第21話 アダプト
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夕方の銀座。
中央通りは歩行者で賑わっていた。
買い物客。
観光客。
海外からの旅行者。
ショーウィンドウの前で写真を撮る人々。
カフェのテラス席で談笑するグループ。
平日とは思えないほど、人が多い。
信号が変わる。
人の流れが交差点を渡り始めた。
その時だった。
空気が歪んだ。
交差点の上空。
透明な空間が、ゆっくりと揺れる。
まるで空気が溶けているようだった。
最初に気づいたのは、スマートフォンを構えていた観光客だった。
「……?」
空を見上げる。
歪みは、すぐに広がった。
丸い形を作る。
歪曲球体。
空間の裂け目。
ざわめきが広がる。
「あれ……」
「ニュースのやつじゃない?」
「まさか」
人々が立ち止まり、空を見上げる。
その中心が、ゆっくりと開いた。
次の瞬間。
影が落ちた。
黒い影。
それは空から落下してきた。
――衝撃。
銀座の道路に着地する。
アスファルトが砕け、破片が跳ね上がる。
人々の悲鳴が上がった。
そこに立っていたのは――
機械の獣だった。
狼のような形。
だが、生き物ではない。
金属の装甲。
細い脚。
長い尾。
高さは約五メートル。
人間の倍以上。
しかし巨大怪獣ほどではない。
赤いモノアイが光る。
低い駆動音。
「オォォン……」
その頭がゆっくりと動く。
銀座の街。
無数の人間。
それらを観察するように見渡した。
一瞬の静寂。
そして。
次の瞬間。
狼型の脚が地面を蹴った。
爆発的な加速。
一瞬で十数メートルを跳ぶ。
交差点を横切り、停まっていた車の屋根へ着地した。
車体が潰れる。
「キャアアア!」
悲鳴。
パニック。
人々が一斉に走り出す。
スマートフォンが落ちる。
買い物袋が散らばる。
狼型はその様子を見ていた。
まるで観察するように。
そして。
再び跳ぶ。
今度はビルの壁へ。
鋭い脚が外壁を掴む。
そのまま数メートルを駆け上がる。
人々がさらに悲鳴を上げた。
誰かが叫ぶ。
「逃げろ!」
狼型はビル壁から再び跳躍する。
その動きは、信じられないほど速かった。
まるで獲物を探す狩人のように。
銀座の街を駆け回り始めた。
人々が一斉に逃げ出す。
悲鳴。
怒号。
落ちた買い物袋が踏みつけられ、道路に散らばる。
狼型の機械生命体は、ビルの壁から飛び降りた。
――着地。
アスファルトが砕ける。
赤いモノアイがゆっくりと動いた。
逃げ惑う人々。
それを追うような動きはしない。
ただ、街の中を走る。
観察するように。
そして。
次の瞬間。
交差点の中央で、空間が歪んだ。
青白い光。
地面に幾何学模様が浮かび上がる。
魔法陣。
転移陣。
光が弾けた。
そこに現れたのは、数台の装甲車だった。
ARC部隊。
ドアが開く。
隊員たちが飛び出した。
すぐに状況を確認する。
その中央に、神谷がいた。
神谷は交差点の向こうを見た。
ビルの壁を駆け上がる狼型。
細い機体。
異様な速度。
神谷が低く言う。
「……新型か」
その瞬間。
狼型が屋上から跳躍した。
ビルからビルへ。
軽々と数十メートルを飛ぶ。
神谷の隣にいた隊員が言った。
「速い……」
神谷は即座に判断した。
「重火器は禁止」
隊員が振り向く。
「ですが――」
神谷は短く言った。
「ここは銀座だ」
周囲にはまだ人がいる。
逃げ遅れた人々。
観光客。
車。
建物。
ミサイルも、ロケットランチャーも使えない。
神谷は通信を開いた。
「全隊」
落ち着いた声。
「避難誘導を優先」
隊員たちが動き出す。
「こちらARC!」
「落ち着いてください!」
「南側へ避難してください!」
拡声器の声が響く。
警察と連携。
通行止め。
人の流れを誘導する。
その間にも。
狼型は街を駆けていた。
看板を踏み、ビルの壁を駆け上がる。
屋上へ。
そして。
次の瞬間。
その赤いモノアイが、ゆっくりと街の上空を見上げた。
神谷もそれに気づく。
空。
何かを探すような視線。
神谷が小さく呟いた。
「……まさか」
その時。
遠くで、別の警報が鳴った。
ARCの通信だった。
『転移陣反応、増大』
神谷は空を見上げる。
その意味を、理解していた。
「来るぞ」
黄色い影が。
HIVE。
地下格納庫。
巨大なモニターに、銀座の映像が映っていた。
ライブ映像。
逃げ惑う人々。
街を駆ける機械の獣。
狼型の機体。
その姿を、悠真は黙って見ていた。
「……小さい」
思わず口から出る。
画面の中の敵は、これまでの開拓獣と違っていた。
アルファ型のような巨大怪獣ではない。
ベータ型のような要塞でもない。
高さは五メートルほど。
しかし。
動きが異様だった。
ビルの壁を駆け上がる。
屋上から屋上へ跳ぶ。
まるで生きた狼のような機動。
SARAの声が響く。
『対象分析』
『既存個体と構造が異なります』
リゼリアが腕を組んだ。
モニターを見つめる。
「侵略型じゃ、ない!?」
悠真が振り向く。
「違うんですか?」
リゼリアは頷く。
「アルファ型は都市破壊」
「ベータ型は制圧」
そして画面を指す。
「でも、これは違う」
狼型が、ビルの屋上に着地する。
赤いモノアイが光る。
その視線が、ゆっくりと街の上空を見上げた。
リゼリアが言う。
「おそらく、アダプト型」
悠真が聞き返す。
「アダプト型?」
リゼリアは小さく息を吐いた。
「戦闘型の開拓獣よ。対ヴェスパーに、動きを変えてきているのかも」
その言葉で、空気が少し変わる。
悠真はもう一度画面を見る。
狼型の機械生命体。
街の中を駆け回る。
人間には目もくれない。
まるで――
何かを待っているように。
悠真が小さく笑う。
「完全に」
「呼ばれてますね」
リゼリアが言う。
「そう」
「罠かもしれない」
悠真は肩を回した。
「でも」
ヴェスパーを見上げる。
黄色い機体。
二メートルの魔導機兵。
悠真が言う。
「行かないと」
リゼリアは一瞬だけ黙る。
それから言った。
「死ぬな」
悠真は苦笑した。
「善処します」
ドローンが展開する。
六機。
空中に光が走る。
転移陣。
SARAの声。
『転移座標設定』
『銀座上空』
悠真は深く息を吸った。
「行こう」
光が強くなる。
次の瞬間。
黄色い機体は、光の中へ消えた。
銀座の街は、混乱に包まれていた。
人々が通りを逃げていく。
警察のサイレン。
ARC隊員の拡声器。
「落ち着いてください!」
「南側へ避難してください!」
その上空。
ビルの間の空が、歪んだ。
青白い光。
六つの光点が空中に浮かび上がる。
蜂型ドローン。
それらが空中で位置につく。
幾何学模様が描かれる。
魔法陣。
次の瞬間。
光が弾けた。
そこに現れたのは――
黄色い人影だった。
ヴェスパー。
二メートルの機体が、空中に姿を現す。
そのままビルの屋上へ着地した。
コンクリートの屋上。
ヴェスパーはゆっくりと立ち上がる。
SARAの声。
『転移完了』
『戦闘区域:銀座』
悠真は街を見下ろした。
逃げていく人々。
ARCの車両。
そして。
ビルの向こう。
黒い影が動く。
次の瞬間。
それは屋上へ跳んできた。
――着地。
金属の脚が屋上に食い込む。
狼型。
細身の機械生命体。
赤いモノアイが光る。
アダプト型。
高さ五メートル。
ヴェスパーの二倍以上。
その機体は、動かなかった。
ただ。
ヴェスパーを見ていた。
まるで確認するように。
悠真が小さく呟く。
「……やっぱり」
「俺待ちか」
アダプト型の頭が、わずかに傾く。
赤いモノアイが細く光る。
低い駆動音。
「オォォン……」
SARAが言った。
『敵個体』
『戦闘対象をヴェスパーに固定』
悠真が構える。
スティンガーブレードが展開する。
金属音。
腕部装甲が開く。
銀色の刃が伸びる。
悠真が言う。
「いいよ」
「相手になってやる」
その瞬間。
アダプト型の脚が動いた。
爆発的な加速。
黒い影が一直線に迫る。
戦闘が始まった。
五メートルの機体が、爆発的な速度で突っ込んでくる。
悠真が反応する。
「速――」
言い終わる前に、目の前から消えた。
次の瞬間。
背後。
SARAが叫ぶ。
『後方!』
悠真が振り向く。
アダプト型の爪が振り下ろされる。
ヴェスパーは咄嗟に跳んだ。
――衝撃。
屋上のコンクリートが砕ける。
瓦礫が飛び散った。
悠真が息を呑む。
「速い……!」
アダプト型はすでに動いていた。
脚部が屋上を蹴る。
ビルの外壁へ跳躍。
そのまま壁を駆け上がる。
垂直の壁を、四本の脚で走る。
悠真が言う。
「マジかよ」
アダプト型が再び跳んだ。
ビルの壁から屋上へ。
そして。
ヴェスパーへ一直線。
悠真が叫ぶ。
「スティンガー!」
刃が閃く。
スティンガーブレードが横薙ぎに振られる。
だが。
アダプト型は、その瞬間に体を捻った。
刃が空を切る。
黒い機体が、ヴェスパーの横を通り過ぎた。
「外した!」
アダプト型は着地する。
屋上の端。
赤いモノアイが光る。
その視線は、じっとヴェスパーを見ていた。
まるで――
観察しているように。
SARAの声が響く。
『敵個体』
『戦闘パターン解析中』
悠真が呟く。
「解析?」
その瞬間。
アダプト型が再び動いた。
今度は横方向。
ビルの看板を踏み台にし、壁を駆ける。
そして。
上空から襲いかかった。
鋭い爪が振り下ろされる。
悠真が腕を上げる。
金属音。
衝撃。
ヴェスパーが数メートル吹き飛ばされた。
屋上を滑る。
悠真が歯を食いしばる。
「くそ……」
視線を上げる。
アダプト型は、また距離を取っていた。
屋上の端。
風の中で静かに立つ。
赤いモノアイが光る。
悠真を、じっと見ていた。
赤いモノアイが、静かに光っていた。
銀座のビル屋上に、風が吹き抜けていく。
悠真が呟く。
「……来ない?」
さっきまでの猛攻が嘘のようだった。
アダプト型は距離を取ったまま、動かない。
SARAの声が響く。
『戦闘ログ解析』
『敵個体、戦闘パターンを記録中』
悠真が眉をひそめる。
「記録?」
SARAが続ける。
『敵行動を分析』
『戦術データ収集中の可能性』
悠真はアダプト型を見る。
その姿は、確かに戦うためだけの機体に見えた。
無駄な動きがない。
人間にも興味を示さない。
ただ。
ヴェスパーだけを見ている。
悠真が小さく息を吐く。
「なるほどな」
理解した。
「こいつ」
スティンガーブレードを構える。
「やっぱり、俺を狩るためのやつか」
アダプト型の頭が、わずかに傾いた。
まるでその言葉に反応するように。
次の瞬間。
脚が屋上を蹴った。
黒い影が空へ跳ぶ。
ビルの外壁へ。
そして。
そのまま街の奥へ駆けていく。
悠真が叫ぶ。
「逃げた!?」
SARAが答える。
『撤退行動を確認』
悠真が呟く。
「データを取り終えたってことか……」
遠くのビルの屋上。
黒い影が、一瞬だけ見えた。
赤いモノアイが光る。
そして。
その姿は、街の中へ消えていった。
銀座の空に、静けさが戻る。
だが。
悠真は確信していた。
「……また来るな」
SARAが言う。
『高い確率です』
悠真はビルの端から街を見下ろした。
逃げ惑っていた人々。
ARCの隊員。
そして。
巨大な都市。
そのどこかで。
あの機械の獣は、まだ動いている。
次の戦いのために。
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