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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
29/64

騎士は誰の為に 2

「では、まずはイリス戦で何が起こったのかを教えてもらえるかな」

「はい。 それが……、詠斬という謎の男が現れて、イリスは彼が無理やり操っていた事と、アナスタシアとの関係を匂わせてそのまま消えてしまって。 イリスは彼が手を叩いた瞬間に消えました。 多分、帰還させたんだと思います」

 祭星がそういうと、ノックスが首をかしげる。 詠斬という名前に少々覚えがないのだろう。 だがアナスタシアを知っているとなると、自分にも関わりがあるはずだと思っているのだ。 同じようにリュヌも、腕を組んで悩んでいたが、あっと声を上げる。

「詠斬ってコードネームだぁ。 あーわかったわかった、その人、遠凱王くんねぇ〜!」

 するとリオンとノックスが続けて驚いたように納得した。

「一彦か……。 まだ生きてたんだな。

 単刀直入に言うがそいつは敵でも味方でもない。 だが気をつけておけよ。 よく分からないやつなんだ」

 リオンはそう言って紅茶を一口飲む。 味わう暇もなく、また言葉を続ける。

「イルミナティ、悪魔主義の組織。 実質、ヴァチカンの敵だ。 イルミナティからまた派閥があって、三つほど派生の組織が存在しているのが確認されている。 一つは日本の京都にあるらしい。

 そもそもイルミナティもヴァチカンと志を同じくした仲間だったんだが、昔分裂したんだ。 そのイルミナティにアナスタシアが色々つけ込んでいるらしい」

 祭星はそれを聞いてウヘェと声を出す。

「アナスタシアって……ほんとろくなことをしていない気がします」

「そりゃあな。 詠斬の本名は遠凱王 一彦。 アイツは理由もなく動いて人間を駒にして場を引っかき回すのが好きなやつだ。 あいつなりに考えはあるんだろうが、 気に入られないようにしておけよ」

 さて、と言ってリオンは本題に移る。

それは祭星の事についてだった。 随分と時間が遅れてしまったが、ようやく頭の中に整理がつきそうだった。

「それでどこまで思い出したかい?」

 そう聞かれて祭星はうぅんと考え出す。 記憶がぐちゃぐちゃになっているとは言ったが、今の自分の意思はハッキリとしていて不便ではなかった。

少しずつゆっくりと、祭星は頭の中を整理して行く。

「えっと、初めて目を覚ました時の風景とか出来事とかは全然覚えてなくて、自分の使命だけ急にポンと思い出した感じなんです。

 自分がエスペランサの裁きの適格者として産まれた事と、アルトストーリアを使ってアナスタシアを蘇生する事……」

「そうだ。 それに気づいた私とリャウレンは、なんとか君をアナスタシアから引き離せないかと考えた。 魔力がしっかりと安定する時まで、アナスタシアのいない環境に匿いたかった。

 するとどうだ、クラウンが少しの間とはいえ、アナスタシアの意識をはね除ける事ができるのがわかったんだ。 だから私は、ここにいるクラウンの二人の子供達と共に、タイミングを見計らって君をアナスタシアの研究室から連れ去った。 アナスタシアはクラウンに意識を飛ばされた時のことを覚えていないようでね、作戦はなんとも上手くいったよ。

 私は最も信頼のできる魔法使いに君を任せた。 ヴァチカンから遠く離れた日本で行動する嶺二に。 彼は全てを知った上で協力してくれた。 嶺二は他人の記憶をいじる事ができる。 ……君が記憶を持っていないのはそのせいだ。 記憶を消さなければ、君は生まれ持った使命だけを完遂させる道具になってしまうからな」

 祭星は、初めてクラウンに出会ったときのことを思い出す。 あの時彼はこう言っていたのだ。


──今の言葉は他でもない、私自身。 クラウンの言葉だ。


 アレはきっと、そのことを意味していたのだ。 あの時はクラウンがアナスタシアの意識をはね除けて、クラウン自身の意思で日本へ赴いていたのだろう。 そこで偶然祭星と出会い、そして彼女に遠回しに伝えたのだ。

 最初は何を言っているのだろうと思っていた。 だがようやく繋がった。 あの言葉、彼はずっと祭星のことを想っていたのだろう。 自分の意思と反する形で生み出されてしまった少女を。

「そして分かるだろうが祭星、嶺二は君とは血が繋がっていない。 育ての親だ。 君は創りだされる際に、魔物、天使。 そしてクラウン自身の遺伝子を使って産み出された。

 よって君は、クラウンの子供という事になる。 実際に……君が日本へ行く七歳までは、クラウンの娘として過ごしていたからな」

 ぽかんとしたまま、祭星は動かなかった。

そしてようやく理解したようで、ガバッと、赤髪の二人を見る。

そう、自分がクラウンの娘になるのならばこの二人は自分の兄であり姉なのだ。

 リュヌが意味ありげに微笑む。 ノックスは小さく頭を下げた。

ノックスを初めて見たときに感じたあの違和感と感情は、いじられていた記憶が無意識に反応していたのだろう。

その時、鮮明に思い出した。 自分が日本へ連れて行かれるときのほんの一瞬の出来事を。

 目を真っ赤に泣き腫らした赤髪の十三歳くらい少女が、小さな白髪の少女の手を握って泣きわめく。 それを十八歳くらいの青年が、同じく涙を流しながら引き離した。

白髪の少女は虚ろな瞳をしていたが……、少し悲しそうな、そんな顔をしていたように思えた。

 鳶色の髪をした男性に抱えられて連れて行かれる白髪の少女。 赤髪の少女が名前を泣きながら叫んだ。


『いやだ! 行かないでよ、エトワールッ!』

『リュヌ、これが最善策なんだ。 だから……』

『やだ、やだやだ! いやだ! 返してよ、エトワールはワタシの妹なんだ!

 やだよ! 忘れちゃうなんて、ワタシの事忘れないでよ、エトワール……! やだ、やだよぅ……』


 祭星が頭を抑えて唸った。 そして弾かれたように立ち上がり、目を見開いて、口に手を当てる。

そうだ、エトワールというその名前は。

「エトワール、エトワール……! 私の、名前……!」

 ポタリと涙を零して祭星がノックスとリュヌを見やる。 ノックスは席からゆっくりと立って、スッと腕を広げた。

「……おいで」

 優しい声だった。 祭星は大粒の涙を零しながら子供のようにノックスの腕の中に泣きつく。

歳は十二も違う。 ノックスは祭星の頭を撫でて、あやすように言葉を紡ぐ。

「今までよく頑張ったね。 これからは僕とリュヌが一緒だ。 それに」

 ノックスが順に、レイとジョシュア。 そして最後に蓮を見て微笑む。

「こんなに優しくて素晴らしい仲間がいるんだ。 君はもう一人じゃない。 バケモノなんかじゃない、僕たちの大切な妹で、仲間で、家族だ」

 トントンとリュヌがノックスの肩を叩く。 すると彼は腕の中の祭星をリュヌへと導く。 姉はやっと、十年越しに実の妹を強く抱きしめた。 そして離れ離れになった日以来、枯れていた涙を流し続ける。

「やっと、やっと会えた……。 一人にしてごめんね、辛い思いをさせてごめんね……!」

 あの日のように、リュヌは声を上げて泣いていた。 キツく抱きしめられ、祭星はリュヌの背中を叩く。

姉はハッと我に返って大慌てで妹を離し、涙を拭う。

「し、しぬかと……思いました……」

「ごめん……つい力が入っちゃって」

 リュヌは名残惜しそうに祭星を見つめる。 蓮はその熱のこもったリュヌの眼差しをみて、兄妹というものはこんなにも距離が近いものなのか?と思った。 彼は一人っ子だから、分からない。

「いじられた記憶はほとんどの場合が戻らないという。 祭星も断片的に思い出しただけだろう? 実際に彼らと暮らしていた時の事までは思い出せていないな?」

 リオンがそう尋ねると、祭星もコクリと頷いた。

祭星がきちんと思い出せたのは、自分がアナスタシアに創りだされた時に命じられた言葉と、ノックスとリュヌが自分の兄妹だという漠然な記憶。 そして自分の名前。

そのほかの事は思い出そうとしても、蓋をされたような感覚がして、思い出せなかった。

 そして何よりも大事なこと。

「警戒すべき事は、既にアナスタシアが祭星に接触をしていることだ。 名はクラウンと言って偽っていたとしても、中身はアナスタシア本人だ。 君が日本で匿われていた、そしてそれを計画したのが私とリャウレン、デイビッド家の息子娘だと知れてしまっている。

 聖騎士の肩書きを持っているとはいえ、アナスタシアがどんな行動に移るか……。 魔力が安定したという事はデメリットも多い。 今の状態でアナスタシアに捕まりでもすれば、また元の人形に元どおりだ」

「だからこそですよ、リオン様。 アナスタシアが動く前に奴を」

 ノックスの言葉にリュヌも強く頷いた。

「元よりそのつもりだ」

 リオンは口の中を潤すためにカップへ口をつける。 紅茶は既に冷めきっていたが、お構いなしに飲み干してしまう。 チラと外を見れば真っ青な空が広がっていた。 祭星が窓際によって、わあと楽しそうに声を上げた。 飛行機に乗るのは初めてらしい。 やはりよく笑い、よく泣くようになった。 良い傾向だとリオンは思い、目頭が熱くなるのを感じた。

 みてみて! と祭星がはしゃぎ、座っていた蓮の手を引いて窓際に並ぶ。 小さな島でも見つけたのか、それとも虹を見つけたのか。 祭星が指差しする方を一緒に見て、穏やかに微笑む蓮。

「……僕たちがエトワールを守ってあげられなくても」

 ノックスがゆっくりと、確かめるように言葉を零す。

「彼がきちんと、あの子を守ってあげるだろうと。 僕はそう思いますよ」

 目を細め、眩しそうに二人を見つめる。

今はまだ歳も力も幼くとも、きっと二人は乗り越えて行けるだろう。 この先の戦いに。

 まだ祭星には伝えていない、アルトストーリアの本当の力。 彼女の持つ本当の使命。 全てが明るみとなった時、あの子は本当の意味で絶望し、嘆き、この世を呪うだろうか。

それとも、隣の。 愛する事を恐れながらも、大切な人を守る事を選んだ未来の騎士と共に、全てを許すだろうか。

「……この先の話は、貴方からして頂かないといけませんよ。 クラウン」

 ノックスとリュヌだけには聞こえた、リオンの小さな囁き声。

 クラウンの望まぬして産み出された一人の少女。

 魔物の血と天使の血と、そして聖騎士の血を引き継ぐ少女の存在など。 それこそ天界と魔界が知らぬはずもないのだ。

 群青のクレアシオン。 遠からず来る未来で彼女はこの世界の誰よりも強い魔法使いへと成るはずだ、そしてその前に、魔界も天界もこの少女を奪わんと動くはずだ。

 だからこそ自分達は祭星に寄り添うのだ。


 何度この子の意志が折れかけ、絶望に呑み込まれようと。

 また星が、輝けるように──。 と。

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