25 未来への希望
バタバタ、という騒々しい足音が響く。そして、楽しそうな笑い声。
「みんな、はしゃぐのは分かるんだけど、もう少し静かにしてないと後で怖いおじちゃんに怒られるわよ」
「はぁい……ごめんなさい」
「いい子ね、リアーナ」
「私も。静かにする」
「ユイアも、偉いわね」
二人の少女に腰に抱きつかれ、ローズはじんわりと幸せをかみしめる。
あの後、ローズは三日間眠り続けた。
使い果たした魔力の温存と、無理を強いた身体を休めるのに、必要な休息だったのだろう。
深手を負っていたローズだったが、守護石の癒しの力で傷はすっかり塞がっていた。
しかし流した血は戻らないので、今もまだ貧血気味だ。
ローズが眠っている間、ジェイドたちによって様々な後処理が行われた。
ジェイドは王国軍を率いて国中に散らばっていた賊を捕縛し、邪石だった石も回収した。
パーカーは、コラート侯爵の屋敷の地下で行方不明者となっていた人々と使用人を発見、保護し、今はその人達の回復を待って話を聞いている。
そして、行方不明となっていた王女が帰還したという知らせはあっという間に広がり、今は国中がお祭り騒ぎだ。
王女が城に戻って乱れていた国が落ち着きを取り戻したので、アレクサンド王の再来だとも囁かれているとか。
八年間も国王不在だったこの国は今、ローズの即位式の準備で大忙しである。
「ローズみたいな不器用な奴がお姫様なんてな」
「ゾイったら、ローズがお姫様だと一緒にいられないから寂しいんでしょ!」
リアーナに咎められ、ゾイは顔を真っ赤にして否定する。
「あら、そうなの? ゾイ」
「ち、違うからな!……調子に乗るんじゃねぇぞ」
そう言いながら、耳まで真っ赤になっている。そんなゾイをリアーナやユイアがからかう。
ずっと子ども達のことが心配だったローズは、目が覚めて動けるようになるとすぐジェイドと共に教会へと向かった。
ローズがこの国の姫だったことを告げると、子ども達はとても驚いていた。
よかったら王宮に来て即位式に出て欲しい、と頼むと全員が大きく頷いてくれた。
ペイン神父は教会を離れることはできないと残っているが、即位式には必ず来てくれると言ってくれた。
ここは、ローズがかつて過ごしていた私室だ。
あの頃のまま、綺麗に保持されている。
ローズの瞳の色に合わせて作られたこの部屋は、淡いピンク色で統一されていた。椅子や壁紙、絨毯にいたるまで、あの頃のまま美しく整えられている。
壁に掲げられている肖像画の中では、七歳のローズが両親に挟まれて微笑んでいた。子ども達は、部屋にある調度品の数々や幼い頃のローズの肖像画を見てはしゃいでいたのだ。
見知った使用人も多く、皆ローズの帰還を喜んで迎えてくれた。ずっと待っていてくれたのだということが、この部屋を見るとよく分かる。
いつ姫が帰って来てもいいように、手入れしてくれていたのだ。八年間もずっと。
それが、ローズはとても嬉しかった。
「あれ、この絵本どうして真っ黒なの?」
ユイアの声に、はっとして振り返る。
その手に持っていた絵本は、八年前の火事の日――ローズの誕生日に母がくれた物だ。
まさかこの本が残っていたなんて……もう、あの火事ですべて燃え尽きたと思っていたのに。
「この絵本はね、私の誕生日にお母様にもらったものなの。そうだ、みんなで読みましょうか」
そう言うと、子ども達は目を輝かせる。教会にいた時も、よくこうして絵本を読んだりしたものだ。
部屋の中央に置かれている大きなソファで、ローズは子ども達に囲まれて絵本を読む。
少しふてくされていたゾイも、ちゃっかりソファに座って絵本を覗き込んでいる。それがなんだかおかしかったが、また彼が意地を張ってしまうといけないので、そのままローズは読み続けた。
この王国の絵本には、アレクサンド王と魔石がよく登場する。
大抵の物語が、悪い心を持つ人間を王が魔石の力によって倒すというものだ。偉大なる王アレクサンドのことをこの国の子ども達は絵本を通して知るのだ。
しかし、この絵本のストーリーは少し違っていた。悪い心を持つ者を倒すのではなく、魔石の力で癒し、良い心に変えるというものだった。
子ども達に読み聞かせながら、ローズは思い出す。孤独を嘆き、自ら孤独の闇に堕ちていった男のことを。
(私は、彼の孤独を癒すことができたのかしら……)
今、考えても答えは出ないだろう。
ジェイドの話によると、フェイルの魂が宿っていた邪石は粉々になって消えてしまったという。ライトは、精神面に強く邪石の影響が残ってしまった為かまだ目覚めない。
「ローズ、どうしたの?」
不安そうなユイアの目。黙って教会を出てから、子ども達は家族を失う恐怖を思い出してしまった。それは、ローズの責任だ。もう、この子達にこんな顔はさせたくない。
「この絵本に感動したのよ」
ユイアの頭を軽く撫でる。すると、ユイアは安心したように笑った。
コンコン……。
ノックの音がして入って来たのは、ジェイドだった。
「あ、ジェイドお兄ちゃんだぁ」
リアーナは、ジェイドの姿を見るとすぐに駆け寄った。彼はそんなリアーナに優しく笑いかけ、軽々と抱き上げる。ユイアもリアーナに続いてジェイドの方へ近づく。
ここ数日で、ジェイドはすっかり子ども達の心を掴んでいた。
「おい、リアーナやユイアは騙せても俺は騙されないからな!」
ゾイだけは、何故かジェイドに反抗的だった。
「そんなこと言ってもいいのか? みんなに会わせたい人がいるんだが……」
その言葉に、子ども達は不思議そうな顔をする。自分達に関係する人物が思い当たらないのだ。
「こちらへどうぞ」
彼はそう言って、後ろに隠れていた人物を招き入れた。
一番に動いたのは、ゾイだった。
「……母さんっ!」
ジェイドの脇を通り抜け、そこにいた年配の女性に迷わず飛びつく。その女性も涙を流しながらゾイを強く抱きしめていた。
ジェイドが扉を完全に開く。
そこから入ってきた人の姿を確認するなり、リアーナもユイアも泣きながら駆け寄った。
「おとぉさぁん、おかぁさぁん!」
数年ぶりの親子の再会。
子ども達と過ごし、その心の傷をローズは一番近くで見守っていた。ずっと、この光景を見たかった。
「……でも、どうして?」
リアーナが泣きながらローズを振り返る。
「あなた達の為に、お母さんもお父さんも必死に生きていたのよ」
ゾイ、ユイア、リアーナは賊に家族を殺された…………はずだった。
しかし、実際には殺されたのではなく連れ去られていたのだ。
子ども達には、血まみれで倒れた親が気絶しているのか死んでいるのかなど分かるはずもなかった。
それに、賊に連れて行かれたのなら、もう生きている訳がない、と子ども達は周りの大人たちから聞かされていた。そして、子ども達はペイン神父に引き取られた。
賊に連れ去られた人々は、コラート家の屋敷の地下室で監禁されていた。
邪石の為の生贄として血を流し、邪石の効果を試す為の実験台にされ、自分が生きているのか死んでいるのか分からないような苦痛を味わわされていた。
何故、百年前には人を殺してまで邪石を作っていたのに今回は生かしていたのだろうか。
邪石を作る為には、多くの犠牲が必要だったはずだ。
しかし、百年前の時のように邪石作りの為の生贄として命を奪える状況ではなかった。もちろん自分で人を集めることもできなければ、操ることすら力が不十分でできなかった。そんな中でコラート侯爵を息子の身体を盾に脅し、賊を雇った。
八年前の火事で作られた邪石によって賊やコラート侯爵を邪石で操ることができるようになっても、この国の守護石を弱めることはできなかった。そこで、邪石を大量に作り、国中に広めるという作戦をとったのだろう。
しかし、行方不明者が出て王国軍が賊を捕縛する為に動き始めたことで、賊の動きは制限され始めた。だから、捕えた者を殺さずに拷問によって血を流させた。苦しみや憎しみ、深い絶望による血でも魔石を穢し邪石を作り出すことができたからだ。
その為に、囚われた者達は生きながらの地獄を味わった。
そんな中でも、彼らは諦めていなかった。
残してきた家族のことを思い、必死で生きていた。拷問に耐えきれず、自殺した者や、その場で死んだ者もいたという。そんな地獄の底でも、家族に会う為に希望を捨てていなかった。
そしてあの日、コラート家に王国軍が攻め入り、パーカーが偶然にも地下室で恐怖に震えている彼らを保護した。保護されても、心身にかなりの傷を負っていた為、すぐに普通の状態には戻れなかった。ローズはその話を聞いてすぐに彼らの保護されている病院へと向かった。
ローズの力で癒せるかもしれないと思ったからだ。
深い心の傷を負った彼らの心の支えになれれば、と毎日のように病院に行き、祈っていた。そうしているうちに、心を閉ざしていた人達が、徐々に明るい表情を見せてくれるようになった。
そうして話せるようになった時、偶然にも子ども達の家族を見つけたのだ。
「もう、お身体は大丈夫ですか?」
子ども達が少し落ち着いてから、ローズは声をかける。
顔色はとてもいい。愛する家族にようやく会えたからだろう。皆が幸せそうな表情を浮かべている。
「えぇ。姫様のおかげです。それに、子どもの顔を見たら痛みなんて吹っ飛びましたよ」
そう言って微笑んだのは、ゾイの母親だった。泣き腫らした赤い目で母を見るゾイは、少し照れくさそうにローズを見た。
「ローズ、ありがとな。さっき母さんから聞いた。毎日看病してくれてたって……」
「こら、ゾイ! 姫様になんて口の聞き方してるんだい!」
「いいんですよ、お母さん。お礼を言うのはこちらの方ですから」
ゾイを叱る母親に、ローズは微笑んだ。
いつも子ども達の笑顔に、その存在に救われていた。ローズが笑っていられたのは子ども達のおかげだ。
「皆さんのお部屋の準備をしておりますので、即位式までゆっくり過ごしてくださいね」
その言葉で、部屋に控えていた使用人達が案内の為に動いた。
即位式はもう明日だ。
ローズは明日、女王になる。
お飾りだけの女王にならない為にも、まずはあの面倒な大臣達を黙らせなければ、とローズはジェイドと共に水晶の間へと向かった。




