035
「アディ。久しぶり。会いたかった」
「ローランド!待ってたわ。いらっしゃい。学院以来ね」
デシレー家に遊びに来たローランドをアデレイドは嬉しそうに出迎えた。学院で会ったものの、あまり長く話す時間はなかった。それにやはりこの屋敷かローランドの屋敷で会うほうがしっくりする。
兄たちから所用のため少しばかり帰省が遅くなるので、代わりにローランドを送るとの手紙が届いたのは夏休みに入る十日前だ。ローランドからの手紙も同封されていて、アデレイドに会うのを楽しみにしていると認められていた。兄たちが帰って来ないのは淋しいが、ローランドが三日も泊まれると聞いてアデレイドは楽しみで仕方がなかった。
ローランドはアデレイドに朝摘んだばかりの黄色やオレンジ色のバラやガーベラなどの花束を贈った。アデレイドは頬を綻ばせた。
「可愛い。ありがと、ローランド」
ローランドはにっこりと微笑んだ。アデレイドが気に入ってくれてよかったと内心ほっとしつつ、花を胸に微笑むアデレイドは可愛いなと見惚れながら。
ローランドはアデレイドの髪が銀色に戻っているのを見て嬉しくなった。
「あの時はアディが黒髪になっていたからびっくりしたよ」
「ローランド、すごく驚いてた」
アデレイドは思い出してくすりと笑った。ローランドはその笑顔に、学院の寮でアデレイドが自分に会いに来たのだと言葉ではなく目で告げたときのことを思い出してこそばゆい気持ちになった。
「アディは淋しがり屋だね」
「…う」
兄もローランドもいなくなって、寂しくて会いに行ってしまった。客観的に振り返ると大変子供っぽい。アデレイドの頬が赤く染まる。ローランドはアデレイドの頭を撫でた。
「いつでも来て。僕もいつもアディに会いたいと思ってるよ」
ふわりと胸が温かくなる。アデレイドはそっとローランドの金色の瞳を見つめた。ローランドだけが持つ特別な色。アデレイドはその温かい色が大好きだった。こくりと素直に頷く。実際にはいつでも会いに行ける距離ではないけれど、いつでも来ていいよと言われるとお守りのように心強い。寂しさも我慢できると思える。
アデレイドはにっこりと笑った。それからとっておきの情報を披露する。
「ハンモックが気持ちよかったからうちの庭にも作ったの!後で見てね」
「え、作ったの?アディ、すごく気に入ったんだね」
二人は仲良く話しながら中庭へと移動した。到着したばかりのローランドのためにガーデンテーブルにお茶の用意をしてあるのだ。
テーブルの側に控えていた青年にローランドは首を傾げた。初めて見る顔だ。アデレイドは仕方なさそうにローランドに青年を紹介した。
「彼はハロルド。…ええと、私の……」
「下僕です」
アデレイドが言いにくそうにしているとハロルドが真顔でずばっと言った。
「以後お見知りおきを」
ハロルドはローランドに対して丁寧に頭を下げると一歩下がった。
「……………」
下僕とは男の召使いのことを差し、変な意味はないはずだがローランドは何故か「犬です」と言っているように聞こえた。幻聴だろうか。
「いぬ…いや、げぼく?」
「うん…。まあ……。成り行きで…」
アデレイドは目を泳がせた。そして話題を変えようと、ローランドの手を引く。
「ローランド座って!お茶にしましょう。疲れたでしょ?」
ローランドは一先ずハロルドのことは置いておくことにした。
「小説…!?アディが?」
アデレイドが小説を発表したことを知ってローランドは目を見開いた。
「うん。これも成り行きみたいなものなのだけど」
アデレイドはローランドが学院へ行ってしまったあと、アマンダという家庭教師と出会い、先生の勧めで小説を書いたと説明した。事実とは少し異なるがきっかけになったことは本当だ。
「アマンダ先生には後で紹介するね。素敵な先生よ」
色々と驚きで言葉を失っていたローランドは紹介という単語で自分にもアデレイドに紹介したい人がいることを思い出した。
「そうだ、アディ。僕に従者が出来たんだ。明後日、迎えに来るからそのときに紹介するよ」
「従者?ローランドに?」
アデレイドは驚きと期待に瞳を輝かせた。
「まだ十二歳だから見習いだけど」
ローランドはジャレッドの生い立ちをざっとアデレイドに話した。
「そう…。家族を亡くしているのね」
それは辛いだろうとアデレイドは思った。
(でもローランドが主なら、きっとその子は幸せだと思う)
ローランドはとても優しいから。
「ローランドなら、その子のいい主になれると思うわ」
そう言うとローランドはふわっと微笑んだ。
「うん。そうだといいな」
それから二人はしばらくお茶を楽しんだ。
ゆっくりと紅茶のふくよかな香りと味を堪能したあと。
「……アディ」
ローランドは何かを躊躇うように視線を彷徨わせた。
アデレイドは瞬いた。ローランドが何かを言いあぐねるなんて珍しい。
「ローランド…?」
「……サイラスさまのこと、なんだけど…」
(え、ローランド、サイラスさまのこと知っているの?)
アデレイドは驚いたが直後に兄たちに聞いたのかなと思い至る。
「兄さまに聞いたの?この間、王都に行ったときにお世話になったの。アマンダ先生のお知り合いでね、小説の出版社を紹介して頂いたの」
ローランドは一瞬目を見開くと、慎重に訊ねた。
「…じゃあ、その時に知り合ったの?」
「そうよ」
アデレイドがしっかりと頷くと、ローランドはふっと肩の力を抜いた。
「…昔から知っているわけじゃなかったんだね」
その言葉にアデレイドはほんの少し目を泳がせた。何かを思い出して懐かしむような、どこか大人びた眼差し。それを見てローランドの胸はさざ波が立つように揺れた。
「……アディ?」
ローランドがアデレイドの名を呼ぶと、アデレイドははっと我に返ったように紫紺の瞳をローランドに向けた。パチパチと瞬くアデレイドはいつものアデレイドだった。
「なに?」
「……いや、なんでも…」
ローランドはアデレイドの邪気のない笑顔に、それ以上聞くことを躊躇した。アデレイドは僅かに首を傾げてローランドを見つめていたが、ローランドが何も言わないので話題を変えることにした。
「ローランド、お茶はもういい?ハンモックを見に行こう!」
そう言って立ち上がるとローランドの腕を引っ張る。キラキラと瞳を輝かせているアデレイドに、気持ちが沈みそうになっていたローランドも思わず笑みを浮かべていた。
「…うん」
ローランドは誘われるままに立ち上がり、アデレイドに手を引かれて後に続いた。
アデレイドはどこか浮かない表情だったローランドが微笑んでくれたことに内心ほっとしていた。
(どうしたんだろ…。学院で何かあったのかな)
繋いでいた手にぎゅっと力を込めると、ローランドもぎゅっと握り返してくれた。それだけでアデレイドは気持ちが軽くなってにこりと笑うと、ローランドもつられたようにふわっと笑った。
(よかった。きっとハンモックを見ればローランドはもっと元気になると思う)
アデレイドは心持ち早足になって庭の奥へとローランドを引っ張って行った。




