EP.61 ストライク
「随分とご機嫌だな」
オースティンの背後に、いつの間にか痩身の男が立っていた。
全身黒衣装のその男こそ、ファントム第1班のリーダー「ホーク」だった。
「なんだお前か。相変わらず気配もさせないで、物騒なヤツだな」
チラリと一瞥だけくれて、再び単眼鏡を覗くオースティン。
「こっちの仕事は済んだぞ」
「早いな。ならもうひと仕事どうだ?」
今度はまったく目もくれずに、口だけで打診するオースティン。
「フン、報酬次第だな」
「まぁそれは心配するな。ここが片付けば晴れてオレも、大貴族並みの金持ちだ、ハハハハ!」
単眼鏡を目から離して高笑い。
「で、何をすればいいんだ?」
「ちょっとばかしうるさい蠅が3匹ほどやってきた。そいつを頼む」
オースティンが顎で方向を示すと、ホークは目を細めて注視する。
「鷹の目」と呼ばれる驚異的視力が、ホークの名前の由来だった。
「無限大か……なるほど、面白い」
「頼めるか?」
「請け負った」
言うなり、一瞬で姿を消すホーク。
さすが、現役ファントムナンバーワンの異名を持つ男だった。
オースティンは傭兵団の団長という立場を利用して、ホークと私的な交流を持ち、色々持ちつ持たれつの関係を続けてきたのだが、今回の出征にあたってもオースティンが個人的に同行を依頼したのだった。
もちろん、その事実はファントムや評議員には秘密だった。
ホークは、便宜上は監視の名目で同行を許可された。
よほど大掛かりな任務でない限り、ホークは単独行動が常なのだった。
そんなホークは、オースティンにとって信用に足る唯一無二の男だった。
「さて、細工は流々仕上げを御覧じろってヤツだな。フハハハハ!」
再び高笑いをして、オースティンは単眼鏡を覗く。
その視界には、無限大のヨシュアを捉えていた。
*
リザードマンたちが、ようやく反撃に転じていた。
氷のドームの陰から一体また一体と時間差で飛び出して、スコルピオンズ陣営の方へ向かう。
分散して崖を迂回することで、スクロールによる被害を最小化する戦術らしい。
そして、湖面に浮いていたリザードマンたちの姿が、いつの間にか消えていた。
仲間が移動させたのか、自力で湖に潜ったのかはわからなかった。
その代わり、再び湖面に波紋が生まれ、新たなリザードマンが出現した。
赤い鎧のリザードマンたち。
リザードマンの上位種である「ハイ・リザードマン」だった。
普通のリザードマンより体格が3割増し程はあるので、威圧感が凄い。
いずれも、魔力を帯びたガントレットを両手に装着し、刃幅の広いファルシオンタイプの剣を持っていた。
おそらくは負傷した個体を村へ戻し、入れ替わりに精鋭を送り込んできたと見るべきだろう。
陸にあがったハイ・リザードマンは驚異的スピードで移動を始めると、既に展開していたリザードマンと合流する形で3体ずつのユニットを組んだ。
ハイ・リザードマンには味方へのバフ効果があるらしく、ユニットを組んだ通常リザードマンまでもが、明らかに動きがよくなるのがわかった。
このユニットは極めて強力で、スコルピオンズの一般兵士レベルでは、到底太刀打ちできなかった。
崖上への導線を塞いでいた兵士6名があっという間に倒された。
リザードマンたちが崖上へ向かおうとする眼前に、スケルトン部隊が立ち塞がった。
*
「イスマイル、頼む」
パーカーの言葉を受けて、イスマイルは腰の鞄から黒い球を4つ取り出す。
そのまま詠唱を始めながら、球を二方向に放り投げた。
二つを崖下へ。
もう二つは崖と湖畔との導線へ。
両手を前に広げて、イスマイルが一層集中して詠唱を続ける。
「召喚!」
イスマイルの全身から魔力が放出されると同時に、黒い球が溶けたように地面に沁み込むと、ほどなくその地面から手の骨が突き出し、地面からスケルトンが這い出してきた。
イスマイルの闇魔法「死霊召喚」は、スケルトンを召喚できるのだ。
黒い球1個につきなんと10体。
合計40体のスケルトン軍団が、スコルピオンズの陣地の壁となり、また新たな歩兵となった。
リザードマンたちが、スケルトン軍団の壁に真っ向からぶつかって行った。
*
「うわっ! なんだ!? いきなりスケルトンが出てきやがったぞ」
「無視しろ、カイル! あの数は厄介だ」
「そうよ。だいいちスケルトンには打撃しか効かないのよ」
「それはそうだが……わかった」
いちいち余計なことに気を取られていてはいけない、とカイルは自重する。
スコルピオンズの指揮官も崖の上にいるだろうと、目星をつけていた。
その辺の勘については、ヨシュアの右に出るものはいないのだ。
だが、そこへ突然スケルトンが湧いて出たのだった。
「ぐわぁッ!!」
そのカイルが、突然吹き飛ばされた。
「カイル!」
ブレンダがカイルに視線を奪われた瞬間――。
「がはっ!」
ブレンダはその場の地面にへばりつくように打ちのめされた。
「これで邪魔者はいなくなったな」
ヨシュアの前に立ちはだかったのは、痩身の黒衣装。
この衣装には見覚えがある。
ちょっと前までに何度かやりあった、あの連中と同じ衣装だった。
「ファントムか……」
ヨシュアの言葉が聞こえたのか、相手はニヤリと笑った。
「ホークだ。お前を殺しに来た」
恐ろしく腕が立つのは今の一瞬でよくわかった。
今までのヤツとはどうやら格が違うらしい。
どうにかしてカイルとブレンダを回復する隙を作らなくては。
ヨシュアのそんな焦りを、ホークは見逃さなかった。
「シュッ」
瞬足か、と思われるほどの強烈なダッシュ力で一直線に突っ込んできたかと思ったら、急に視界から消えた。
「バカな!」
瞬足はわずか一足のみの急加速スキル。
一直線にしか動けない制約があるはずだ。
途中で姿を消すなど、ありえない――。
「ぐあっ!」
右脇腹にモロに蹴りを食らってしまった。
もう少しズレていれば肝臓直撃だった。
瞬時に自らも横に飛んで衝撃を和らげたものの、それをも見越して追撃が来る。
厄介なのは両手に持った長めのナイフだ。
おそらく毒が塗ってある。
ヨシュアの勘と鼻がそう告げていた。
ちょっとした掠り傷さえ致命傷になりかねない。
「くそっ!」
思わず悪態を吐きながら必死に回避に専念する。
ファントムのくせに、おかしな術を使わないのも要警戒だった。
「さすが未来のSランク候補。いい動きだ」
余裕がある口ぶりに、ヨシュアは焦り、苛立つ。
だが、決して表情に出すまいと歯を食い縛って耐える。
「だがその未来はない」
ホークの片方の唇の端だけが異様に吊り上がる、気味の悪い笑い方。
その時、目の前の地面から巨大な何かが飛び出してきた。
巨大ミミズだ!
こいつだけじゃない、他にもいる。
気配と音でわかる。
何匹もの巨大ミミズがここに集まってきたのだ。
「とんだ邪魔が入った……また後でな」
そう言うと、ホークは後退していった。
ヨシュアでも目で追えるぐらいに、のんびりとした動きで。
「ふぅ~っ」
大きく溜息をつくと、ヨシュアは急いで仲間の回復に向かった。
*
「くそっ、キリがない。なんなんだこのガイコツどもは!」
デイルは、崖下でスケルトン軍団とやりあっていた。
すぐ近くでは、リザードマンたちも戦っていた。
少し前には敵だったリザードマンと、今は並んで共通の敵と戦っていることに、なんとも妙な気分が拭えないデイル。
単騎で突っ込んでしまったため、あまり無茶な立ち回りができないもどかしさも加わって、徐々に焦りが生じてくる。
スケルトンの横を、すり抜けようとしてもすぐに回り込まれてしまう。
ちょっとでも深入りして、ぐるっと囲まれたら一巻の終わりだ。
そもそもデイルの剣ではスケルトンに致命傷を与えるどころか、僅かなダメージすら通すことができないのだった。
だからといって魔法を使うにしても、使いどころが難しい。
スケルトンに魔力を使って、本命のオースティンにむざむざやられるなどというマヌケな事態だけは、絶対に避けなければならなかった。
パカーン!
すぐ隣で、ものすごい爽快な音が響いた。
ボウリングでストライクを取った音と言えばわかるだろうか。
もちろんこの世界にボウリングなどというものは存在しないのだが。
「力を貸すよ、おじさん」
くるくるくるっと回転して地面に下り立ったのは、あの護衛の冒険者だった。
「おいらはサム。あっちがスパイク」
サムと言う子供(?)が指差した方にいたのは、大きなゴリラだった。
呆気に取られていると、サムとゴリラはよくわからない連携技を放った。
サムが回転しながら飛んでいって、そのままスケルトンに命中。
パカーン!
スケルトンはバラバラの粉々に飛び散った。
「なんだ……オレはいったい何を見ているんだ?」
茫然と立ち尽くすデイルを完全に無視して、スケルトンボウリングを繰り返すサム&スパイク。
そのうち、複数重なったところへ打ち込むことまで覚えだし、破壊効率が上がっていった。
パッカーーン!!





