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世界への第一歩

「ついに来た……」


汽車を降りた瞬間、僕は立ち止まった。


人が多い。本当に多い。


目の前を旅人が横切り、荷車が通り過ぎ、その向こうでは色々な店が何かを売っている。


視界が忙しく、どこを見ればいいのかわからない。これ本当に駅なのか。


「さっさと降りろ!」


背中から怒鳴られて、ようやく我に返った。


「あ、すみません!」


慌てて人の流れに乗る。


だけど数歩進んだところで、また足が止まった。


駅がでかすぎる。故郷の宿屋が何軒入るんだこれ。


天井なんて見上げても終わりが見えない。


「とんでもないな……」思わず笑ってしまう。


旅人たちから何度も聞かされていた。グランパッセはすごい街だと。


だけど全然足りなかった。聞くのと見るのじゃ大違いだ。


「いてっ」肩がぶつかった。


振り返る間もなく、別の誰かが横を通り過ぎる。


人の流れが速い。というか速すぎる。


みんな急いでいる。僕だけ置いていかれている気がした。


「都会って怖いな……」そう呟きながらも、口元は緩んでいた。


楽しい。圧倒されているのに。


人混みに流され続けていると、出口が見えてきた。


その向こうから光が差し込んでいる。あの先がグランパッセ。


宿屋に泊まっていた旅人たちが語っていた街。


世界の交差点。僕がずっと憧れていた場所。


胸が高鳴るの感じる。


本当にここまで来たんだ。


僕は一度目を閉じ、そのまま出口を出た。


目を閉じていても光が入ってくる。


3つ数えて目を開けよう。


「1,2...」


「おい!出口で止まるな!」大きな声と同時に背中を押された。


「うわっ!?」前につんのめる。


反射的に目を開く。


その瞬間。


「……」


言葉を失った。


空が広い。石造りの建物が並び、その間を無数の人々が行き交っている。


道は綺麗に整備され、たくさんの屋台が並んでいる。遠くにはシンボルの時計塔が見える。


見上げるほど大きな街が、どこまでも続いていた。


「これが……」


胸が熱くなる。


「グランパッセ……」


知らない世界が、目の前にあった。


しばらく立ち尽くしていた僕だったが、いつまでも感動しているわけにもいかなかった。


今日から僕は、この街で働くのだ。といっても今日は顔合わせや説明だけだけど。


時計を確認する。


まだ十時。


集合時間は十三時だ。


「早く来すぎたな」


せっかくなら街を見て回りたい。そう思ったところで、すぐに考え直した。


「いや、待て」


こんな大きな街だ。まず会社の場所を確認しないと話にならない。


僕は鞄から案内地図を取り出した。


『グランパッセ駅より徒歩二十分』


『中央広場駅より徒歩三分』


ふむ。思ったより駅から遠い。


まあ時間はある。


街も見てみたいし、歩いて向かうことにした。


そして三十秒後。


「……どっちだ?」


迷った。


地図を見ても全然わからない。道が多すぎる。


というか地図に書いてある情報量がおかしい。


地図をくるくる回してみる。


やっぱりわからない。


地図が悪いのか。僕が悪いのか。


たぶん後者だ。


「そこの兄ちゃん。新入りだな」


突然声をかけられた。


振り向くと、屋台の向こうから大柄なおじさんがこちらを見ていた。


「わかります?」


「わかるわかる。地図見て固まってる奴は大体そうだ」おじさんは豪快に笑う。


少し恥ずかしい。


「今日初めて来たんです」


「だろうな。どこ行きてぇんだ?」


「ここです」


地図を見せる。


おじさんは一瞬で理解したようだった。


「ならこの大通りを真っ直ぐだ。でっけぇ広場があるからそこまで行け」


「広場?」


「ああ。噴水と石像がある。嫌でもわかる」


地図の真ん中に描かれた大きな円を指差した。


中央広場。


名前からして中心地っぽい。


「広場まで行けば会社も近いぞ」


「ありがとうございます!」


「それと」


おじさんがニヤリと笑った。


「広場の近くに赤い屋根のパン屋がある」


「パン屋?」


「昼前には行列ができる。グランパッセで知らねぇ奴はいねぇ」


そんなことを言われたら気になるじゃないか。


「絶対行きます」


「よし」おじさんは満足そうに頷いた。


そのときだった。


ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


僕の視線は自然と屋台へ向いていた。


「気になるか?」


「めちゃくちゃ気になります」


正直さっきからずっと気になっていた。


「これはタンパオってんだ」


おじさんが取り出したのは、こんがり焼き色の付いた丸いパンだった。


湯気が立っている。


見るからに美味そうだ。


「タンパオ……」


聞いたことがある。


宿屋に泊まった旅人が話していた。


グランパッセに来たら絶対食べろ、と。


「知ってるのか?」


「実家が宿屋なんです。お客さんがよく話してました」


「なるほどな」


おじさんは笑うと、一つ手渡してきた。


「ほら」


「え?」


「祝いだ。持ってけ」


「いいんですか!?」


「いいから食え」


僕は遠慮なく受け取った。


包み紙越しにも熱が伝わってくる。


たまらない。


「いただきます!」


一口かじる。


次の瞬間。


肉汁が溢れた。香ばしい生地の中から、旨味が一気に押し寄せてくる。


「うまっ!」気づけば叫んでいた。


通行人がちらりとこちらを見る。


でも仕方ない、これは叫ぶ一品だ。


「だろ?」おじさんが得意げに笑った。


僕は何度も頷く。


この味は忘れない。絶対に。


「ありがとうございました!」


元気よく頭を下げる。


「おう。頑張れよ新人」


その言葉に背中を押されるように、僕は再び歩き出した。


行き交う人々の間を縫って進む。


鐘を鳴らしながら路面電車が横を通り過ぎた。


道端では楽団が演奏している。


知らない食べ物、知らない服装、知らない景色。


歩くだけで世界が広がっていく。


タンパオを頬張りながら、僕は中央広場へ向かった。



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