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26 罪を負う者

「本日はお集まりいただきありがとうございます」


 凛とした美しい声が水晶の間に響く。

 大臣達は、八年ぶりに王城に帰還し、美しく成長した王女ローズマリーを見る。

 しかし、国の未来を憂う大臣達は民衆のように王族が戻ったことを素直に喜べないでいた。

 その前に解決すべき問題があったからだ。


「……姫様、コラート侯爵が来ていないようですが?」


 一人の大臣が口を開く。一つ空席があることに、この場にいる誰もが気付いていた。


「コラート侯爵は今療養中です。そして、今後会議に出席することはないでしょう」


 その一言に、大臣達はざわつく。


「それは一体どういう……王女殿下、もしやあの噂は本当なのですか……?」


 次期国王とも言われていたコラート侯爵。

 その彼がもう会議に参加しないということは、大臣を辞めるということだ。

 そして、その理由に大臣達は思い当たることがあった。


「皆さんがどういう噂を耳にしているのかは存じ上げませんが、これはコラート侯爵自身の意志です」


 王女は静かに大臣達を見回して言った。


「コラート侯爵が八年前の火事に関与していたということは本当ですか?」


「今回の騒動もコラート侯爵によるものだと……」


「それが本当だとしたら大罪ですぞ!」


「コラート侯爵の身柄はもちろん拘束しているのですよね?」


「それ相応の罰を……」


「黙りなさい!」


 王女がぴしゃりと言い放つ。その声には威圧感があり、大臣達はすぐに口をつぐんだ。


「八年前の火事も、今回の賊による騒動も、確かにコラート侯爵は関わっていました。しかし……皆さんもご存じかもしれませんがその全てには邪石が関わっており、コラート侯爵の持っていた邪石には百年前の怨念が残っていました。コラート侯爵もいわば被害者なのです」


 暗に、王女はコラート侯爵には何の罰も与えないと言っている。

 それに納得できるはずがない。

 やはり、いくら守護の力があるといっても、まだ若い少女に国王としての決断などできないのだ。

 大臣達は溜息を漏らす。


「……王女殿下は甘すぎます」


 今まで黙って聞いていたサーペンティン大公が口を開く。


「たとえそうだとしても、コラート侯爵に何の罪もないとは言い切れないでしょう。亡霊によって国が脅威にさらされたなど、他の国にでも知られればサーレット王国は他国になめられてしまうやもしれません」


 渋い顔でそう言ったサーペンティン大公を見て、大臣達がまた吠えはじめる。


「そうです!」


「亡霊などと誰も信じておりません!」


「コラート侯爵が嘘をついている可能性も十分にあります」


「やはり、まだお若い王女様では……」


 と、言いかけた大臣はすぐに口を閉じた。王女の後ろに控えていた〈守護者〉に睨まれたからだ。その鋭い眼光は、今にも大臣の心臓を止めかねない鋭さを持っていた。


「そうですね。でも、皆様の中にも邪石を受け取った方がいるはずです。そして、その闇の力に逆らえなかった方が。もう邪石は浄化されてその力を失っていますが、覚えていますよね?」


 コラート侯爵派とされる人物は一様に顔を青ざめた。

 邪石を売りさばいていたのは、闇の魔石商だけではない。コラート侯爵に脅されて邪石を受け取り、同じように操られていた者は多い。

 それに、邪石によって操られ、姫の守護者であるジェイドと一戦を交え、今も身体の節々が痛む者もいるのだ。その時のことを覚えていないとはいえ、自らも関わっていたことは、その覚えのない身体の痛みが証明していた。


「ですから、もしコラート侯爵に相応の罰を与えるのだとすれば、ここにいるほとんどの方を罰する必要がありますね」


 王女はそう言ってにっこり微笑む。

 しかしその声は冷たい響きを持って大臣達の耳に届いた。ただの優しいだけの少女だと思っていたのに、確かにこの少女は王となる資質を持っていたのだ。


 今、自分達の目の前にいる少女は王族としての責任と誇りを持ってここに立っている。


 コラート侯爵を断罪しようとすれば、芋づる式に自分にもその罪が降りかかる。

 例え自覚がなくても、だ。

 コラート侯爵は王族を殺し、国をも危険に晒した。

 しかし、それは邪石によって操られたからだ。彼は息子を人質にとられていたとも聞く。


「しかし、この国を脅かしたという罪は誰に問えばよいのですか? 誰にも何の罰もなしでは、あまりに亡くなった方が可哀想です……」


 今にも消え入りそうな声で、一人の大臣が口を開いた。

 コラート侯爵派ではない、この中ではまだ若いと言っていいリュート伯爵だ。

 彼が口にした言葉は、この場の誰もが思っていたことだった。誰に責任を取らせるのか。

 その言葉を受けて、王女は優雅な所作で立ち上がり、大臣達の顔を見回した。


「私は、王族の力が及ばなかったからだと感じています。ですから、もしコラート侯爵を罰するというのなら、私がその罪を受けましょう……」


 そう言った王女の優しい桃色の瞳には、強い覚悟が映っていた。


「そんな……」


「王女殿下のせいでは……!」


「……やっとお戻りになったのに」


 大臣達は、もう主君を失いたくなかった。

 それも、この国を邪石という闇から救ってくれた王女なら尚更だ。


「では、皆さんにお願いがあります。私と共に、この罪を背負ってください。そして、この罪を忘れずに、このサーレット王国で二度とこのようなことが起きないよう、見守っていて欲しいのです」


 自分にはその覚悟があるのだろうか。

 この場にいる誰もが自問した。

 そして、その覚悟をすでにしている強い王女を見て、大臣達は覚悟を決めたのだ。


「私はローズマリー様の導く未来を見てみたい。共に、その罪を背負いましょう」


 そう言ったのは、この大臣達の中でも最年長であるヴィアンドレ公爵だった。

 普段から強面の顔をしているこの老人が、少し柔らかな表情をしているように見えるのは、気のせいだろうか。

 ヴィアンドレ公爵の言葉に続いて、サーペンティン大公、そして他の大臣達も頷く。

 王女と共にこの罪を背負おうと。

 もう誰もコラート侯爵を責めようと口を開く者はいなかった。


「ありがとう。皆さんが八年間国を支えていてくれたから、私は戻ってくることができました。本当に、ありがとう。これからも、私に力を貸してください」

 にっこりと柔らかく王女は笑った。その笑顔にこの場の誰もが見惚れていた。

 そして、大臣達はこの美しい王女に忠誠を誓ったのだ。


「喜んでお仕えいたしましょう、我が国の美しい女王ローズマリー様に……」




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