第九章 切断
夜、研究所の会議室には、わずかな灯りだけが残っていた。
佐久間を含む生き残った数人の研究員が集まり、
机の上には都市の地図と、赤いマーカーがいくつも刻まれている。
赤は感染の震源地を示し、それは街全体に網の目のように広がっていた。
「——全部切るしかない」
安藤は地図の中心を指差した。
交通、通信、そして放送網。
人々が感情を共有する全ての回路を、強制的に遮断する。
それは都市を一時的に“孤島”に変える行為だった。
佐久間は黙って頷いた。
「でも、それで助かるのは一部だけです」
「分かってる。けど、全滅よりはいい」
作戦は深夜に実行された。
発電所の一部系統が止まり、街の明かりが次々と消えていく。
携帯電話の電波も途絶え、テレビやラジオは砂嵐を映すだけになった。
闇に沈んだ街は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
安藤は制御室のモニター越しに、その光景を見つめていた。
人々は暗闇の中で戸惑い、互いを探すように手を伸ばす。
だが、その手が触れ合う前に、連鎖は途切れていた。
朝、東の空が薄く明るみ始めたころ、
感染による突発的な行動はほぼ報告されなくなった。
成功だ、と誰かが呟く。
しかし、その声には喜びよりも安堵が勝っていた。
安藤は椅子にもたれ、深く息を吐いた。
切断は成った。
だが、感情を交わすことそのものを奪った街は、
あまりにも冷たく、ひび割れた氷のようだった。




