36_『幼年期の終わり』を見て『ロリの惑星』を書いたんです。
ご存知、SF史に残る傑作小説『幼年期の終わり』。
大学生のときにはじめて読んだのですが、これにいたく感化されてしまいまして──
だから書いたんです。
『ロリの惑星』を。
『幼年期の終わり』について。言わずと知れた超有名SF小説ですね。ファーストコンタクトものであり、そして壮大な終末ものでもある。とはいえ一般の知名度としてはどれほどなのでしょう。1953年の小説ですから、当時15歳だった方は今年(2026年)で88歳になっている計算です。米寿ですね。おめでとうございます。
今読んでも新しい……というわけでもないですね。『幼年期の終わり』はゾルトラークみたいなもので、あまりにも有名すぎてさまざまな後続作品に多大な影響を与えていますから……。例えば作中に出てくる上位存在『オーバーロード』。この名前もだいぶサブカル作品で見かけたことがあります。
さて、『幼年期の終わり』のネタバレなのですが(ネタバレ注意! 言う意味はない気がするけど)
ようするに、この小説は『人類の進化』を壮大なスケールで描いている作品なのです。人類がつ次のステージに移った時、もはやその新人類にとって地球も旧人類(今の私たち)も必要ではなくなってしまう。『幼年期の終わり』とは、壮大だけどどこか悲しい作品なのです。
私は思いました。
私もこれが書きたいなと。
そこから出発した作品がそう、10年前に私がなろうで連載した『ロリの惑星』です(なんだったら、一番最初に投稿した短編小説『守護幼女』も、『幼年期の終わり』のプロトタイプ『守護天使』をパロディした作品ですね。名前とかまんまでしょう)。
『ロリの惑星』とは。
極めて端的に言うなら、人類がロリ化していく終末小説です。この作品の中での「ロリ」はいわゆる超越存在の類でして、既存の物理現象や倫理に一切制約されない人類の上位種です(というか生命体ですらない、ロリの見た目をした何か です)。
『幼年期の終わり』における「オーバーマインド」と思っていただければ。描写をギャグに振っているだけでやってることはまんま同じです。
で、『ロリの惑星』っていうのは、『幼年期の終わり』におけるオーバーロードと旧人類が「地球にとりのこされてしまった」ことに感情移入しながら書いた作品なんです。オーバーロードっていうのは、ロリの惑星でいうアンドロイド達のことです。旧人類が主人公。
彼女達は、決定的に取り残されてしまうんです。人類が進化して人類であることをやめてしまった世界に。それはもう「終末世界」なんですよ。どんなに牧歌的で、ロリ化というばかばかしい現象であっても、残される人間にとっては世界の終わりに他ならないわけなんです。
その終わっていく世界の中で、じゃあ終わっていく存在は何のために余生を生きればいいんだろう?という問いと格闘しながら連載していました。これがかなり悩んでしまって、それでエタりそうになったりもしましたが、最終的になんとか完走しました。オチについては、まあこれはできれば読んでほしいところではありますが……ただ一言で言うなら、ニーチェ的な着地をしてます。世界の終わりに立ち向かえるとしたら、今この瞬間の肯定ぐらいしかないなと思ったわけです。それが『ロリの惑星』が最後に手を伸ばした希望ってわけです。
まじめに書いたんです。ほんとに。タイトルに騙されているんです。騙すつもりで書いたことは認めるけど……。




