76_真実って何? 夏コミ新刊を書きながら考えていたこと。
夏コミにプリキュアの二次創作本を出します。二次創作の話なので内容をあまり詳細には語りませんが、コンセプトは『歴史ミステリー』です。とある村の伝説を文化財と郷土地理から紐解いていくお話になっています。なお私はブラタモリが好きです。そういうことです。
さて、歴史ミステリーをコンセプトに据えたのは、推理物における「真実」とはなんだろう?という疑問からです。
推理物における「真実」とはおおむね「実際に起きていた事実」であり、犯人にとって不都合で隠したかった物のことでしょう。真実が不都合である人間がその真実を嘘で覆い隠す。探偵役がそれを暴く……というのが推理ものの基本フォーマットになっています。
では、「起きた事実」を確定できない場合は果たしてどうなるのでしょうか? 世界のどこにも事実を知る誰かがいない場合は? 今回歴史ミステリーという状況設定にしたのはそこを問いたかったからです。タイムマシンが存在しない以上、過去の真実を本当の意味で知ることは誰にもできません。あらゆる仮説は仮説の域を出ることがありません。
だとすると、真実を追うことは無意味になってしまうのでしょうか?
否。そんなことはないはずです。
歴史に対して仮説を立てるとき、100パーセントの検証ができなくとも『確らしさ』を高めていくことはできるはず。徳川家康の実在性を400年前にさかのぼって確かめることはできなくとも、しかし「ほぼ間違いなくいたはずだ(いなければ説明がつかない証拠が多すぎる)」と言うことはできるでしょう。
私たちはつねに、そのような「さしあたっての答え」を握って生きているではありませんか。
確らしさを高める努力をした上で、導き出した「さしあたっての答え」を信じる。それが私の歴史認識であり、ひいては「真実」と言うもの全般に対する考え方です。
たとえ真実が神のみぞ知るものであったとしても、その真実に挑み、不完全かもしれない答えで私たちは生きる。そんな存在でありたい。あってほしい。
そんな願いをこめた夏コミ新刊『プリ墓村』はコミックマーケット108土曜日 南L-12bにて頒布予定!




