015 とりあえず半休ってことで、ひとつ
「今日も美味しそうなお弁当っすねー」
恨めしそうな視線が弁当箱に刺さる。
ツヤとスミレちゃんと、三人でテーブルを囲むいつもの昼休み。
スミレちゃんのメニューはコンビニの新作カレーだった。名店コラボのチキンカレー。スパイシーな香りがなかなかに食欲を刺激してくる。が、そんな名店の誘惑もスミレちゃんの心には届かない。
「いいなぁー! いいなぁー! つやひめちゃんのお弁当ー!」
茶色のポニーテールをぶんまわし、上へ下へと両手を振る。
でっかい駄々っ子だな、おい。
我が社のスーパーアルバイトは今日も平常運転だ。
昨晩、わざわざ夜中にメールを送ってきたくらいだから、一大事かと思って待ち構えていたのだが……。出勤してきたスミレちゃんには、「あ、それ、あとででイイっすよー」と軽く流されてしまった。
安心したというか拍子抜けしたというか。
「今日のお弁当は焼き鮭、にんじんのきんぴら、ブロッコリーに煮豆ですのよ。煮豆はスーパーのお惣菜をつめてお手軽ですわ」
えへんと胸を張り、ツヤが本日のメニューを解説する。
ブロッコリーはレンチン、にんじんと焼き鮭は今朝作ってきたものだ。結構綺麗に焼けたなと思う。なかなかに彩り豊かだ。うむ。よく出来た。
「いいっすねぇー。愛妻弁当とか。リア充爆発しろ!」
目が怖いぞ、スミレちゃん。
そして俺。愛妻とか言われて少し焦る。
思わず視線がツヤを向き、目が合いそうになって慌てて逸らす。
あーもう、何が悪いって昨日の四百六十五万円が悪い。
平常心、平常心。
「既婚者になった覚えはねえよ。だいたいコレだって作ってんの俺だぞ?」
「まあ! そこは共同作業と言ってほしいですわ! あとご飯はわたくしが炊いてますわ!」
ツヤさん? 当事者が嫁ネタ拾わないでいただけます?
「いいっすよねぇ、社長。朝からエプロン姿のつやひめちゃんに起こされて? イチャイチャしながらお弁当作って? アーンとかやりながら朝ごはん食べてるんすよねー」
「そんなわけあるか!」
口調にトゲしか感じないんだが!?
「そうですわ! アーンとかわたくしできませんわ!」
ツヤさん? もう少し否定するところありましたよね?
半分くらいは合ってる気がする、とか思ったのは気の迷いだと思いたい。
「もうね、つやひめちゃん炊飯器出たら絶対買うっす!」
決意の炎を瞳に宿すスミレちゃん。
「そういや発売日って決まってるんだったか?」
モニターしてるわりにそこらへんの話、よく知らんな。ツヤは首を横に振る。
「三月予定までしか決まってないですわ。新生活応援セールに合わせてという方針ですの」
「なるほど……?」
無茶苦茶なアプデばっかりぶっこんでくる運営のくせに、そういうところは真っ当な思考なのか。なんか釈然としない気分。
スミレちゃんにはその情報でも十分だったのか、ググッと拳を握る。
「あと半年、死ぬ気でお金貯めるっす! ソシャゲの課金も我慢するっす! でも足りなかったら社長に借りるっす!」
「もう借りる気満々かよ。しっかしなあ……」
俺は改めてツヤを見た。澄ました感じで椅子に座るお嬢様は、俺を見て小首を傾げる。
「高そうだよなぁ、お前……」
素直な感想だった。
ウチの会社の業績にも大いに貢献しているわけで。献立管理から家庭教師までこなす。こんなハイスペックな炊飯器、一体いくらで売るつもりなんだろうか。仮に値付けしろと言われても俺なら困るぞ。
「まだ正式な価格は決まってないのですが、十万円は切る予定ですわ」
「うん?」
一瞬戸惑った。高いには高いが、高級炊飯器ならそれくらいするものはザラにあるし、それ以上するものだって珍しくはない。再度、まじまじとツヤを見る。
「お前、安くないか?」
途端、ツヤのこめかみのあたりから「怒りマーク」が飛び出した。
「ケイタさん? 安い女みたいに言わないで欲しいのですわ」
ツヤはジトっと眉を寄せる。
「社長、いまのはナイっす。セクハラっす。モラハラっす」
スミレちゃんの冷ややかな視線も追加された。
「なんか理不尽なんだが!?」
若い女子二人に取り繕ったように言い訳をするアラフォーのおっさんがコチラです。はあ……。
昼休みは続く。BGMはお昼の情報番組だ。一足早いクリスマス特集。もうそんな季節か。年末年始は組合関連多いし、いろいろ面倒なんだよなぁ……。
「そういえば、つやひめちゃん以外にもAIさんいるんすよね?」
半分くらい食べ進んだところで、スミレちゃんが話を振ってきた。
「ん? ああ、説明書には百種類とか書いてあったと思うぞ」
説明書は初日に開いたきりだったが、ガチャ関連のページは記憶に残っている。ガチャ機能搭載炊飯器とか、印象強すぎるんだよ。
「他にはどんな子がいるんすか?」
「あーこのアプリ、リセマラ禁止でベータ版は課金未実装なんだよ。だからツヤ以外は俺も知らん」
説明書にあったのは排出率だけで、キャラクターリストはなかった。たしかSSRは一.三パーセントとかだったか。
「つやひめちゃんは他の子のこと知ってるんすか?」
「はい。メンテナンス中はサーバーにみなさんいらっしゃいますので、先日お会いいたしましたわ」
ん? なんだって?
「まじか、初耳だぞそれ」
「ケイタさん、何も聞かれませんでしたわよ?」
ツヤはきょとんとした顔。いや、確かに聞いてないけどさ。
「メンテ中何してた? なんて聞くか?」
「あら、みなさんお休み明けに、帰省中のこととかお聞きになりませんの?」
「帰省扱いなのか、メンテって……」
納得できるような、できないような。
「それでそれで、どんな子いるんすか?」
スミレちゃんは興味津々。かくいう俺も結構気になる。ツヤは指折り数えはじめた。
「そうですわね。いろんな方がいらっしゃいますわ。『イケメンドS執事』さん、『ヤンデレJK』さん、『昼下がりの団地妻』さんに、『森のくまさん』さんとは仲良しですわ」
うん。ちょっと待て。
「それ炊飯器に搭載するAIのラインナップじゃないだろ絶対。なんだよクマって」
ヤンデレJKの作ったご飯も大概だとは思うが、炊飯するクマってなんだよ。あと「くまさん」までが名前扱いなのか……?
しかし、「団地妻」と「タッチ機能」のコンボは製品版で両方とも実装されるんでしょうか。運営さま。
くっ、こういう時のための課金なのか?
「ちなみにつやひめちゃんはどんなカテゴリなんすか?」
「『お嬢様』ですわ」
うん。ちょっと待て。
「さっきの奇天烈なラインナップのなか、ただの『お嬢様』がSSRってどうなんだ!?」
「あら? ケイタさんはわたくしのことなんだと思っていましたの?」
う……ん? 改めて聞かれると、なんだ?
「つやひめだし、姫、とか?」
「ケイタさん、そのまんまですわよ?」
「安直すぎっすよ、社長」
ツヤはクスリ。スミレちゃんには鼻で笑われてしまった。
くそう、自分でもそう思ったよ!
「あ、てことは、他のつやひめちゃんと会ったりもしたんすか?」
他のつやひめ? 2Pカラーみたいな? ツヤがたくさん集まっているのを想像すると、なかなかシュールだ。その発想はなかったな。
そうか。そうだよな。他にもつやひめが--。
「いえ、いまのところ、つやひめはわたくしだけですわ」
「そうなんすか!?」
「そうなのか!?」
スミレちゃんと声がハモる。
「はい。わたくしSSRですので」
まじかよ……。コイツ一体何パーセントだったんだ?
「ぐぬぬ……社長! いくら! いくら課金すれば!?」
ギリギリしながら身を乗り出すスミレちゃん。顔が怖いから! 血の涙でも流しそうだぞ。
「俺に聞くな! それに他のAIだっていいだろうが。百種もあるんだぞ?」
「よくないっすよ! なんすか、その、女なら誰でもいいだろ? みたいな!」
「誰もそんなこと言ってねえ! 」
「私はつやひめちゃんがいいんす!」
なんだこの修羅場は!?
するとツヤが困り顔で微笑んだ。
「わたくしたちはパーソナルアシスタントAIですから、ユーザーに合わせて個別に自己アップデートをするのですわ。ですから、もしスミレさんがつやひめをゲットされても、わたくしとは別のつやひめなのですわ」
スミレちゃんがピタリ止まり、ツヤを見る。
俺の視線もツヤに向かう。思考より口が先に動いていた。
「マジ……?」
「マジですわよ? わたくし、つやひめは、ケイタさんのツヤなのですわ!」
ツヤは得意満面の笑顔だった。
論理的には間違ってない。間違ってないんだが。なぜここで、ドヤるんだお前は……。
思わず額に手を当てる。顔が熱い。
と。
ガタッと音がした。スミレちゃんが立ち上がったのだ。光が消えたうつろな瞳が冷たく俺を見下ろしている。
「あー、社長。私これから先週発売したリア充に爆弾投げつけるFPS買いに行ってきてもいいっすか。ダウンロードコンテンツに写真取り込み機能があるんで、写真も撮らせて欲しいんすけどいいっすよね。とりあえず半休ってことで、ひとつ」
「ひとつ、じゃねえよ。盛大に闇堕ちすんな!」
「だって! リア充が! ああ! わが社滅べぇえ!?」
滅ぼすな!!
髪を振り乱し、変なスイッチの入ったスミレちゃんは暴走状態だ。
俺の手に負えんぞこんなの!
「ツヤ!! なんとかできないか!?」
「ええぇ!? わたくしですの?」
スミレちゃんの変貌ぶりに戸惑っていたツヤだが、意を決したようにぐっと両手を握りしめる。
「……スミレさん! 本日の業後はスミレさんの好きなことにお付き合いいたします、わ?」
勢いよく……尻すぼみになって最後に「?」までついたツヤ。
暴走が、止まった。
え、嘘だろ。
「デート! つやひめちゃんとデートっすね!!」
そんなカードを裏返すみたいに、ころころ機嫌が変わるのか……。
社員の知ってはいけない一面を見てしまったような気分だった。
秋らしくなりましたねえ。物語の季節にそろそろ追いついてしまいそうな感じです。
今回は八割方書いてから、なんかしっくりこないー! とうぬうぬしていました。
作者の納得感なんて八割は自己満足なんですが!




