騎士は誰の為に 3
着陸を告げるアナウンスが響いた。 リオンはサッと防寒用のマントを羽織って、会議室の中を見渡して──。
「起きなさい。 祭星、レイ」
二人掛けのソファで仲睦まじく眠っていたレイと祭星に優しく声をかけた。 本当ならばもう少し眠らせてあげたいのだが、ここで眠るより自室のベッドの方が良いだろう。
祭星は気怠げに目をこすり、ぽやっとした顔で起き上がった。
初の飛行機でテンションが上がっていた祭星だったが、十三時間もぶっ通しではしゃぐ力はなく、四時間程したら次第に瞼が重くなってしまった。 「まだみんなと話しますぅ〜……」という弱々しい声と共に睡魔に撃沈した祭星を、レイは膝枕をして寝かせていたのだがどうやら一緒になって寝てしまっていたらしい。
ちなみに寝てしまった女子二人組を他所に、ノックスとジョシュア、そして蓮はボードゲームに熱中していて、さらにリュヌは眠る女子二人をこれでもかと自前の一眼レフにおさめていた。
リオンは思い思いに楽しんでいるのを微笑ましく眺めながら、時には機長室へ顔を出して魔力コントロールを変わったり、それなりに忙しくしていた。
「寒い〜! まだ眠い〜!」
ぴゃあぴゃあと叫ぶ祭星。 ヴァチカンの横に位置する空港に降り立って、大急ぎで塔へ走った。
「おい、走ったら転ぶぞ」
その後を蓮が追いかける。 ジョシュアが「元気だなアイツら」というと、レイは「そうねぇ」と気の抜けた声で答えた。
エントランスに着くと、空調が効いているため暖かかった。 ホッとした祭星に、先に塔へ着いていたらしいノックスとリュヌが声をかける。
「話し合ったんだけれども、僕たちはこれから君のことを祭星と呼ぶことにしたんだ。 良いだろうか?」
「エトワール、だけど、今の貴女は祭星だもの。 これからよろしくね」
祭星はにっこりと頷いた。 二人は、そうだ。と思い出したように言う。
「僕たち、ヴァチカンではコードネームで呼ばれることが多いんだ。 まあ愛称みたいなものなんだけど。
僕は『ギア』リュヌは『イェズ』と呼ばれているよ。 任務中なんかはそっちの名前で呼んでくれた方が助かる」
「わかりました。 任務でご一緒させていただいた時はそう呼びますね。 普通の時は……、えっと、お兄ちゃんとお姉ちゃんでいいのかな……」
ノックスは祭星の頭を軽く撫でて「何でもいいよ、無理した呼び方はしないようにね」といった。 そして疲れた様子の祭星と、後からやってきた三人にある提案をする。
「ヴァチカンに大浴場があるのは知ってるかい? 今は丁度任務終わりだから混んでいるだろうけど、明日の昼間とかは人が少ないだろうから行ってみるといいよ」
ノックスとリュヌはこれから別の任務らしい。 一旦2人とは別れて、四人は顔を見合わせる。
「大浴場ってーと、オンセンか?」
「イギリスの人はお湯に浸かるの?」
祭星が尋ねると、レイは素直に答えてくれた。「入ったり入らなかったりよ」と。 そして「わたくしは毎日入りますわ」とも付け足した。
なんでも、イギリスはシャワーで済ませる人もいれば、そもそも毎日風呂に入らない人もいるらしい。
日本は毎日入ると伝えると、ジョシュアがへぇと声をあげた。 彼は湯船に浸かることはあまりしないらしく、毎日シャワーらしい。
「あと、普通に時間がねぇんだよな。 オンセンかあ、楽しみだな!」
「混浴だぞ」
蓮はスッと右端にある看板を指差した。 ヴァチカンに入っている施設を地図とともに紹介しているものだが、三階の大浴場の欄に『混浴』と書いてあった。
祭星が固まった。 レイが看板を読み上げて、最後に「これはオンセンというよりスパだわ」と笑った。
水着着用と書いている。 それをみて祭星は少し気が楽になったが、そもそもなぜ混浴にしたのかが理解できなかった。 そんな面積なかったのだろうか。
「じゃあ明日の昼三時に大浴場に行くってことでいいか」
「そうね。 それまでは任務ないでしょうし、自室に戻ってゆっくりしてましょう」
レイの提案に頷くジョシュアと蓮。 祭星は慌てて皆にいう。
「ね、ねえでも私たちこの後どうするの? 指示を出す人とか……」
祭星の心配を聞いてか、後ろからリオンが声をかけてきた。 アークナイトの肩章をみて、周りの魔法使いと職員たちが一斉に臣下の礼をとった。 リオンはそれを片手で止めさせて、四つのピンバッジを祭星に手渡す。
「先程、ランスロットから命が下ってな。 お前たち四人を一つのパーティとして私が預かることになった。 殲滅部隊と聖歌隊の合同パーティは初の試みなんだが、まあ実験的なものだと思ってもらえればいい。
隊長は蓮、お前だ。 その赤のピンバッジを隊服に必ず付けること。 具体的な活動については明後日に話すとして、今日と明日はゆっくり休んでくれ。 では、解散!
あ、そうだ。 隊長のお前が、この二日の間に他のメンバーの役割を決めといてくれ」
リオンはそう言って階段を上がっていった。 忙しいのだろう。 休む暇はあるのだろうかと、周りの魔法使い達は思った。
蓮は祭星から渡された赤いひし形のピンバッジをまじまじと眺めて、三人を見る。 引きつった笑みを浮かべて、ため息混じりに隊長として初めての指令を出す。
「……全員、自室に戻って休もう」
「賛成」
何処と無く疲れたような三人の声が、見事に被った。
翌日の朝、祭星は八時にセットしてあった目覚ましで起床した。 髪を櫛で梳かして、歯を磨き、服を着る。 今日は非番だったが、隊服を着込んで部屋に外へ出た。 廊下の途中で、蓮と合流する。
「おはよう」
「……おはよ」
「よく眠れた?」
「ああ」
「朝ごはん食べに行く?」
「俺はいい」
「そっか、私も朝ごはんは食べなくていいや」
「そうか」
今はあまりお喋りに乗り気ではないらしい。 祭星は蓮をチラリと見て、バレないように笑った。 喋る時は饒舌だが、気分じゃない時はとことん喋らない。 そういう男だ。 昔から。
まあ、寝起きというのもあるのだろう。 低血圧なのだろうか? 未だに眠そうな顔をしている。
「眠いの?」
「うん」
ふわぁ、と一つ欠伸をする蓮。 その子供のような返事と仕草に、ふふふと笑ってしまう。
「でもやるべき事があるからな」
「役割決め、だっけ? それってどういう意味なの?」
「さあ……」
首を傾げる蓮。 祭星は肩を落とした。
話し合う場所はレイの自室ということになっていた。 祭星がみんなの分の飲み物を買っていこう、と声をかけると、蓮は無言で頷いた。
缶コーヒーを三本とココアを一本抱えて、レイの自室についた二人。 蓮は手元が塞がっている祭星の代わりにノックする。
「おはようございます。 さあどうぞ中に」
自室のレイアウトは特に変わりがないようだった。 ソファに腰掛けて、飲み物を皆に配る。
「お、ありがとな! 丁度買いに行こうかと思ってたんだ」
「じゃあ買ってきて正解だったね。 お金は蓮が出してくれたの」
すでにフタを開けてコーヒーを静かに飲み進めている蓮を見て、祭星はクスッと笑う。 彼は無愛想で自分から何も語りたがらない。
ジョシュアは素直に蓮に礼を言うと、同じようにフタを開けた。
「役割、と言っても隊長は蓮でしょう? だとしたら後は補佐しか残っていないわよ」
そう言われて、祭星は昨日リオンから手渡されたピンバッジをテーブルへ並べた。 赤いピンバッジはすでに蓮が襟元につけているため、残りは青が一つと、緑が二つ。
恐らく数的に青が補佐役が付けるものだろう。 残り二つは隊員だ。
蓮は試しに三人に「我こそはというやつはいるか?」と聞くが、全員手を挙げることはしなかった。 当然といえば当然だろう。
すると、祭星が口を開く。
「レイがいいんじゃないかな。 しっかりしてるし、術もたくさん使えるでしょう?」
「いえ、わたくしは祭星がいいと思うわ。 隊長と補佐は大抵の場合ペアで動くわ。 わたくしは五年間もジョシュアと共に戦闘を生き残ってきたの。 呪術の仕組みを良く理解しているのはジョシュアよ」
レイがそう言って、ジョシュアも頷く。
それを見て祭星は縋るような瞳で蓮を見つめる。 蓮は暫く考えて、レイの意見が正しいとゆっくりと判断した。
「祭星、頼めるか」
「や、やだ!」
目を逸らした祭星。 レイは「こらこら」と祭星を肘で突いた。
祭星も、隊長からの願いを嫌だと一蹴するのはどうかと自分でも思ったが、嫌なものは嫌なのだ。 とりあえず意思表示をしたかったのだ。
蓮は大きくため息をついて、究極の選択を祭星に迫る。
「じゃあお前が隊長になるのか、補佐に回るか。 どっちかを選べ」
それを聞いて祭星はウッと言葉を詰まらせて、青のバッジを手にした。
「わかった……、がんばるね」
青いピンバッジを隊服に取り付ける祭星。 なんだか気恥ずかしく感じた。
不安は残るがやって行くしかないだろう。 大丈夫、蓮が隊長だから。 と自分に言い聞かせて、張り切ったように息を吐き出した。
「そういえば大浴場、五つも種類があるらしいですわね。 楽しみになってきたわ」
レイが場の雰囲気を変えるためにと、違う話題をふった。
「五つ?! すごい、思ってたより広いのかな? 外はあんなに寒いんだからお風呂はきっと気持ちいいだろうなぁ……」
混浴、というのを抜きにすれば普通に心踊るものだ。 祭星の言葉を聞いて、蓮も腕を組んで考えるように言う。
「まあ、こちらにきても風呂に入れると思うとホッとするところもあるな。 問題は水着を持ってきていないと言うことなんだが」
「ああ、売ってたぜ。 大浴場の隣で。 オレは2枚持ってるんだけど、それ着るか?」
「なんで二枚も持って来てるんだよ……、しかもお前と俺じゃサイズが違うだろう……」
「お? どこのサイズだ?」
「服のサイズだよぶっ殺すぞ!」
蓮がジョシュアの頭をゴツンと殴ると、ジョシュアはヘラヘラと笑った。
「じゃお前の水着は昼に買いにくか」
それを聞いてレイが祭星の手を取って立ち上がる。 首を傾げながらつられるように立った祭星に、レイはワクワクした様子で言う。
「こうしちゃいられないわ祭星! 水着を買いに行きましょう! では、わたくしたちは先に行っています!」
「え、ちょ、私はまだ入るって言ってな、うわあ〜……!」
すごいスピードで飛んで行くレイと祭星を呆然と見送って、ジョシュアは困ったように笑った。 二人取り残された訳だが、すぐに帰るだろうと思っていた蓮は考え事をしているようだった。
ジョシュアがピンと閃いた様に口元を歪ませて、蓮へわざとらしく尋ねる。
「祭星の水着はどんなやつなんだろうなぁ?」
「なっ……」
予想通り、驚いた様に顔を上げた蓮は顔は赤くないものの、目には少し恥じらいと後ろめたさが宿っていた。
面白いものを見つけた様に笑うジョシュアは、さらに尋ねる。
「どんなのが好みなんだ? ん?」
親戚のおじさんの様なノリになったジョシュアを鬱陶しそうに思いながら、蓮はまじめに考える。
「ワンピースタイプも可愛いが……、大胆なのもそれはそれで……、いや、水着を着ないでほしい……」
大爆笑しながら、ジョシュアは目の端に溜まった涙を拭った。 呼吸を落ち着かせて一息つくと、少し真面目な声色で悩みを聞き出すかの様に蓮へ言葉を投げかける。
「好きなんだろ?」
無言で頷く蓮。
「伝えたのか?」
「ああ、向こうからも同じ様に好きだと、返ってきた」
「そっからは?」
「まだ何も……、付き合うとも、ひとことも言っていない」
割と重症だな、とジョシュアが言った。 蓮がため息をついて頭を抱える。
そしてポツリと、過去の事をジョシュアへと話し始めた。
「負い目を感じるんだ。 違う女をとっかえひっかえして遊んでた頃を思い出すと。 高校の時、それはもう最高に荒れててさ、毎日喧嘩して人を殴って蹴って、夜は女と寝て。 今でも良くあんな風に生きてたなって思うんだけどさ。
喧嘩してた時も興味ない女を抱いてた時も、その時だけは祭星の事を忘れられたんだ。 でもそれが終わった後に死にたくなるほど寂しさを感じて、その寂しさを埋めるためにまた繰り返した。
それなのに祭星はずっと俺のことを待っててくれた。 健気で、純粋で素直で、真っ白だ。
俺があいつに触れていいだろうかって思ってしまうんだ。 祭星は過去の事はどうでもいいって言ってくれた。 でも俺はきっと、毎回、祭星は俺のことをちゃんと受け入れてくれるって感じないと満足できないんだ」
ジョシュアはそれを聞いて少し黙って、そして彼を元気づける様に控えめに笑った。
「わからねぇこともねえよ、その気持ち。 だけどさ、祭星はきっとお前からいわねーと、だめだぜ?
女ってそんなもんだろ、いつだって男から言い出すのを待ってんだ」
蓮は、そうだな……と答えると缶コーヒーを飲み干した。




