最強の侵略者
不定期連載ですが、少数話で完結させる予定です。
何回も改稿を繰り返すかもしれません。
最近改稿した時期は、2019年6月2日。
『さあタイガよ・・・・・・魔族の敵である憎き人間や亜人共を皆殺しにするのだ!』
自分に命じた魔族元帥の言葉を、この話の主人公 タイガ ダストシュート が頭の中で反芻しながら、気怠く街中を歩いていた。
都内に建立している物に、鉄筋コンクリートは無く、木造・レンガ・石造・・・・・・又はその材料を組み合わせた中世西洋風のものが主流。
この国には水道は通っていないのか、街中に点々と井戸が設置され、換気扇なんてものは存在していないからか、レンガ瓦が敷かれている屋根に、煙突がない民家なんてここら辺では見当たらない。
自動車やバイク・自転車の代わりに馬車が石畳の大通りを駆けていく。
この街に侵入してきている、魔族のタイガの特徴・・・・・・人間の基準で見た目十代後半の男。
身長は一般男性成人の平均値よりも少し低めで、ひ弱そうな体を持っていた。
肌の色は灰色。
髪色は赤紫で、前髪を目元まで伸ばしている。
耳は人間と同じ。
ボロボロの煤けた布製の一張羅を身に着けている。
ずっと不気味に猫背気味に頭を下げていた。
「・・・・・・・・・・・・」
彼は、力なく周りを見渡す。
確認できたのは、人間や、獣の耳と尻尾を持つ獣人、耳が尖ったエルフ、ずんぐりむっくりな体型を持つドワーフ等が闊歩している。
どうやら彼がこの街に侵入してきていることを察知した人など、いないみたい。
タイガは、まずこの国の首都に侵略し、住んでいる者達を血祭りにするという任務を、他の魔族の軍人から押し付けられたのだ。
しかし彼はこの命令に関して、乗り気では無かった。
別段タイガは人間達に危害を加えたいという感情は持っていなかった。
一般的に売られている洗脳術の本に記載されていた暗示の内容を、彼の上官から受けたのだが、あまりの素人臭くて稚拙な教育に、逆にタイガはあらゆる熱意が醒めてしまっている。
だが、魔族軍に対しての鬱憤は溜まっている一方なのだが。
ふらふらと彷徨っているタイガは、城の敷居近くにある円形の広場までたどり着いた。
そこには、大勢の人が広場中心に向かって集まっている。
群衆は一人残らず、一か所に視線を向けていたのだ。
「なんだ? 手品師のトリック披露か? 芸人のコントか?」
ボソリと呟くタイガは、エンタメには興味を持っていたらしく、密集している人々を押しのけ、彼らの最前列まで歩いた。
そこには、
「さっさとその売国奴を殺せっ!!」
「いや一思いに楽にさせるな!」
「裏切り者には死を!」
「さっさとやれよ! こっちは女の血が舞うのを見たくてうずうずしてんだからさぁ・・・・・・」
(なんだぁこりゃぁ?)
そこには、彼らの視線の先には、木材の台の上に、手足を鎖で拘束されて転がされた女性と、斧を持った甲冑姿の人がいた。
「嫌だ、嫌だ、死にたくない」
頬がやつれ、ぼろ布を身に纏い、煤けた金髪に桜色のカチューシャをしている女性が、彼らに怒号を浴びながら、泣き喚いている。
どうやら、今から公開処刑が始まるようだ。
「何が死にたくないだ! 罪人はせめてくたばる時くらい潔くしてろ!」
「もっと苦しめ! おい処刑人、奴に目隠しはさせるな! 限界まで恐怖で慄かせてやれ!!」
(なんだあいつら・・・・・・今からおれに殺されるかもしれないってのに、他人が傷つくのを望んで楽しんでやがる)
「あ~あ、せっかく処刑されるのが美女だったらもっと興奮できたのにな・・・・・・」
「下品な考えですね・・・・・・まあしかし、下衆が醜態をさらして正義の鉄槌を下されるのを眺めるのは、なんとも痛快な事だとは、否定できませんが」
「あんのくそったれは、もっと公の場で拷問されて苦しんで、私達に嘲笑われればいいのに・・・・・・!」
(たしか、魔族元帥が言うには、人間や亜人は魔族と比べて痛みに弱いらしいんだが・・・・・・普通、苦痛を感じている奴を見たら、こっちまで嫌な思いするんじゃねえのかよ・・・・・・?)
「全く敵国に内通していたなどと許し難き所業だな! なんなら、わしがぶち殺してやろうか!!」
(ああそうか・・・・・・)
タイガの脳内に、一つの答えが湧き出る。
(痛みに弱いからこそ、自分にとって憎い、又は見下している相手が苦しむのに、快感を感じてやがんのか?
まあ、確かにおれも嫌いな奴を嘲笑うこと事体は好きだからある程度は共感出来るがな。
全く仕事も遊びもせずにみっともねぇ様を他人様に見せつけるとはよ・・・・・・ん・・・・・・?)
彼らの様子に不快を感じているタイガは、周りをきょろきょろ見渡す。
人間が、ドワーフが、獣人が、そして高貴で上品な印象を持つ種族のエルフですら、弱っている彼女の不幸を喜んでいる。
苦痛が魔族よりも苦手なはずの彼らは、ただ同じ住人であるはずのか弱き女性が殺されるのを今か今かと待ち構えていたのだ。
タイガは、一つの結論を出した。
(もしもおれがこいつらを皆殺しにすれば、おれは絶賛今醜態晒している『こいつら以下』になるってことじゃねえのかっ!? 嫌だぜそんなの・・・・・・。
つーか・・・・・・)
「おおっ! やっと執行人が斧を振り上げたぞ!」
処刑の観客のうち一人が、声を張り上げた瞬間。
笑った。筆舌に描写するのが不可能なその言語で、人間や亜人では再現できないようなその声で。
悪魔みたいにタイガは高笑いした。不気味で歪な音が、王都内に響き渡った。
思わず処刑人が、斧を振るうのを中断するほどに、狂気に満ちた嘲笑であった。
民衆も、彼から発されている異様さに、罪人から彼に視線を移る。
タイガは、面を空に向かって上げ、その両目を片手で覆って苦しそうに震えていたが、十数秒経てば、声を出すのをやめて大人しくなった。
「ヒー、ヒー、息が苦しいぜ。
つーか、侵略者であるはずのおれが、いたいけな住人の倫理観に、嫌悪感抱いてしまうなんて、なんて皮肉だ? 爆笑させやがってっ!! おれを笑い死にさせる気かよ!?」
一息つくタイガは、次に呟いた。
「そうか、そうか・・・・・・あんたらは暴力こそが日常で、殺戮こそが平常か・・・・・・」
処刑人は気を取り戻し、タイガから目を逸らして彼女めがけて再びその凶器を振るう。
・・・・・・が。
「・・・・・・え」
当たった。処刑人の得物が、ちゃんと人に命中した。
だが、その相手は罪人の女性ではなく・・・・・・。
「何やってるのですか、あなた・・・・・・」
タイガが、いつのまにか女性と処刑人の間まで飛翔して、その頭で、人肉も容易く斬り裂く斧を彼女の代わりに受け止めたのだ。
処刑人も罪人の女性も、そしてこの場にいる彼以外の全員が、呆気にとられていた。
彼の頭部には、何の防具もつけてない状態で、刃を持つ鉄塊に渾身の力で殴られた・・・・・・にも拘らず、傷一つない。それどころか何のダメージも受けてないように見える。
「もしも・・・・・・もしもだ。
おれがここで暴れて、てめぇらを殺戮してもよ・・・・・・
ここにいる国王軍側にとっては、新たな武勲のネタにありつけ、
そして気に喰わねぇ魔族共にとっても、自分達の下らない計画が無事成就するだけじゃねえのか?」
自分の長い前髪を後ろに掻き上げ、髪型をオールバックにしたタイガは、呆然としている群衆を、その獰猛そうな三白眼で睨みつきながら、演説するよう叫ぶ。
「てめぇらが、この国では暴力こそが日常で、殺戮こそが平常でっ!
容赦なく敵を殲滅するのが自国の自慢で象徴で正義だというのなら・・・・・・」
「おれは、侵略者であるおれ様は粉微塵に『それ』をすり潰す。
ただ絶対的な力を、雑魚共に振るうのも、簡単すぎて、つまらねぇ・・・・・・。
ということで、無抵抗を貫いたまま、不殺非暴力縛りで、
この国のこの世界の最強の座におれ様が君臨してやることが決定しました!!」
「え、あ・・・・・・?」
カチューシャの娘は、怯えたままタイガを見上げている。
実は未だにタイガには、処刑人の斧が接触してあるのだが、彼は意にも介さない。
木材台の奥で、豪奢な椅子にふんぞり返って事の様子を鑑賞していた王冠被りの男が、
「何を傍観している!? さっさと処刑を妨害したその大虚と死刑囚を粛正せよ!」
憤怒を隠さずに、自分の周りに侍らせている騎士達に命令した。
大剣・槍・弓矢・モーニングスター・杖を各々装備している騎士達が、タイガに向かって殺到する。
もちろん処刑人も彼を屠ろうと、もう一度斧を振り上げようとする。
ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、タイガは口元を歪ませた。
「遠慮することはないぜ・・・・・・?
国王軍側だろうが魔族側だろうが、誰を敵を回そうが関係ねぇ・・・・・・かかって来いよ・・・・・・」
次に大空に向けて叫んだ。
「無抵抗主義者が蹂躙する滑稽劇の始まりだっ!!」
ご覧下さりありがとうございました。