第7話 覚醒街
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夜の秋葉原。
ネオンが通りを照らしている。
電気街。
アニメショップ。
ゲームセンター。
メイド喫茶の看板。
侵略者による傷跡は残っているものの、いつもの秋葉原の風景。
だが。
少しだけ違う。
通りを歩く人々の中に、
普通ではない者たちが混ざっていた。
自動販売機の前。
若い男が手をかざす。
カチッ。
商品ボタンに触れていない。
だが。
ペットボトルが勝手に落ちてきた。
念動。
男はそれを受け取って歩いていく。
別の場所。
歩道橋の上。
青年が柵に足を掛ける。
次の瞬間。
軽く跳んだ。
普通なら三メートルは落ちる高さ。
しかし。
着地は静かだった。
身体強化。
そのまま人混みに紛れる。
中央通りの歩道。
女子高生がスマートフォンを見ている。
その指先。
小さな火が灯る。
一瞬だけ。
すぐに消える。
だが。
近くにいた男がそれを見ていた。
少し距離を取る。
恐れているわけではない。
しかし。
関わらない方がいい。
そういう空気が、この街にはあった。
覚醒者。
普通の人間。
両方が同じ通りを歩いている。
中央通りの上空。
巨大な電光看板が光る。
ネオンの下。
秋葉原は、静かに姿を変え始めていた。
覚醒者。
この街には、彼らが増えつつあった。
その光景を――
高い場所から見下ろしている男がいた。
ラジオ会館。
その屋上。
夜風の中に、黒いコートが揺れる。
黒崎蓮司。
通称、黒獣。
両手をポケットに入れたまま、街を見下ろしている。
視線は静かだ。
怒りも、興奮もない。
ただ観察している。
ネオン。
人の波。
覚醒者たち。
黒獣が、ぽつりと言った。
「……増えてきたな」
その背後。
屋上の影の中。
数人の人影が立っている。
女が一人、ナイフを指で回している。
大柄な男が腕を組んでいる。
もう一人の女が楽しそうに街を見ている。
そして、端末を操作している少年。
だが、誰も何も言わない。
全員が同じ方向を見ている。
秋葉原。
黒獣が作った街。
ネオンの海の中で、
覚醒者たちが歩いている。
黒獣は小さく笑った。
「悪くねえ」
中央通りから一本外れた細い路地。
ネオンの光が、濡れたアスファルトに滲んでいる。
自動販売機の前。
数人の男が立っていた。
どれも若い。
服装もバラバラだ。
だが、共通していることがある。
全員――覚醒者だ。
一人の男が指先で火を弄ぶ。
小さな炎。
消えたり、灯ったりする。
別の男が言う。
「最近、増えたよな」
炎の男が鼻で笑う。
「当たり前だろ」
「黒獣が呼んだんだから」
壁にもたれていた男が言う。
「他の街じゃ面倒だしな」
「覚醒者ってバレたらすぐ通報」
「会社クビ」
「学校退学」
吐き捨てるような口調。
別の男が言う。
「でもここは違う」
炎の男が頷く。
「ああ」
少し間。
「黒獣がいる」
その名前が出た瞬間。
空気が少し変わる。
冗談ではない。
誰も笑わない。
壁にもたれていた男が言う。
「見たことあるか?」
炎の男が首を振る。
「ねえ」
別の男が言う。
「でも」
路地の奥。
ラジオ会館の方向を顎で指す。
「いるんだろ」
少し沈黙。
炎が揺れる。
男が言う。
「……ああ」
小さく。
「この街の王だ」
中央通りからさらに外れた細い路地。
人通りは少ない。
ネオンの光も、ここまでは届かない。
暗い。
その路地で、鈍い音が響いた。
ドスッ。
地面に倒れたのは、若い男。
二十歳前後。
服は少し汚れている。
その腕が震えていた。
小さな火花が散る。
覚醒能力。
それを見下ろしているのは、三人の男。
普通の人間だ。
一人が言う。
「ほら見ろ」
「やっぱ覚醒者じゃねえか」
別の男が蹴る。
ドスッ。
倒れた男が呻く。
「やめ……」
言葉は途中で止まる。
また蹴られる。
「覚醒者は危ねえんだよ」
「ニュース見てねえのか?」
鉄パイプを持っている男が言う。
「ここから消えろ」
倒れている男の手が震える。
火花がまた散る。
パチッ。
それを見て、男たちが一歩下がる。
「ほら!」
「危ねえだろ!」
鉄パイプが振り上げられる。
その時。
声がした。
「おい」
低い声。
全員が振り向く。
路地の入口。
暗闇の中に、一人の男が立っていた。
背の高い男。
黒いコート。
ゆっくりと歩いてくる。
足音は静かだ。
男たちが顔をしかめる。
「誰だよ」
黒いコートの男は答えない。
ただ倒れている男を見ている。
その腕の火花。
覚醒能力。
そして。
小さく言った。
「覚醒者か」
鉄パイプの男が言う。
「そうだよ」
「危ねえから追い出してんだ」
黒いコートの男が、ゆっくり顔を上げる。
その目。
鋭い。
男たちが一瞬、言葉を止める。
黒いコートの男が言う。
「危ねえ?」
一歩前へ出る。
「じゃあ」
次の瞬間。
拳が動いた。
ドゴッ。
鉄パイプの男の体が横に吹き飛ぶ。
路地の壁に叩きつけられる。
残りの二人が凍りつく。
黒いコートの男は、何も変わらない表情で言う。
「俺も危ねえな」
沈黙。
男たちは顔を見合わせる。
そして。
ようやく気付く。
その男が誰なのか。
一人が小さく呟く。
「……黒獣」
その瞬間。
二人とも顔色が変わる。
黒獣はもう男たちを見ていない。
倒れている覚醒者の前でしゃがむ。
震えている。
火花がまだ散っている。
黒獣が言う。
「ここに来た理由」
少し間。
「分かってるだろ」
覚醒者の男が、震えながら頷く。
黒獣が立ち上がる。
路地の外。
秋葉原のネオンが見える。
黒獣が言った。
「ここでは」
「好きに生きろ」
覚醒者の男は、ただ黒獣を見上げていた。
「ただし」
少し間。
視線がゆっくりと辺りを見渡す。
その目は鋭い。
「ルールは守れ」
空気が変わる。
黒獣が言う。
「殺すな」
「覚醒者同士で差別なんかするんじゃねぇ」
覚醒者の男は頷く。
黒獣が手を差し伸べる。
そして言う。
「そして、好きに暴れろ」
少し笑う。
「能力は使え」
覚醒者の男も、つられて笑う。
「最高の街ですね」
黒獣は何も言わない。
この街は今、
覚醒者の街になりつつあった。
中央通りから少し外れた電気街。
その通りの一角で――
空気が張り詰めていた。
十数人の覚醒者が、互いに向かい合っている。
一方は五人ほど。
もう一方は七、八人。
どちらも、荒れた雰囲気だ。
通りの店のシャッターは、半分降ろされている。
店主たちは様子を窺っていた。
覚醒者の一人が言う。
「ここは俺たちのシマだ」
別の男が鼻で笑う。
「は?」
「ここは秋葉原だろ」
「シマなんてねえよ」
空気がさらに険しくなる。
一人の男の腕が光る。
パチッ。
青い電撃が走る。
別の男の手のひらに炎が灯る。
「やんのか?」
周囲の覚醒者たちが後ろへ下がる。
巻き込まれたくない。
だが、止める者もいない。
炎が大きくなる。
電撃が弾ける。
次の瞬間。
ドォンッ!!
衝撃音。
地面が揺れた。
覚醒者たちの動きが止まる。
全員が同時に、上を見る。
ビルの上。
ネオン看板の影。
そこに――
一人の男が立っていた。
黒いコートが夜風に揺れる。
黒獣。
次の瞬間。
その体が落ちた。
ドンッ!!
強い衝撃とともに、もめていた覚醒者らの間に着地した。
アスファルトがわずかに砕ける。
覚醒者たちが、完全に固まる。
黒獣はゆっくり顔を上げる。
周囲を見渡す。
炎。
電撃。
緊張した覚醒者たち。
そして言った。
「……お前ら、うるせえな」
その声は低かった。
しかし、通りにいた全員に聞こえた。
誰も動かない。
黒獣が一歩前へ出る。
「喧嘩するなとは言わねえ」
少し間。
通りの店を見る。
ゲームショップ。
飲食店。
看板。
そして、覚醒者たちを見た。
「だがな」
低い声。
「店は壊すな」
沈黙。
「店壊したら」
視線が鋭くなる。
「この街が死ぬ」
誰も反論しない。
黒獣が続ける。
「この街を守れない奴は出ていけ」
「それがルールだ」
それだけだった。
しかし――
それで十分だった。
炎を出していた男が、手を下ろす。
電撃を出していた男も、舌打ちしながら腕を下げた。
周囲で見ていた覚醒者の一人が言う。
「さすが黒獣だな」
別の男が笑う。
「この街の王だ」
黒獣はもう彼らを見ていない。
ネオンの向こう。
秋葉原の街を見ている。
この街は今。
黒獣の街だった。
モニターが並ぶARC作戦本部。
壁一面の大型ディスプレイには、日本地図が表示されている。
その中で。
赤いマークが一つの場所に集中していた。
秋葉原。
部屋の中央。
神谷一佐が立っている。
腕を組み、画面を見ていた。
横にいる隊員が報告する。
「覚醒者の流入が止まりません」
別のモニターに、街の映像が映る。
秋葉原。
ネオン。
人の流れ。
その中に混ざる、覚醒者たち。
隊員が続ける。
「ここ二週間で確認された覚醒者だけでも三十人以上」
「実際はもっと多いと思われます」
神谷一佐が小さく息を吐く。
「……黒獣か」
その名前に、空気が少し重くなる。
隊員が言う。
「例の宣言です」
モニターに映像が出る。
テレビジャック。
黒獣の姿。
「覚醒者は秋葉原に来い」
映像が止まる。
神谷一佐が言う。
「見事に集めやがったな」
隊員が頷く。
「はい」
少し間。
「秋葉原は現在、覚醒者の集積地になりつつあります」
別の隊員が言う。
「警察はおろか、我々も手を出しにくい状況です」
理由は明白だ。
覚醒者が多すぎる。
神谷一佐がモニターを見る。
秋葉原。
ネオンの街。
そして静かに言った。
「危険な街になったな」
部屋が静かになる。
その時。
別の隊員が言う。
「ですが」
少し迷うように続ける。
「殺人事件はほとんど起きていません」
神谷一佐が振り向く。
「……ほう」
隊員が説明する。
「黒獣が制裁しているようです」
「殺人は禁止」
「違反者は追放」
神谷一佐が少し笑う。
「犯罪者が治安維持か」
モニターの秋葉原を見る。
ネオン。
覚醒者。
そして。
ラジオ会館。
神谷一佐が小さく言った。
「皮肉なもんだな」
HIVEの観測室でも同様に、壁一面のスクリーンに、日本地図が映し出されている。
その地図の上に、淡い光の粒がいくつも浮かんでいた。
マナ反応。
観測データだ。
中央の大型モニターの前で、リゼリアが腕を組んでいる。
長い銀髪が肩に落ちている。
その横で、悠真が画面を見上げていた。
「……増えてるな」
モニターの一点。
秋葉原。
そこに光が集中している。
リゼリアが言う。
「はい」
操作パネルを指でなぞる。
画面が拡大される。
秋葉原。
その周辺に、いくつものマナ反応。
悠真が眉をひそめる。
「覚醒者ですか」
リゼリアが頷く。
「おそらく」
少し間。
「黒獣の呼びかけの影響でしょうね」
悠真はモニターを見つめる。
ネオンの街。
そこに集まる覚醒者たち。
「覚醒者の街、か……」
小さく呟く。
リゼリアが続ける。
「ただ」
悠真が顔を上げる。
「ただ?」
リゼリアは少し考えるように画面を見る。
そして言う。
「それとは別に、マナ濃度の上昇が早すぎるわ」
悠真が首を傾げる。
「覚醒者が集まってるからじゃないんですか?」
リゼリアが首を横に振る。
「それだけでは説明できない」
画面に表示される数値。
ゆっくりだが、確実に上がっている。
リゼリアが静かに言う。
「これは」
少し間。
「自然な増加ではないわ」
悠真がモニターを見る。
秋葉原。
ネオン。
人の流れ。
その街に、覚醒者が集まっている。
悠真が言った。
「……嫌な感じですね」
リゼリアは何も答えなかった。
ただ、画面を見つめていた。
悠真は立ち上がり、伸びをしながら言った。
「ちょっとヴェスパーで見てきます」
秋葉原上空にヴェスパーが飛来する。
背部の光翼が淡く輝いている。
ゆっくりと高度を落としながら、街の上を滑るように飛んでいた。
複眼バイザーの視界に、秋葉原の街が広がる。
ネオン。
看板。
人の流れ。
その中に混じる――
覚醒者。
SARAの声が響く。
『周辺マナ反応を確認』
『覚醒者推定数、四十七』
ヴェスパーが言う。
「多いな」
『はい』
『観測開始以降、継続的に増加しています』
ヴェスパーが街を見下ろす。
中央通り。
歩く人々。
その中に。
能力を隠さない覚醒者たちがいる。
炎。
浮遊。
異常な身体能力。
そして。
それを見ても、誰も騒がない。
避ける。
距離を取る。
だが。
街は普通に動いている。
ヴェスパーが言う。
「……妙だな」
『何がでしょう』
「覚醒者がこれだけいるのに」
ネオンの街を見る。
「街は回ってる」
少し間。
SARAが答える。
『犯罪発生率は通常都市と大差ありません』
ヴェスパーが小さく息を吐く。
「黒獣か」
沈黙。
その名前は、もう隠す必要がない。
この街の中心。
ラジオ会館。
ヴェスパーがそちらを見る。
ネオンの向こう。
高い建物。
その屋上。
SARAが言う。
『現在、ラジオ会館周辺に高密度マナ反応を確認』
『覚醒者複数』
ヴェスパーはしばらく黙っていた。
そして言う。
「行ってみるか」
ヴェスパーの機体が、静かに進路を変えた。
ラジオ会館へ向かって。
ラジオ会館の屋上に、黒獣は立っていた。
両手をポケットに入れたまま。
秋葉原の街を見下ろしている。
中央通り。
ネオン。
人の流れ。
覚醒者たち。
その背後には、数人の覚醒者の影。
だが誰も話さない。
黒獣はただ街を見ている。
その時。
空から、かすかな風切り音がした。
黒獣の目が少しだけ動く。
遠くの上空に、小さな機影があった。
ヴェスパー。
秋葉原の上を飛んでいる。
黒獣はその姿を見つめる。
白い機体。
蜂のようなシルエット。
しばらく黙って見ていた。
そして。
黒獣の口元が、少しだけ歪む。
小さく言う。
「……来たか」
隣に立っていた覚醒者が空を見る。
「あれが」
小さく呟く。
「ヴェスパー……」
黒獣は何も言わない。
ただ、街を見ている。
秋葉原。
覚醒者の街。
ネオンの海の中。
二つの存在が、その街を見下ろしていた。
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明日もお待ちしています。
現在、別作品として
『不遇スキル【球術】の俺は、均形鍛冶の少女とダンジョンを攻略する』
というダンジョンファンタジーも連載しています。
意味不明と言われたスキル【球術】で戦う主人公と、鍛冶職の少女がダンジョンを攻略していく物語です。
もしよろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




