道を知るもの、ラド
それは西方の最果ての荒野に立ちし男の物語。
彼はその道の先に棒ひとつ持って立っていました。
それより先は木陰もないただ一面の荒野で、風が吹き抜ければ砂塵が舞うような水さえも乏しい地。
最初に彼を見つけたものは、冒険家でした。世界の最果てを目指し、たどる道程で彼に出会い立ち去りました。
それは皆様もご存知の“道を知るもの”ラドの三番目の冒険譚に語られ、創作のものとして現れました。
吟遊詩人の歌より
大陸の西方はいくつかの国によって治められている。その中でも一番西方に位置し、交易の始点であり、終点の国はウェス・ディランという。
その先は前人未到で誰も帰ってこない魔境といわれる。何も人の訪れない地はここだけではない。東方の一番はしは大海が大陸の終点を示し、南方は樹海があり、北方は大いなる山々が人を拒む。あちらこちらで行き止まりの我らの世界は思いのほか狭い。
わたしはとある国の有力者より追われて逃避先として選んだのが西方だった。追われるなにかを為したかと問われるといささかならと答えるほか無く、そのおかげでわたしは西方の果てに挑むことになった。
わたしのような放浪をしているものの発言でも聞いてもらえるなら、押し付けられた婚姻ほど忌まわしいことはない。立場の弱さをいいことに脅しをかけるなど、為政者のやることではない。
自由を愛するわが身なれば、ひっそり逃亡を試みたこともご納得いただけよう。途中でばれて捕まりそうになったが運のよさだけは筋金入りだ。
さて、わたしの事情はそれくらいにして、ウェス・ディランでほとぼりをさまそうとしていたときに聞き及んだのがその少年の話だ。なんとも奇妙なことに、“無きモノの荒野”とも言われる地に突っ立っているらしい。遠くから見るものや声をかけたものもいるようで、話を聞いたが要領を得ない。
曰く、人間じゃない。
曰く、ただの子供。
曰く、全力で排除された。
好奇心がうずき、無謀と止められるのも聞かず、荒野へとわたしは足を向けた。
冒険譚「人の世の番人」より
ウェス・ディランは交易の終点であり、始点でもある最西端ウェスの町より、国内の最東端のディランの町までの間を指すことに由来している。
ややこしいことではあるが、諸事情により国境が変わった場合領土内の最東端の町をディランと改名させている。年代によりディランの町の位置が変わることから交易用表記は旧名で示されることが多い。
ラドは暇潰しに聞いたばかりの情報を紙に記した。中央平原産の紙は安価だが、ペン先が引っかかるので書きにくい。
安価な理由は平原に生えている背高草の有効利用を目的として作られたものであるから。平原の国々の特産品で流通する紙といえばコレと言われるほど標準的なものだ。
それほど流通しても背高草が滅亡することはない。背高草はその名の通り、小柄なラドは隠れてしまえるほどで、毎年刈り取り燃やしても来年には同じくらい繁栄している執念深さが売りだ。
もっともここより西方に生える強草の強情さと比べるとややマシである。荒れた土地でもまだ背高草が生える位はマシだ。強草は背高草でも枯れる地でしか育たない。荒れ地最終形態で圧倒的な勢力を誇り、数年強情に居座ったかと思えば花を咲かせて散ると姿を消し、その場を背高草に譲る。
ラドもその花をみたことがあるが、白い印象しかない。あの花弁と比べれば高級な白い布も純白にはほど遠い黄色みを帯びた白でしかない。切って干しても強固に白だったので、ありとあらゆる加工をされ売り払われていった様は平原は商人の国であったかと思い出させてくれた。
続いて生えてきた背高草も有効利用しようと躍起になったあげくに安価な紙が出来るのだから、商人のやる気は侮れない。
「しかし、まあ、暇だな」
ぼそっとラドはつぶやいた。道の始点である、それ以上の価値のないウェスの町は想像以上になにもなかった。東方に戻るわけにもいかないのだから、行く先は西方しかない。しかし、その西方も強草が幅をきかせ探検するのも楽ではなさそうだ。
さらにその先にある“無きモノの荒野”には楽しくない噂もあり、ラドの足を重くさせていた。
“無きモノの荒野”には一人の少年がいるという。
曰く、人ではない。
曰く、ただの子供である。
曰く、強い。
これぐらいであればラドもその噂の人物を探しに行ってみようと思ったが、さらに続きがある。
曰く、先行くものを排除し、何らかの手段で消失させる。
曰く、魔物である。
このあたりで悩みだした。
そもそもたどり着くまでに魔物が溢れている。
この話でもう完全にその気が失せた。さして強くはないラドは魔物とやり合うのご遠慮したいと常々公言している。
結果、ラドはここでくすぶっている。
どちらに進むのも踏ん切りがつかない。しかし、諸事情により追われている身の上ではある。同じところにいるのは好ましくない。
無きモノの荒野の先は誰も知らない。
ただ、噂には少年に会うとどこかに消える。消されているのに何故そんな情報があるのだと突っ込みたい。どうにも一連の流れに作為的な臭い以外感じなかった。
常のラドならば全く気にせず探検に向かっていただろうが、前回の失敗には多少懲りてためらっていた。全く自分らしくはないと自覚はあった。
しかし、暇だと死にそうな気さえしてくる。
ラドに楽しめる娯楽はこんな辺境では死滅していた。
「行くか」
どうせ、追っ手はここまでやってくる。
結婚が墓場なのはこの世の常だ。
ラドは、まあ、くたばっても良いかもと自棄になってたのだと後に回想した。
魔境へと続く道は、なにもない、ということ以外は普通だった。
途中、強草の群れに心が萎えたが、半刻もたたずに消えた。
ラドは立ち止まり、あたりを見回した。木々は遠くまでみあたらず、虫も動物もいない。あるといえば、強草と背高草がまばらに見えるだけだ。
空を仰げば薄い空色で陽光も弱く感じられる。こんな天気がずっと続き、時々思い出したように豪雨となるらしい。そのときに大きな川ができ、どこからか変なイキモノが流れ着くこともあるとか。
「あ」
ラドが空を見上げて気がついた。
なぜか道標だけがぽかりと浮いていた。
「ディリアの街まで10キロ」
矢印は西を指す。この先は、何かがあるのか、あったのだ。世界は一度滅びたと古い書物は言うが、生まれた時から変わっていないような世にラドはおとぎ話かと思っていた。
かつて、世界を滅ぼすほどのモノを持っていたにしては、それらはこの世に残されていない。
遺跡というモノがそもそも存在せず、今と同じ過去があり、未来があると思わせる。
ラドもすぐ近くの過去ならともかく、遠い歴史を考えることはほとんどない。
ラドは道標を見上げる。どうやって浮いているのか謎だ。
頭を動かしても動いても同じ位置にある。
「なんだ、あれ」
思わず呟いてしまっても仕方がないだろう。
ラドの声が風に乗り、あるものの興味を引いたのだが、そのときは知る由もなかった。
それ以外は特になにもなく、無きモノの荒野の名に恥じぬところだ。
ラドは退屈を覚えながらも足を進めていた。噂によると3日か、4日はかかるというのだ。その少年を目撃するには。
「我、求めるは確たる証」
感情も抑揚もない声はどこから聞こえたのかわからなかった。
それは、銀色の塊に緑と土色の最初が施されていた。
工芸品にこんなものがあったなとラドは場違いにも考えていた。
「返答無きモノは滅びるべし」
がちゃりと音がして、何か棒のようなものが出てきた。
なんだあれ。とラドが好奇心のもと目を輝かせる。他の人ならばさっさと逃げているだろう。少なくとも何かしらの別のリアクションをとるだろう。
その棒が自分に向けられても慌てることもなかった。次は何をするのかわくわくしていたくらいだ。
ぱちぱちと目を瞬かせている間に、それは、やってきた。
銀色。とラドは思った。
「それはまだ境界を越えていない。僕の領分のものだ」
どこか幼さを残した声音は、澄んでいた。いろんな地方を回ってきたラドですら聞いたことのない綺麗すぎる言葉。
「見えている」
「え、いや、でも、僕のだ」
「……精々、見張っていろ」
よく聞けばそれも随分と聞き取りやすい声をしている。ラドはそれと目の前に立っている少年を見比べた。
「うーん」
銀と緑と土色の物体は空気に溶けるように消えた。しかし、すこし周りの景色が歪んでいるのをラドは感じていた。
そこにそれがいる。
「お姉さんも何でこんなところにいるの?」
少年が振り返った。
十代も半ばは超えていないだろう。顔だちは整っているものの幼さは隠しようもない。肩で切りそろえた銀髪はこの荒野にあってつやつやしていた。
「手を」
ラドが真顔のまま言えば、少年は素直に手を出した。
「番人をつかまえたっ!」
がしっと手首をつかんでそのまま上に持ち上げる。
ラドはご機嫌である。
数日歩かなくて済んだ。
相手からやってきてくれた。その上、変な生き物も見た。ラドにとっては生命の危機すら感じていない。
この好奇心と妙に前向きなところが、トラブルを呼ぶのだが自覚は全くなかった。
「いみがわかんなーいっ!!」
少年の絶叫が荒野に響き渡る。これが長い腐れ縁の始まりとは少年には予測出来なかった。
時々すんごく意味がわからない事してきたと後の魔王は語ったという。
本編の500年くらい前の話。




