第壱話 伍
「雪村さん!」
花里君の声に導かれるように、私は目を開いた。
心配そうに、私の顔を覗きこむ月島君と花里君。
「あれ? 私……」
どうしたんだろう。夢でも見てたのかな。
「大丈夫か? 貧血にでもなったか?」
「もしかして私、倒れてた?」
「『ガタンッ』って音がしたんだ。来てみたら、雪村さんが倒れてた」
そっか。倒れてたんだ。
とりあえず、起き上がろう。
よいしょっと。
「大丈夫? 無理しないで」
「急に立ち上がると、また大変だぞ」
「大丈夫。心配しないで」
そうだ。二人に伝えなきゃ。
「根付けの在処が、わかったよ」
私のお願いで、篠霧を呼んでもらった。
『それで、根付けはどこなのだ』
「私についてきて。そこにあるの」
ゴミの山を越え、お茶の間から離れた小さな部屋へ。
そこには、夢で見た桐だんすが置いてある。
「ここの一番下の段に、あるはずだよ」
篠霧を桐だんすの前につれていき、一番下の段を開けてもらう。
しかし、中は空っぽ。
『何も無いではないか』
「よく見て、篠霧。ここにあるでしょ?」
指を差して、在処を教える。
『これは……』
根付けを手にした篠霧。
涙が込み上げてきているみたい。
『よかった。やっと、見つけた』
その声は、震えていた。
「私、あなたと女性が話しているところを見たの。夢で。話してもらえないかな?」
『よかろう。根付けを探してもらった礼だ』
***
わたしが桜子に出会ったのは、桜子が幼い頃だった。
人間の時間で言うと、百年前のこと。
岡ノ原の高台に、大富豪の一家が住んでいてな。
桜子は、その一家の娘で、とても病弱。
それと、神格の妖を、見ることができる娘でもあったのだ。
高台の片隅にある、小さな祠に住むわたしは、何もするとこがない日々を過ごしていた。
退屈で退屈で。
そんなある日、桜子がわたしに話しかけてきた。
「今日は、とても良いお天気ですね」と。
わたしは、人間に話しかけられたことがなくてな。
嬉しくてつい、「こんな天気の日には、散歩にでも行きたくなるものだ」と、返した。
これが、桜子との最初の会話。
それから毎日、会って話すようになった。
毎日会っているのに、私は、貴方のお名前を知らないままだわ。
わたしか?わたしの名は、篠霧。
信じたくないだろうが、岡ノ原の土地神をしている。
あら、貴方は人間ではなかったのね。
それなら私は、神様とお話ししているの?
神様と呼べるような、神ではない。
そなたの名を教えてはもらえぬか?
私の名前は、桜子よ。
近くの家に住んでいるの。
桜子……。
良い名だ。
ありがとう。
貴方だって、良いお名前よ。
初めてだな。
人間と話したのも、名を誉められたことも。
私も初めてなの。
病弱で、ずっと家の中にいて。
家族と、メイドたちとしか、話したことがないのよ。
友人もいなくて……。
わたしも、友人と呼べる者はいない。
似た者同士なのだな。
わたしたちは。
そうね。
ねぇ、友達になりましょ。
ここに貴方がいる限り、私が近くの家に住み続ける限り、私たちは会えるわ。
ずっと、ずーっと。
友人ができるのは、悪くない。
しかしな、人間と妖の時間は違いすぎる。
それでも良いわ。
私は貴方と友達になりたいんだもの。
初めての友人は、篠霧、貴方が良いのよ。




