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地理特定令嬢フェリシアは明かしたい 〜景色から真実を暴いてみせますわ〜  作者: 百松あおい


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2-1 友人の婚約者

無事にキルシュブルーム家に引っ越してきたエーリヒは、正式な騎士団長としての勤務に就く前の、しばしの休暇を楽しんでいた。


今日は王都の酒場で、警備隊時代の同僚である友人クロードと杯を交わしている。


「僕の婚約者のフェリシアは……とんでもない地理知識の持ち主だったんだ」


エーリヒはこの前、フェリシアと共に旅したフロイデバーグとヴァルトゼーヘンでの出来事を語った。母の秘密に触れないよう配慮しつつも、彼女の凄さを称えるというよりは、自分が振り回された気苦労を吐き出すような口調になってしまう。


「景色を見ただけで場所が分かってしまうなんて、すごいな 」


クロードは純粋に感心した様子で頷くと、思い立ったように革鞄から一枚の絵葉書を取り出し、テーブルの上に滑らせた。そこには、大河に架かる美しくも重厚な橋と、褐色の屋根が連なる街並み、そして高台に佇む古城が描かれている。


「君の婚約者、フェリシア嬢のその能力を見込んで、頼みたいことがあるんだ。この絵葉書の場所を探してくれないか? 実は……婚約者のアデライトが最近よく外出していてね。手紙と一緒に、この絵葉書を愛おしそうに眺めていたんだ。きっと、ここへ行っているんじゃないかと思う」


「ええ? そんなの、直接本人に尋ねてみればいいじゃないか」


「聞いたさ……。でも、うまくはぐらかされてしまってね。もしかして、僕に言えないようなやましいことでもあるんじゃないかと……胸騒ぎがして、こそっと調べることにしたんだ」

肩を落とし、今にも泣き出しそうな顔で小さくなるクロードの落ち込みぶりに、エーリヒは眉をひそめつつも、深々とため息をついた。


「……はあ、分かったよ。一応フェリシアに聞いてみるよ」と、エーリヒは絵葉書を引き取った。



「――というわけなんだけど、この場所がどこか分かるかい?」


帰宅後、エーリヒは陽の差し込むテラスでお茶を楽しんでいたフェリシアに、クロードから受け取った絵葉書を差し出した。フェリシアはちらりと一瞥をくれただけで、ぷいっと露骨にそっぽを向き、優雅に紅茶を啜り続けた。


「えっ……フェリシアでも分からないのか?」


うろたえながら覗き込むエーリヒに、フェリシアは心底呆れたような、怒りを孕んだ視線を向けた。


「逆ですわ!! 簡単すぎてお話になりませんの! そこは王都から馬車で南へ一時間ほどの場所にある、ハイデルシュタットですわ! この特徴的なネッカー川とハイデル城を見落とすはずがありませんわ!超がつくほどの有名観光地ですのよ!」


「そ、そうなんだ……。一緒に行ってはくれないか?」

おそるおそる頼み込むエーリヒに対し、フェリシアは「どうぞお一人で」と言わんばかりの冷ややかな態度を崩さない。


「ごめん、そんな人気観光地なんて知らなかった…僕もクロードも警備隊の仕事でずっと王都に詰めっきりだったから、他の町に詳しくなくて……」


見知らぬ街で一人で行かされる心細さに、捨てられた子犬のように肩をすくめるエーリヒ。


そのとき、タイミング悪くキルシュブルーム子爵がテラスへ姿を現した。


「おやフェリシア、これからエーリヒとハイデルシュタットへ向かうのかね?」


父の言葉を聞いた瞬間、フェリシアの顔が(げぇっ……)と分かりやすく歪んだ。父がわざわざ自分のもとへ来るときは、十中八九お願い事があるときなのだ。


「……お父様、何かご用ですの?」


「実はね、ハイデルシュタットの高級ホテル『カイザークローネ』に上客から、注文の品を届けてほしいと頼まれてね。ついでに届けてはくれないかい? 最近、ご贔屓にしている貴族たちの屋敷から相次いで宝石が消える事件が起きていてね。不気味だからホテルの金庫で厳重に管理したいそうなのだよ」


子爵はそれだけ一方的に言い残すと、ずっしりと重い小箱をテーブルに置き、風のように去っていった。


(もう…っ!今回はお願い事ばかりですわ…!!)

心の中で地団駄を踏み、深々とため息をついたフェリシア。


「…………ハイデルシュタットには、絶品のクレープを出す有名なカフェがありますの。そちらに行きたいですわ」

フェリシアがぽつりと提案すると、エーリヒの表情が一瞬でぱっと明るくなった。



王都からハイデルシュタットへと続く街道は、のどかな牧草地の間を抜け、小さな街や家々がぽつぽつと点在していた。


フェリシアは慣れた手つきで、ハイデルシュタットのネッカー川に架かる中央橋を目指すよう御者に指示を出した。


馬車が山あいを抜け、目の前の視界が一気に開けたとき――その絶景は突如として姿を現した。


「――絵葉書の通りだ……!」


エーリヒは手元の絵葉書と交互に見比べながら、思わず息を呑んだ。陽光を浴びてキラキラと輝くネッカー川、重厚な石橋、そして高台から街を見下ろす壮麗なハイデル城。絵葉書の何倍も鮮やかで立体的な光景に、エーリヒは深く感動していた。


「この洗練された景観こそが、ハイデルシュタットが王国の人気観光地と称される所以ですわ」


フェリシアもまた、車窓からの景色に満足気な笑みを浮かべていた。

二人は馬車に乗ったまま石橋を渡り、古風な街並みが広がる市街地へと入っていく。


「まずはお父様からのお使いを片付けてしまいましょう」


ハイデルシュタットの中でもひときわ気品のある佇まいを見せる最高級ホテル『カイザークローネ』の前に馬車を停め、二人は重厚なエントランスをくぐった。


「キルシュブルーム家から参りました。お客様よりお預かりした宝石の納品です。支配人はいらっしゃいますかしら?」

フェリシアがフロントへ優雅に告げると、奥から洗練された物腰の男性が現れた。


「お待ちしておりました、キルシュブルーム様。どうぞこちらへ」


男性に案内され、二人はホテルの地下へと続く階段を下りていった。


ひんやりとした冷気が漂う地下室には、物資倉庫や巨大なワインセラーが続いていた。 通り抜けざま、フェリシアは歩調を緩めることなく、セラーに並ぶボトルのラベルへとサッと視線を滑らせる。 どのボトルのラベルにも、豊かな『ネッカー川と葡萄』をあしらった印象的な紋章と、ハイデルシュタット近郊の銘醸地を示す特別な刻印が施されていた。


(まあ、ハイデルシュタット近郊産の最高級ヴィンテージ……。さすが最高級ホテル、素晴らしい品揃えですわね)


視線だけでその意匠を確かめると、フェリシアは特に足を止めることもなく、何事もなかったかのように通り過ぎた。


「以前はご滞在者様の貴重品預かりのみで使われておりましたが、最近は治安の悪化を心配された貴族の方々が、外部から貴重品を持ち込まれて保管する場所にもなっております」


支配人はそう説明しながら金庫室の分厚い扉を開けた。フェリシアが父から託された宝石の箱を納品すると、支配人は手際よく鍵をかけた。


「父も同じことを申しておりましたわ。お得意様の屋敷から貴金属が消えているとか……犯人はもう捕まりましたの?」


フェリシアが尋ねると、支配人は言葉を濁すように残念そうに首を振った。


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