表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/20

20.自分で斬り開け

 今日が私にとって、最高の一日になると思っていた。

 夢だった自分の店を開店し、最初のお客さんとしてグレン様を迎える。

 心も体も、お店も準備万端。

 さぁ、出迎えようとしたのに……。


「こんなところにいたんだね? 随分と探したよ」

「……最悪だ」

「ん? 何か言ったかな?」

「……」


 心の底からゲンナリする。

 いつかこういう日が来るかもしれない。

 そんな予感は確かにあったけど、今じゃないでしょう?

 私にとって大事な日を、大切な瞬間を壊しに来るなんて……。


「何の御用ですか?」

「何のって、君の様子を見に来たんじゃないか」

「ですから、何のためにですか?」

「……随分と態度が大きいが、気のせいか? 僕が誰だか忘れたとは思えないけど」


 エレイン様が私を睨む。

 私の態度が気に入らなかったみたいだけど、私だって怒っている。

 腹が立っている。

 その怒りが態度に、表情に出てしまったらしい。


「様子を見るだけならもう十分ですよね? お忙しいでしょうし、お帰りになられたほうがよろしいのではありませんか?」

「まだ用件は終わっていないよ」

「用件?」

「ソフィア、うちに戻ってくるといい。歓迎してあげよう」

「……え?」


 思わず変な声が漏れてしまう。

 聞き間違いだろうか?

 今、戻って来いと聞こえた気がするけど……。


「冗談……ですよね?」

「もちろん本気だよ。そうじゃなければ、わざわざこんな場所に来ると思うかい?」

「……」


 私は呆れてしまった。

 あれだけ盛大に追い出しておいて、今になって戻ってきてほしい?

 そんな自分勝手が通用すると思っているのだろうか。

 思っているのだろう……。

 この人は、そういう人間だと私は知っている。


「お断――」

「もちろんこれまで通りじゃない。待遇は改善しよう」

「いえ、だからおこと――」

「君が望むなら仕方がない。僕の愛人にはしてあげてもいいよ?」

「……」

「おや? 嬉しくて声も出ないかな? 無理もないね。この僕の愛人になれるなんて名誉なことなんだ。君程度の女性が……ね」


 違いますよ。

 呆れすぎて返す言葉もないだけです。

 この男は本当に、自分に非があるとか微塵も思っていなさそうだ。

 私を追い出したのも、自分が正しいと思っている。

 今だってそうだ。

 どうせ、私がいなくなって聖剣を元に戻せないから、仕方なく呼び戻しているだけ。

 呆れるほどに……私のことなんて考えていない。


「さぁ、一緒に戻ろうじゃないか」

「お断りします」

「――は?」

「はぁ……やっと言えました。最初から、断ると言っているんです」


 ようやく声に出すことができてホッとする。

 人の話を聞かないにも程があるだろう。

 これで人々の声を聞く勇者なのだから、笑ってしまう。


「な、何を言っているんだい? 僕の誘いを断ると」

「そう言っているじゃないですか。話はそれだけですよね? もう開店時間なので帰って頂けませんか?」

「っ……開店?」

「見えませんか? ここは私のお店です。あれからいろいろあって、お店を出すことになったんです」


 エレイン様はキョロキョロと周囲を見回す。

 今さら普通の家ではないことに気づいたのだろうか。

 抜けている人だ。


「店だと? どうやって……資金もロクになかったはずだ。ここは敵国だよ?」

「支援してくださった人がいるんですよ。その人のおかげで、私は夢を一つ叶えることができました」


 心から感謝している。

 そして、今も待っている。

 彼が来てくれるのを。


「ふっ、どこの愚か者かな? 君なんかに支援したのは」

「それは――」

「愚か者はどちらかな?」

「――!」


 待ち人が来る。

 エレイン様の背後に、グレン様は立っていた。

 

「グレン様!」

「グレン……だと?」


 エレイン様は恐る恐る振り返る。

 そう、彼は一番よく知っているだろう。

 背後に立った男性が何者で、自分にとっての……。


「魔王!」

「こんな形で会うとは思わなかったぞ。勇者エレイン」


 勇者と魔王の対面。

 これが本の物語なら、ここから戦いに発展する。

 だけど、それはない。

 ううん、エレイン様は戦えない。


「どうした? 剣を抜かないのか?」

「っ……」

「抜けないだろう? お前は勇者に相応しい男ではなかった。それを、鍛冶師に見抜かれるとは滑稽だな!」

「き、貴様!」


 聖剣が抜けないエレイン様は、拳をグレン様に振りかぶる。

 もちろん届くはずもなく、簡単に受け止められ往なされた。


「遅くなってすまないな。ソフィア」

「いえ、お待ちしておりました。来てくださり嬉しいです。グレン様」

「まさか……貴様がソフィアに支援を……彼女を誑かしたのか!」

「違います。ここにいるのは私の意志です」

 

 私はハッキリとエレイン様に応える。

 グレン様はそんな私を見て微笑み、ゆっくり歩み寄って私の隣に立つ。


「そういうことだ」

「……国を裏切り、魔王と手を組むなんてとんだ悪女だ。見損なったよ、ソフィア」


 悪女って……。

 捨てたのはそっちでしょう?

 私から逃げ出したわけでも、裏切ったわけでもない。

 そんな言い方……。


「不快だな」

「――!」


 グレン様が怒りをあらわにする。

 明らかにビクビクしているエレイン様は滑稽だ。

 勇者が魔王に怯えるなんて、国民が知ったらどう思うだろう。

 いいや、そもそも彼は……。


「エレイン様、ちょうどいい機会なので、その聖剣を返してもらえますか?」

「――! なんだと……」

「それは私の剣です。他の誰にも手入れはできないし、今のままじゃ誰にも抜けません。エレイン様であっても」

「ふざけるな! この聖剣は勇者の証だ! この僕以外に相応しい相手など!」

「じゃあ、試してみますか?」

「……何?」


 グレン様もいてくれる。

 だから私は、少し強気な姿勢でエレイン様と相対する。


「その剣、私が抜けたら返してください」

「ふ、ふははははは! 勇者でもない君が抜けるわけがないだろう」

「なら、抜けなければ私は国に戻ります」

「――! 本気かい?」

「はい」


 エレイン様は不敵な笑みを浮かべる。

 勝利を確信したのかな?

 結果は見えているのに……。


「いいのか? ソフィア」

「大丈夫です。すぐに終わります」

「……そうか。なら信じよう」

「ありがとうございます」


 グレン様は信じてくれる。

 あとは結果を示すだけでいい。

 エレイン様から腰の聖剣を預かり、柄に触れる。


「お帰り」

「抜けるわけが――は?」


 聖剣はいとも簡単に鞘から引き抜かれた。

 エレイン様ではびくともしなかった剣が、なんの抵抗感もなくスルリと。

 これにはグレン様も少し驚いている。

 ただのズルだ。

 抜けるに決まっている。

 だって、この剣を作ったのは私なんだから。

 勇者の証なんて関係ない。

 

「じゃあ、返してもらいますね」

「ふ、ふざけるなああああああああああああ!」


 エレイン様は激高し、殴り掛かってくる。

 その手をグレン様が受け止め、冷たく言い放つ。


「さらばだ。聖剣も抜けない勇者」

「――!」


 瞬間、エレイン様が消える。


「転移……ですか?」

「ああ。国に帰してやっただけだ。親切だろう?」

「そうですね」


 私は聖剣を鞘に戻し、近くの棚に立てかける。


「それを抜いたということは、今日からはソフィアが勇者か?」

「いえ、私は鍛冶師です。私にできることは剣を打つこと……だから、これをどうぞ」

「これは……」


 ようやく渡せる。

 今までの感謝と、これからの未来を込めた贈り物。

 

「グレン様の剣です。欲しいとおっしゃっていたので」

「――! 最高のサプライズだな」


 そう言って、彼は剣を受け取ってくれた。

 直接手渡しされ、私の手から剣の重みが消える。

 なんだろう?

 こんなにも清々しくて、満たされるのは……。


「大切にさせてもらおう。この国の国宝にしたいくらいだ」

「そ、それは大袈裟ですよ」


 今日が始まり。

 私にとっての、鍛冶師の道は、新しいステージにたどり着いた。

 この先何があるか、波乱も、不安もあるだろう。

 だけどいつだって、自分の手で斬り開こう。


 幸福の切っ先で。

【作者からのお願い】


新作投稿しました!

自信作です!

タイトルは――


『偽者に奪われた聖女の地位、なんとしても取り返さ……なくていっか! ~奪ってくれてありがとう。これから私は自由に生きます~』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。


https://ncode.syosetu.com/n8335il/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! URLをクリックすると見られます!

『偽者に奪われた聖女の地位、なんとしても取り返さ……なくていっか! ~奪ってくれてありがとう。これから私は自由に生きます~』

https://ncode.syosetu.com/n8335il/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【㊗】大物YouTuber二名とコラボした新作ラブコメ12/1発売!

詳細は画像をクリック!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000
― 新着の感想 ―
[良い点] 聖剣奪って追い返す。 [気になる点] ただし、全然足りてない。 つまらぬものは斬り捨てろ! [一言] 単独で敵国首都に入り込めるような力無いでし。 いやまあ、密偵は入り込んでるんだけど。…
[一言] えっ、これで終わりは淋しいですね。 せっかく面白そうなお話を見つけたと楽しみにしていたのに。 魔道具師や錬金術師はあっても鍛冶師はあまり聞かないので、次回作も楽しみにしています。
[良い点] お疲れ様でした! [気になる点] 綺麗に終わるは終わったけど消化不良感が……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ