吟遊詩人
暦の上では春だというのにまだ肌寒い日のこと。
行く先は北方の最果て。逆に冬を追うような旅だった。
街道を行く者たちには暗黙のルールがある。
休憩地ではお互いを詮索しない。トラブルを起こさない。場合により協力する。綺麗に使い、後片付けをきちんとする。
しない場合、罰則があるわけではないが目撃されれば途端に悪い噂が出回る。同時に休憩を断られることも珍しくはない。
はじめのころの色々あったからか他の旅人が同時に休憩地にいると気になる。
誰かの気配に視線を向ければ、一人とロバが休憩所の入り口に立っていた。
こちらを不思議そうに見たその旅人は楽器を背負っている。
各地を旅する吟遊詩人はよく遭遇するものたちだ。吟遊詩人は総じて明るく気さくでとても好奇心が旺盛だ。
ただし、よく知ると大体偏屈で変人であることが多い。
俺なら一日くらいつきあえるが、その後同行出来るかはその吟遊詩人による。他の気の短い連中なら1時間も無理だろう。
ロバを連れた吟遊詩人は端にちんまりと陣取ると楽器を外し、外套を脱いで地面に敷いた。
「かわいい子がいる」
ふと口から言葉がこぼれていた。
疲れ切っていたはずなのに、皆が顔をあげた。妙に連携が取れていると感心すべきか恥じるべきかわからない。
慌てて辺りを見回す者はいないが、真意を問うように視線は向けられる。
「んなわけあるか。こんな田舎の街道に女がいるかよ」
リートフェルスがバカにしたように否定してくる。
生意気盛りだなぁと生暖かい目で見た。
確かにこんな場所をうろつく女性は限られている。
「吟遊詩人」
聞こえたわけではないだろうが、こちらにちらと視線を向けた。
少年のように装っているが、どう見ても女性である。外套で身を包んでいればばれないかも知れないが、脱げばそれなりに起伏がある。
その彼女がじっと熱心に見ているのが、肉だと言うコトが微妙ではあるが。絶賛解体中で、悲鳴の一つでもあげないくらいの肝の据わり具合だ。いや、こっちのほうが、普通、なのかもしれない。
「一つ、歌ってもらうか?」
あまり気乗りしないような声で隊長が言い出す。吟遊詩人とは悪い奴らではないのだが、好奇心が旺盛すぎる。
その性質には年齢性別も関係ない。
「ま、声をかけてみればいいんじゃね?」
俺はしないけどと続けたのがティールだ。まあ、彼の場合、大体のことはしたくない。巡回行って来ますと食事の準備を全力で回避する。設営を手伝っただけマシだろうか。
同じく料理が苦手なローレンスとリアムも逃げていく。
結局俺の仕事なの? そうなの?
これでも俺、二番目に爵位あるのよ?
「アドルファス」
「へいへい。お話してきますよ」
この中じゃあ、怖がられにくいでしょうし。
まあ、この肉焼いたらね。
「どうかしたかい? 吟遊詩人さん」
声をかけた彼女はにこりと笑った。
愛想笑いだと思うが、一瞬、かわいいなぁという思考に支配される。……久しぶりに女性と話をするからこうなるんだろう。
こんなんだから節操ないって言われるんだろうなぁ。
でも、吟遊詩人か。
彼女なら、歌ってくれるだろうか。遠く故郷へ届くほどに。
「お肉、おいしそうだなぁと。汁物と交換しません? 鍋貸してくれたら増量しますよ」
不意に思い浮かんだ幻想を追い払い、後ろの仲間に問いかける。
「そうだなぁ。みんなどうする?」
知らんぷりして聞いていたのだろう?
バラバラに聞こえて来た了承の声に、やっぱりと思う。
吟遊詩人の声は大きくないのよく聞こえる。癖のない水のような声が最上という。
水と言うより彼女の声は明るいと表現したくなる。
軽やかで、暖かそうだった。
妙にほっとしてへらりと笑って、軽口の一つでも叩こうかと思った時、遠くから呼ばれた。
肉が焦げるのは問題がある。
「じゃあ、よろしく」
ふりふりと手を振ってくれるのがかわいい。久しぶりにきゅんとした。
「やだ、俺、惚れちゃいそう」
「と言って一週間後に振られるんだろ」
「え、半日持つの?」
「いやいや、俺の方が良い男だからさ」
「ばかじゃねぇの?」
俺の真面目な話は聞いてもらえなかった。
とはいえ、こんな話をするのも随分久しぶりだった。
最近は沈みがちな雰囲気が漂っていた。限界なのだとうすうすは感じていても誰も口にしない。
いっそ、このまま放浪するならありじゃね? とは言ってはいけない。
それを選ぶならもっと早くに決めるべきだった。
「歌ってもらいたいものだよ」
ぽつりと呟かれた声は、誰の声だったんだろうか。
ただ、じんわりと染みこんだ願い。
「叶うと良いな」
それはとても重荷になるだろうけど。
それでも。
ここにいたことを残して欲しいと願う。




