第八章 沈黙の都市
数日後、安藤は必要に迫られて街に出た。
外は、かつて知っていた東京とはまるで別物だった。
歩道を行き交う人々は、皆うつむき、口を結び、
目を合わせることを避けている。
まるで互いの存在を透明にしようとしているかのようだった。
交差点の信号が青に変わっても、
誰も動かない時間が数秒続く。
その沈黙は、爆発寸前の感情を抑え込むための必死の呼吸にも見えた。
人々は互いを刺激しないよう、呼吸のリズムまで合わせている。
コンビニの自動ドアが開き、中から一人の中年男性が出てくる。
手には小さなパンと水のペットボトル。
その目は空っぽで、感情という波をすべて削ぎ落とした海のようだった。
彼とすれ違うとき、安藤は胸の奥でわずかな寒気を覚えた。
——これが収束の形なのか。
人間から感情を抜き取ってしまえば、連鎖は途切れる。
だが、それは生き延びることと呼べるのだろうか。
ふと、前方で一人の少年が立ち止まっているのが見えた。
彼は小さな拳を握りしめ、泣きそうな顔をしている。
母親らしき女性が急いで手を引き、
その感情が外に漏れる前に人混みの中へ消えていった。
安藤は立ち尽くし、周囲の沈黙を吸い込んだ。
街は静まり返っているのに、その静けさは死の匂いを孕んでいた。
遠くから聞こえるのは、風の音と、時折鳴る救急車のサイレンだけ。
研究所に戻る途中、ビルのガラス窓に映った自分の顔が、
驚くほど無表情になっていることに気づいた。
感情を抑え続けるうちに、自分もまた、この都市に同化しつつあった。




