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不遇スキル「物流管理」で始める異世界スローライフ〜追放された元社畜は、最強の交易王になる〜  作者: Y.M


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第6話 王都はだいたい、現場を知らない人間ほど偉そうにしている

 翌朝、ロンドベルの空は、雲ひとつない見事な晴天だった。


 旅立ちには申し分ない天気だ。だが、健の気分はまるで晴れていなかった。宿屋『跳ね馬の亭』の前で荷物を抱えながら、彼は目の前に停まった豪奢な馬車を見上げて、心の中でため息をつく。


「……本当に来たな、王家の馬車」


 黒塗りの車体に金の装飾。扉には王家の紋章。前後には騎乗した護衛が控え、いかにも「重要人物を運びます」という威圧感を放っている。町の人々が遠巻きに眺めているのも無理はない。


 その横には、レヴィ大商会が用意した護衛用の馬車も停まっていた。こちらは実用重視の頑丈な造りだが、商会の紋章がしっかり刻まれている。エレノアの仕事の早さには感心するしかない。


「ケン顧問!」


 振り向くと、ミラが小走りでやってきた。旅装に身を包み、いつもの受付嬢の制服ではなく、動きやすい茶色の上着とロングスカート姿だ。肩には小さな鞄を提げている。


「おはようございます」 「おはようございます。ちゃんと寝られました?」 「半分くらいは」 「それ、寝られてない人の言い方です」 「最近、みんな厳しくないですか?」


 ミラはくすっと笑ったが、その表情には少し緊張も混じっていた。無理もない。地方町のギルド受付嬢が、いきなり王都行きである。普通に考えて胃が痛い。


 そこへ、ガルガとエレノアも姿を見せた。


「おう、時間通りだな」 「おはようございます、ケン様、ミラさん」


 ガルガはいつものように豪快だが、今日はどこか真剣な顔つきだった。エレノアもまた、完璧に整った身なりのまま、いつも以上に隙のない雰囲気をまとっている。


「紹介状と関係書類は、こちらにまとめてありますわ」


 エレノアが革の書類筒を差し出す。


「宰相府宛、王都中央市場監督局宛、商会王都支店宛、それぞれ分けてあります。勝手に全部見せず、必要な相手に必要なものだけ渡してください」 「了解です」 「あと、こちらは監督局向けの運用規程草案の写し。向こうが何か言ってきた時のために、内容は頭に入れておいてください」 「はい」


 健が受け取ると、ガルガが腕を組んだまま低い声で言った。


「ケン。向こうで何を言われても、無理に全部背負うな」 「……はい」 「お前は便利屋じゃねえ。ロンドベルギルドの顧問だ。必要なら『持ち帰って検討します』で逃げろ」 「それ、すごく大事ですね」 「大事ですわ」


 エレノアも即座に同意した。


「王都の人間は、返事を急がせて既成事実を作るのが得意です。曖昧な同意は、向こうでは契約成立と同義だと思ってください」 「怖いなあ」 「事実ですもの」


 健は真顔でうなずいた。前世でも似たようなことはあった。「とりあえず前向きに検討します」が、なぜか「やると言った」に変換されるやつだ。異世界でも人間のやることは変わらないらしい。


 ミラもこくこくとうなずいている。たぶん半分くらいは分かっていないが、「王都は怖い」という点だけはしっかり伝わっているようだった。


「では、そろそろ出発ですわ」


 エレノアの言葉に合わせ、王家の護衛が一礼する。


「ケン・サトウ殿、ミラ殿。ご乗車を」


 健は最後にロンドベルの町並みを振り返った。石畳の通り、朝の市場、見慣れたギルドの建物。つい数日前まで、自分はこの町で静かに倉庫整理をしていればよかったはずなのに、どうしてこうなったのか。


(いや、原因はだいたい自分の仕事が早すぎたせいか)


 少しだけ反省しつつ、健は馬車へ乗り込んだ。


 王家の馬車の中は、見た目に違わず快適だった。


 座席は柔らかく、揺れも少ない。窓には薄い布のカーテンがかかり、簡易テーブルまで備え付けられている。前世の出張で乗った新幹線のグリーン車を思い出すレベルだ。


「すごい……」


 ミラが目を丸くしてきょろきょろしている。


「王家の馬車って、こんなに立派なんですね……」 「まあ、王家ですし」 「私、こんなふかふかの座席、初めてです」 「分かります。俺もです」


 二人で妙に庶民的な感想を言い合っていると、馬車がゆっくりと動き出した。


 窓の外で、ガルガが大きく手を振る。エレノアは優雅に一礼した。ミラも慌てて手を振り返し、健は軽く頭を下げる。


 こうして、ロンドベルを出発した。


 しばらくは、町を離れていく景色を眺めていた。石造りの家々が減り、畑が広がり、やがて街道沿いの森と草原が続く。空は高く、風は穏やかだ。旅そのものは悪くない。行き先が王都でなければ、もっと気楽に楽しめただろう。


「ケン顧問」


 ミラが少し声を潜めた。


「王都では、最初に何をするんですか?」 「まずは商会の王都支店に入って、状況確認ですね。その後、宰相府からの呼び出しに応じる流れになると思います」 「いきなり王様に会うわけじゃないんですね」 「たぶん、いきなりはないです」 「たぶん」 「そこは俺も断言できません」


 ミラは少し青ざめた。


「だ、大丈夫でしょうか……」 「大丈夫じゃない可能性はあります」 「安心させる気あります?」 「でも、変に楽観視するよりはいいでしょう」 「それはそうですけど……」


 健は苦笑した。


「まあ、まず整理しましょう」 「あ」 「王都側が欲しいのは、たぶん俺個人じゃなくて、俺の知識と技術です。なら、全部を見せずに、必要な範囲だけ出す。こちらの立場を守りながら、向こうの要求を見極める。それが基本方針です」 「……はい」 「ミラさんには、俺が変な流れで話を飲みそうになったら止めてもらいたいです」 「えっ、私がですか?」 「はい。『それはロンドベルに持ち帰って相談が必要です』って言ってもらえれば助かります」 「そ、そんな大役……!」 「でも、ミラさん、受付で無茶な冒険者を止めるの得意じゃないですか」 「それとこれとは違う気がします!」 「本質は同じですよ。勢いで突っ走る相手に、手続きを思い出させる仕事です」 「……言われてみれば、ちょっとだけ似てるかも」


 ミラは真剣に考え込み、やがて小さくうなずいた。


「分かりました。頑張ります」 「お願いします」


 そのやり取りだけで、少し空気が和らいだ。


 旅は順調だった。


 昼には街道沿いの宿場町で休憩を取り、簡単な食事を済ませる。王家の護衛たちは無駄口を叩かず、商会の護衛たちも手際よく周囲を警戒していた。かなり厳重な移動だ。健は改めて、自分が思っている以上に「重要人物扱い」されていることを実感した。


(ありがたくないなあ……)


 食後、再び馬車に揺られていると、健の脳内にシステム通知が浮かんだ。


『――ロジスティクス・マップ更新』 『――王都方面の物流密度が上昇』 『――異常在庫反応:中規模×3、大規模×1』 『――高位結界反応:複数』 『――注意:神性干渉領域との距離が縮小しています』


「……」


 健は無言で窓の外を見た。


「どうかされました?」 「いえ、ちょっと嫌な予感が増えただけです」 「増えたんですか!?」 「はい」 「減ることは?」 「今のところないですね」 「うう……」


 ミラが本気で不安そうな顔をするので、健は慌てて言い直した。


「でも、まだ何か起きたわけじゃないです。あくまで予感です」 「その予感、当たりそうなのが怖いんですけど……」 「俺もそう思います」


 正直だった。


 夕方近く、馬車は大きな街道の分岐を越えた。そこから先は、明らかに交通量が増えていく。商隊、旅人、巡礼者、兵士、貴族らしき馬車。王都へ向かう流れが一本の大河のように街道を埋めていた。


「すごい人ですね……」 「王都が近いんでしょうね」


 やがて、遠くの地平線に巨大な城壁が見えた。


 白い石で築かれた高い壁。その向こうに、いくつもの塔と尖塔が突き出している。夕日に照らされて、まるで一つの巨大な都市そのものが輝いているようだった。


「あれが……王都」 「でかいなあ……」


 ミラは息を呑み、健は素直に感心した。ロンドベルとは比べものにならない規模だ。人も物も金も情報も、すべてがここに集まっているのだろう。


 だが、同時に健の脳内では、ロジスティクス・マップが激しく反応していた。


 王都周辺に、無数の物流ノードが光っている。倉庫、市場、工房、医療院、兵站拠点。まるで巨大な回路図だ。その中に、いくつか不穏な赤い点が混じっていた。


(異常在庫反応、多いな……)


 しかも一つや二つではない。王都は巨大であるがゆえに、問題も巨大なのだろう。


 城門前では長い入城列ができていたが、王家の馬車は別口から通された。衛兵たちが敬礼し、門が開く。馬車が城壁をくぐった瞬間、ミラが小さく声を上げた。


「わあ……!」


 王都の中は、まさに別世界だった。


 広い石畳の大通り。何階建てか分からないほど大きな建物。色とりどりの看板。行き交う人々の服装も、地方とは比べものにならないほど華やかだ。香辛料の匂い、焼き菓子の甘い香り、馬車の音、人々の話し声。すべてが濃密で、圧倒的だった。


「すごい……すごいです、ケン顧問……!」 「ええ、まあ、すごいですね」


 健も内心ではかなり驚いていたが、表面上はなるべく平静を装った。こういう時、片方が落ち着いているともう片方も少し安心するものだ。


 だが、その平静は長く続かなかった。


 王家の馬車は、王城方面ではなく商業区へ向かっていた。大通りをいくつか曲がり、やがて巨大な建物の前で止まる。白い石造りの堂々たる建築で、正面には『レヴィ大商会 王都支店』の看板が掲げられていた。


「ここが王都支店です」  護衛が扉を開ける。


 健とミラが降り立つと、すぐに支店の使用人たちが一礼した。中から現れたのは、四十代ほどの細身の男性だった。灰色の上着にきっちりとした身なり、眼鏡こそないが、前世で言う「有能な支店長」感がすごい。


「お待ちしておりました。私は王都支店長のセドリック・ハインツと申します」 「ケン・サトウです」 「ミラです」 「エレノア副会長より事情は伺っております。どうぞ中へ。……ただし、ゆっくりしている時間はあまりありません」 「やっぱりですか」 「はい」


 セドリックは表情を崩さず答えた。


「宰相府から、到着次第すぐに連絡を寄越すよう通達が来ております」 「早いなあ……」 「さらに、王立医療院、中央市場監督局、備蓄管理局からも面会要請が届いています」 「多いですね!?」  ミラが思わず声を上げた。


 セドリックは淡々とうなずく。


「ええ。王都では、情報が早く、利害関係者も多いのです」 「知ってたけど、実際に聞くと胃が痛いですね」 「ご安心ください」 「何がです?」 「まだ増える可能性があります」 「安心できる要素が一つもない」


 健は本気で頭を抱えたくなった。


 支店の応接室に通されると、すでに机の上には書類が山積みになっていた。面会要請、通達、紹介状の控え、王都の地図。完全に仕事の現場である。


 セドリックは手際よく説明を始めた。


「まず、宰相府への返答は本日中に必要です。明朝、登城の可能性が高いでしょう」 「はい」 「次に、監督局は技術運用規程の詳細確認を求めています」 「はい」 「王立医療院は、高品質薬草の安定供給について相談したいと」 「……はい」 「備蓄管理局は、劣化在庫の再評価手法に強い関心を示しています」 「でしょうねえ……」


 健は椅子に座りながら、静かに思った。


 王都はだいたい、現場を知らない人間ほど偉そうにしている――そういう偏見を持っていた。だが、今のところは少し違う。正確には、現場を知らない人間だけでなく、現場を知っていても忙しすぎて余裕のない人間が多いのだ。


 そして、そういう場所ほど、一人の便利な人材に全部を押しつけたがる。


「……まず整理しましょう」


 健がそう呟くと、ミラが隣で小さくうなずいた。


 そうだ。混乱している時ほど、順番が大事だ。


「セドリック支店長。優先順位をつけます」 「承知しました」 「一番は宰相府。これは避けられない」 「はい」 「二番は監督局。ルールを先に固めないと、後で全部が危うくなる」 「同意します」 「三番が医療院。人命に関わる可能性がある」 「ええ」 「備蓄管理局はその後です。少なくとも今日は」 「妥当です」


 セドリックは即答した。話が早い。こういう相手は助かる。


 健は深く息を吸った。


「よし。じゃあ、王都初日から残業確定ですね」 「ざんぎょう?」  セドリックが首をかしげる。 「ええと……予定外に仕事が長引くことです」 「なるほど。では、その通りです」 「やっぱりかあ……」


 ミラが小さく笑った。


 その笑い声に少しだけ救われながら、健は王都での最初の仕事に向き合う覚悟を決めた。


 地方の一ギルド顧問としてではなく、王国規模の物流問題に巻き込まれた当事者として。


 そして何より、自分の平穏な生活を守るために、まずはこの巨大な王都の仕事の流れを整理するところから始めるのだった。


 ――続く。

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