪が解かれ、見たことのないような雰囲気で。
形良く割れた腹筋を、なぞるように雫が伝う。 引き締まった身体だ。 男性の水着姿というものに慣れていない祭星は遂に恥ずかしさで撃沈してしまう。
「わ、わたしのぼせる前に先に上がるねッ!」
すごいスピードで出口へ駆けて行った。 レイは祭星を見送って、笑う。
「恥ずかしさでのぼせてどうするのかしら……。 ま、一人にさせるのも危ないですし、わたくしもあがりましょう。 貴方達は?」
「オレらもあがるとこだったんだ」
脱衣所へ向かいながら、レイは蓮へこっそりと声をかける。
「来るべき時が大変そうね、蓮」
「……そうだな、対策を練っておくべきだろうか」
「必要ないわよ。 と言いたいけれど、悪い虫には気をつけておきなさい?
可愛い上に純粋で汚れてないのよ。 貴方以上の狼はいないでしょうけど、奪われるのは嫌でしょ?」
「まあ……な」
曖昧に返事をして、蓮は男用の脱衣所へ入っていった。
レイが女性用の脱衣所に入ると、既に着替えた祭星がベンチに腰掛けていた。 真っ白な髪は少し濡れたままだ。
「乾かさないと風邪を引きますわよ」
「うん、お部屋でゆっくり乾かそうかなって思って」
本当にのぼせていたらしく、顔が赤い。 いや、これはのぼせていたのではなく恥ずかしがって赤くなっているだけだろうか?
着替え終わったレイは手早く髪を乾かす。 その間に祭星はまた可愛らしいくしゃみを二回ほどしているようだった。
「誰か噂してるのかなあ」
「噂? ニホンではそういう言い伝えがあるのね?」
「うん、くしゃみをする時は他人に噂されてるんだって」
髪を乾かしたレイが、祭星とともに自室のある階へ戻る。 エレベーターの中で、レイは祭星の頰がまだ赤いことに気づいた。 なんとなく、口数も少ない。
「祭星、貴女もしかして……」
エレベーターから降り、ロビーで額に触れると熱を持っていた。 先ほどまでくしゃみをしていたのは噂とかではなく、風邪をひいてしまったからだろう。
祭星はぼーっとした瞳で周りを見て、呻きながら頭を抑える。
「あたまが……いたい……」
ぐらりと祭星の身体が揺れた。 レイは慌てて彼女を支えると、ジョシュアと蓮へ連絡を入れる。 祭星の身体は熱く、荷物がバラバラとこぼれていった。
時計の針が響く部屋で、レイは祭星の容態を見守っていた。 幸い、ただの風邪だったが熱が高いようで、心配になって側にいる事にしたのだ。
時刻は夜の九時。 うなされる事もなく、眠り続けていた祭星は、不意に目を覚ました。
「気分はどう?」
「……レイ、ごめんね、だいぶ良いけど、ちょっとまだ眠くて……」
「いいのよ。明日のリオンさんとの用事はのばしていただいたから、ゆっくり休むのよ」
祭星は弱々しく頷いて、瞳を閉じようとして、天井を眺める。 そして虚ろな声で言う。
「レイ、わたしうれしいの。 ヴァチカンでいろんな人がわたしのこと気にかけてくれて」
熱で朦朧としているせいか、それとも自分の意思なのか。 祭星はそんなことをレイにポツリポツリと語り始めた。
もう少し寝ていた方がいい、安静にしていたほうがいい。 という野暮なことは言わなかった。 レイは祭星を見つめて、母親の様に優しい声で相槌を打つ。
後ろから、扉が開く音と小さな靴音がしたが、祭星は気づいていない様だった。
「わたし、ね。 日本では、いじめられてたの。 こんな見た目だし、気に入らないって言われて。
水かけられたり、階段から突き落とされたり、……蓮には言ってないけど、ね、あの男の子たちからなぐられたりした。 いたかった、つらくて、かなし、かった……」
レイは祭星の手を握って、何も言わずにその言葉を聞いていた。
「蓮、がね……、守ってくれるって、敵みんなころすって言ってくれて、うれしかった。 でも、そんなのだめだって、いったの……」
だんだんと朦朧としてきた意識を、祭星はようやく手放した。 レイは静かに息を吐き出して、先程部屋の中に入ってきた人物に声をかける。
「ですってよ、蓮」
「……、殴られた、ねぇ」
蓮は声を殺して、唸る様に言う。
やはりあのクズどもは、一発殴らないとダメらしい。 蓮の気持ちも収まらないだろう。
レイは汗の滲んだ祭星の額をタオルで拭く。 起こさない様にこちらへ寄ってきた蓮は、祭星の額に軽く口づけをした。 そして隊服についた赤いピンバッジを外して、彼女の枕元へ置く。 自分には相応しくない、その価値のあるピンバッジを。
「……行くのね?」
「大丈夫だ、お前たちに迷惑はかけない。 あいつら3人を見たときに微かだが魔物の気配を感じたんだ。 魔物が身体を支配していると言う可能性も……大いにあるだろうからな」
蓮が転送魔法を展開させる。 遥か遠い西條の、本当に消えそうな程しか残っていない祭星の魔力をしっかりと捕捉して、レイへ言う。
「祭星には言わないであげてほしい」
「貴方が怪我をせずに帰ってきたら、守ってあげますわよ」
ニヤッと笑ったレイは、自分の代わりに動いてくれる隊長をみて、どこかホッとした気持ちだった。
蓮が部屋から消える。 レイは祭星に小さく囁いた。
「みんな、貴女のために動いているのよ。 きっと今の言葉を聞いたのがジョシュアでも、わたくし一人でも、蓮と同じ様な行動をしたはずよ」




