第二章 はじまりの報道
午後、研究室の空気はざわついていた。
誰もが机上のデータよりも、スマートフォンの画面に釘付けになっている。
SNSには、各地の現場から上がる動画が次々と流れ込んでいた。
駅のホームで、肩を寄せ合うように線路へ降りる人々。
高層ビルの屋上で、同時に手すりを越える集団。
それは偶然にしては、あまりにも呼吸が揃いすぎていた。
厚生労働省の記者会見が始まる。
「現時点で感染症の可能性は確認されていません——」
官僚の声は無機質で、言葉の端々に防御の色が滲んでいた。
会見室の空気は固まり、質問の矢が飛ぶ。
「現象の原因は?」「なぜ同時に?」
答えは、決まって「調査中」だった。
安藤は、自分の中でひとつの仮説が形を取るのを感じていた。
もしこの現象が、感情を媒介とするウイルスによるものだとすれば、
発端となる個人の精神状態が感染力の強弱を決める。
強烈な自殺願望を抱く者が“初期宿主”となれば、
その衝動は触れ合うごとに、そして視線を交わすだけでも広がり得る。
佐久間が低く呟いた。
「安藤さん、これ……ニュース見てるだけでうつるかもしれませんよ」
冗談めかした言い方だったが、笑う者はいなかった。
画面の向こうで泣き崩れる遺族の表情を、誰もがただ見つめていた。
その涙の震えさえ、なぜか胸の奥で反響してくる気がした。
窓の外、夕暮れの街が朱色に染まっていく。
その美しさが、妙に不安を煽った。
光は一瞬で闇に溶け、街の灯がぽつぽつと連鎖的に灯る。
その連鎖が、今は別のものと重なって見えた。




