Ep2.『家庭教師、始めました。』
第2話を読んでいただきありがとうございます!
今回から、瑆と灯乃の勉強会がスタートしました。
少しずつ見えてくる二人の意外な一面も、楽しんでいただけたら嬉しいです!
放課後。俺は教室の自分の席で、数学の教科書を開いていた。
今日から甘城灯乃の家庭教師をすることになった。正直、気が進まない。俺は誰かと一緒に勉強するより、一人で静かに本を読んでいる方が好きなのだ。
……とはいえ、図書室の特等席を守るためだ。ここは我慢するしかない。
「瑆くーん!」
教室の入口から、聞き慣れた声が飛んできた。
「声が大きい」
「えっ、聞こえなかった?」
「聞こえすぎるくらい聞こえた」
「あはは、ごめんごめん!」
甘城は俺の向かいの席に座ると、鞄から数学のプリントを取り出した。
「それじゃ、今日からよろしくお願いします!」
「こちらこそ。まずはプリントを見せてくれ」
「はい、先生!」
「先生じゃない」
「じゃあ、瑆先生?」
「名前を足しても先生にはならない」
甘城は楽しそうに笑った。どうやら、今日も調子はよさそうだ。
「で、どこが分からないんだ?」
「えっとね……ここからここまで!」
「ほぼ全部じゃないか」
「うん!」
「元気よく答えることじゃない」
プリントを確認すると、どうやら計算の基本から少しつまずいているらしい。難しい問題に進む前に、まずは前の範囲を確認した方がよさそうだ。
「じゃあ、この問題をやってみてくれ」
「はーい!」
甘城はシャープペンを握り、問題を見つめた。しばらくして、手が止まる。
「……瑆くん」
「何だ?」
「これ、数字が多くない?」
「数学だからな」
「もっとこう、優しくしてほしい」
「数字に頼んでくれ」
甘城は小さく頬を膨らませた。
「瑆くんって、意外と意地悪だよね」
「意外と、は余計だ」
そんなやり取りをしながら、俺は一つずつ解き方を説明した。甘城は最初こそ首を傾げていたが、何度か例題を解くうちに、少しずつ手が動くようになってきた。
「ここはこうして……あれ?」
「惜しいな、そこは符号が逆だ」
「あっ、ほんとだ!」
「落ち着いて計算をすれば大丈夫だ」
「うーん、数学って落ち着きが必要なんだね」
「少なくとも勢いだけでは解けないな」
「ゲームなら勢いでなんとかなるのに」
「数学とゲームを同じにするな」
その言葉に、甘城は声を上げて笑った。
しばらくして、甘城が机に突っ伏した。
「つかれたぁ……」
「まだ三十分しか経ってないぞ。」
「三十分もだよ!」
「大げさな」
「瑆くんは疲れないの?」
「まぁ、慣れてるからな」
「すごいね。私は、もう頭がいっぱい」
「じゃあ、少し休憩にするか」
「やった!」
甘城は顔を上げると、机の上に置いていた飲み物を手に取った。
「瑆くんって、休み時間はいつも何してるの?」
「本を読んでる」
「どんな本?」
「えっとその、ミステリー……とか」
「へえ! 探偵みたい!」
「ただ読んでるだけだ」
「犯人とか当てられる?」
「作品によるな」
「じゃあ、今度おすすめ教えてよ!」
「……気が向いたらな」
「それ、絶対教えてくれないやつじゃん!」
甘城は笑いながら、また飲み物に口をつけた。
「でも、瑆くんって話してみると、結構面白いね」
「それはどうも」
「もっと怖い人かと思ってた」
「どういう意味だ」
「だって、いつも一人で本読んでるし、話しかけづらいんだもん」
「話しかける必要がないだけだ!」
「うわ、言い切った!」
……やっぱり、この時間は少し騒がしい。
けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「さて、そろそろ再開するぞ」
「はーい。今度こそ満点取る!」
「一問目から満点を目指すのか」
「目標は大きく!」
「まずは目の前の問題を解いてくれ」
甘城は「はーい」と返事をして、ノートに向き直った。
今度は途中で手が止まることもなく、最後まで答えを書ききった。
「……できた!」
「見せてみろ」
ノートを確認する。計算の途中に少し危なっかしい部分はあったが、答えは合っていた。
「正解だ」
「ほんと!? やったー!」
甘城は椅子から少し身を乗り出した。さっきまでの疲れはどこへ行ったのか、顔いっぱいに笑顔が広がっている。
「瑆くん、ありがとう!」
「自分で解いたんだから、甘城の成果だろ」
「でも、教えてくれたのは瑆くんだよ」
「……まあ、そうだな」
素直にお礼を言われると、どう返せばいいのか分からなくなる。
俺はごまかすように、次の問題を指さした。
「ほら、まだ時間はあるぞ」
「えー! もうちょっと褒めてくれてもいいのに」
「正解したことは褒めただろ」
「もう一回!」
「調子に乗るな」
甘城は笑いながら、再びノートに向かった。
それから少しして、今日の勉強は終わった。
「今日はありがとう!明日もよろしくね、瑆くん!」
「ああ。宿題も忘れるなよ」
「えっ、宿題あるの!?」
「今言った」
「聞いてないよー!」
「今言った」
「二回も言わなくていいよ!もう!」
帰り支度をする甘城を見ていると、ふと彼女の手が止まった。
窓の外を眺める横顔。さっきまでの笑顔が消えて、少しだけ静かな表情になっていた。
「甘城?」
「……あっ、ごめん!何?」
振り返った彼女は、もういつもの笑顔だった。
「いや、何でもない」
「そっか! じゃあ、また明日ね!」
甘城は手を振って教室を出ていった。
俺は机の上に残ったプリントを片付ける。
家庭教師初日。思っていたより騒がしくて、思っていたより疲れた。
けど、甘城は明日も来るらしい。
……まあ、宿題を忘れないなら、俺はそれでいい
そう自分に言い聞かせながら、俺は教室を後にした。
今回は、瑆と灯乃の何気ない会話を中心に描いてみました。
いつも明るい灯乃ですが、ふとした瞬間に見せる表情には、まだ秘密がありそうです。
次回も二人の日常をお楽しみに!




