第五章 接触者
藤井の葬儀から二日後、安藤は早朝の電車に揺られていた。
眠気はない。代わりに、胸の奥で何かが静かに軋んでいる。
吊り革を握る手が、じんわりと汗ばんでいた。
向かいの座席に、女子高生が二人並んで座っていた。
片方の少女が、ふと視線を上げ、安藤と目が合う。
瞬間、彼女の表情がわずかに変わった。
笑顔とも怯えともつかない、空白の表情。
安藤は慌てて視線を逸らした。
——駄目だ、接触してはいけない。
藤井のあの言葉が、自分の中で形を持ち始めている気がした。
怖くない、という感覚が、薄氷のように静かに広がっていく。
次の駅で降り、雑踏に紛れながら深呼吸を試みる。
しかし、その吐息が誰かに届くかもしれないと考えると、
空気を吸い込むことすらためらわれた。
研究所に着くと、佐久間が駆け寄ってきた。
「安藤さん、今朝の映像……これ、見てください」
タブレットの画面には、車内監視カメラの映像。
そこには、安藤と目を合わせたあの女子高生が映っていた。
駅のホームで突然立ち上がり、線路に向かって歩き出す直前、
背後から別の乗客に抱きとめられている。
佐久間は画面を止め、安藤を見つめた。
「……偶然ですかね?」
言葉は柔らかいが、問いの鋭さは隠せなかった。
安藤は答えられなかった。
むしろ、自分の中に芽生えた“種”が、
ほんの短い接触で他者に移りうるという確信が、
重く沈殿していくのを感じていた。
その夜、鏡に映った自分の瞳は、
隔離ケースの中の彼女と同じ色を帯びていた。




