第十章 残響
切断から一週間。
街は、表面上は落ち着きを取り戻していた。
電気も通信も徐々に復旧し、人々は再び動き始める。
だが、その足取りはどこかぎこちなく、
会話は必要最低限の言葉だけでつなぎ合わされていた。
安藤は研究所の屋上から、ビルの谷間を流れる人の群れを眺めた。
かつては雑踏と呼ぶにふさわしい賑わいだったが、
今はただ、整然と並ぶ影の列に見える。
背後から足音が近づく。
振り向くと、美咲が立っていた。
隔離の前に廊下で声をかけてきた隣人だ。
「……助かったんですね、私たち」
彼女の笑みは薄く、それでも確かに温かかった。
安藤は頷く。
「今は、な」
沈黙が二人を包む。
ビルの下から、誰かの笑い声が聞こえた。
その音は懐かしく、同時に胸をざわつかせた。
笑い声に引き寄せられるように、周囲の人々が視線を向ける。
ほんの一瞬だが、群衆の空気が変わった気がした。
安藤は無意識に手すりを握りしめた。
感情は切断できても、消し去ることはできない。
それは再び形を変え、別の連鎖として芽吹くだろう。
彼の視線の先で、笑い声は拍手へと変わり、
拍手は歓声へ、そして一つの波となって広がっていった。
それが喜びか、別の何かかは、まだ分からない。
東の空に、冬の陽光がにじむ。
その光は、美しくも不穏な未来を照らしていた。