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幻想死記[Fantasy is Dead]  作者: 灰の色
1/3

新米傭兵の戦い

魔王を名乗る魔人族の王と勇者の戦いから1年後の世界

人々はつかの間の平和を享受していた

~始まりの日~


少年の名はアイル

彼はマルア大陸一大きな国、ランカ王国の端にある田舎町の出身だ。


彼は今、大陸一と名高い傭兵団、クレイグ傭兵団のクレイグ団長と二人、依頼の話を聞きに行くためにマルア大陸西海岸にある港町、パストに向かっていた。


アイルはまだ傭兵団に入ったばかりの新米の戦士

深い森の中、クレイグ団長の後ろをついて歩いている

「アイル、遅れているぞ」

「はい、団長」

クレイグは厳しい言葉をかけながらも、アイルを度々振り返り、きちんとついてきているか確認する。


「もうちょっと行くと山小屋がある、そこで休もう」

「はい」

アイルは既にヘトヘトだったが、クレイグに自分はまだ元気だと言わんばかりに返事をする

「ハハハ、無理はするなよ」

「はい、大丈夫です」


山小屋に着くと、高い木に囲まれているため日も差さず、中はとても薄暗かった

クレイグは壁についたランプのようなものを回し、明かりを灯す

「アイル、少し休め」

「あ、はい」

アイルは壁際にあったソファーに座る

「ここは夏場に狩人たちの狩場の拠点となる小屋でな」

「狩人・・ですか」

「あぁ、北に向かってこの森を抜けたらマルビットという村があるんだが、そこのバース、という村一番の狩人と知り合いでな、森を通る時には使わせてもらってるんだ」

「そうだったんですか」

「水も補給できる、ちょっと待ってろ」

そう言うとクレイグは奥の土間に入った


アイルも立ち上がり、クレイグの後を追う

見るとクレイグが井戸から水を汲み上げていた。

「団長、僕がやります」

慌ててアイルが駆け寄ると

「いや、俺がやるから、休んでろ」

「変わります」

半ば強引にクレイグの手から縄を取り、持ち上げようとする、が、思った以上に重く、自分の体が井戸に引きずり込まれそうになる。

「わ、あぁ」

「おい、大丈夫か」

クレイグはアイルの手より上の部分を持ち、一緒に引っ張り上げてくれた


「おい、落ちたかと思ったぞ」

「はい、僕もです」

「ハハハ」

二人は笑っていた

「ここの井戸水を汲む桶は重たいんだ、新人の狩人たちの修行のためらしい」

「そうだったんですか・・・団長」

「ん?」

「ありがとうございます」

「無事ならそれでいい」

アイルは憧れのクレイグからその言葉をもらい、嬉しくてたまらない気持ちになった。


テーブルにつき、二人は汲んだ水を飲んだあと、水筒に補充する。


一息ついたところで、アイルは気になっていた質問をする

「団長」

「どうした」

「なぜ、僕を?」

アイルは、何故まだ新人の自分なんかを同行させたのか聞きたかった

「あぁ、期待・・してるからな」

「えぇ?僕をですか?」

「もちろんだ・・あの時、王都の武闘大会でアイルの戦っている姿を見たとき、コイツしかいないと思った」

「そんな・・・」

ランカ王国王都で数年に一度開かれる武闘大会、優勝者や上位者には王室警備や近衛兵、軍の幹部候補など、様々な所からスカウトが訪れる。

「僕なんて・・結局、優勝もできませんでしたし」

「それだ」

「え?」

「俺も一度聞いておこうと思っていたが・・あの決勝戦、何故お前は負けた?」

「それは、僕が弱かっ・・」

「違う、あの時アイル、お前はわざと負けたな・・・」

「あれは・・・相手の気迫が凄すぎて・・勝ちたいって、優勝しないとって、その気持が伝わってきて・・・すいません」

「いや、謝る必要はない、怒っているわけじゃないんだ」

「はい・・・・」

下を向き頷くアイル

「あの時、これ以上やったら相手を殺してしまうかもしれないと思ったお前は、相手の最後のひと振りをよけなかった・・・わざとな」

「・・・・」

「見る奴が見たらわかるさ」

「すいません」

「あの決勝の相手も・・それが分かっていた、だから優勝したのに全然嬉しそうじゃなかっただろう」

「そう・・・ですね」

「これだけは覚えておけ、戦士にとっては、負けることよりも辛い事がある・・誇りを持って戦った相手に、勝ちを譲られることの意味を」

「はい」

「でも・・・俺はそんなお前を見て、心動かされたんだけどな」

「団長」

頭を掻きながら、少し気恥ずかしそうに口を動かす

「人間、強さだけじゃダメだ、俺は、お前の強さだけじゃなく、優しさにも期待しているよ」

「ありがとうございます」

「その優しさが命取りにならないように、お互いもっと強くなろうな」

「はい・・・あ、でも団長はもうそれ以上強くならないでください」

「ハハハ、大丈夫だ!お前ならすぐ追いつけるさ」

アイルは今回、団長に連れてきてもらって良かったと思った、普段は他の団員達に囲まれて、二人で話す機会はあまりなかった、団長と腹を割って話すことで、団長からの信頼を感じることができた。


「そういえば、もう一つ聞いてもいいか?」

「はい」

「アイルのことを先にスカウトに来てた、誰だったか・・」

「あぁ、ファウストさんですか」

「そうそう、確か・・」

「プリンセスガードの」

「あぁ、それな、スカウト中、横から入る形になったが、何故クレイグ傭兵団を選んだ?自分で言うのもなんだが、綺麗な姫様のガードやってたほうがいいだろうに」

「それは・・もちろん憧れのクレイグ団長直々に誘われたこともあったんですけど、傭兵、という仕事にも興味があって」

「そうか」

「はい、城の中での王族の警備も、もちろん誇れる仕事ですけど、もっと、直接的に人々を助けることが出来るっていうか、うーん、なんて言えばいいのか」

「ハハ、わかったわかった、言いたいことはなんとなくわかるよ」

「それに、今回みたいに、いろんなところに行けるっていうことも魅力的ですし」

「そっちが本音か?」

「まさか」

ブンブンと首を振るアイルを見て笑うクレイグ

しかし急に真顔になり

「これだけは言っておくぞアイル、絶対に俺より先に死ぬなよ」

「は、はい」

「よし、そろそろ出発しようか」

死、という言葉に一瞬ビクッとするアイル、いままで近しい人の死をまだあまり経験したことがないため、なかなか想像できなかった。


森を抜け、平原を歩いていくと丘があり、そこには物見櫓の砦があった。

砦には港町パストからの守備隊が10人程度、警備についていた

丘の上からは港町が一望できる

田舎者のアイルにとってパストはとても大きな町に見えた

「わぁ、凄い」

丘の上から町を眺めていると1人の兵士が砦から走ってきた

「クレイグさん!?」

「おう、ロット、久しぶりだな」

ロットと呼ばれた男性は20代前半の優男、守備部隊に所属する弓兵だ

「はい、お久しぶりです、今日は?」

「今日はちょっとした依頼でな、話を聞きにきたんだ」

「そうですか・・・そちらは?」

「あぁ、こいつはアイル、新人だ、よろしくしてやってくれ」

「こんにちは、アイル君、僕はロット、この小隊の隊長をやっている」

「あ、はい、アイルです、よろしくお願いします」

ロットが差し出した手を両手で掴み、握手を交わす

「なんだロット、出世したのか」

「おかげさまで、少し」

控えめに笑うロット

「あ、そういえば・・そのぉ」

「なんだ?クレハか?」

「あ、いや、別に他意はないんですけど・・・はい」

慌てるロットを見てクレイグはニヤっと笑う

「クレハなら今は別の任務で王都に行ってる、悪かったな」

「い、いえ、元気ならそれでいいんです、はい」

クレハはクレイグ傭兵団の女剣士、アイルも初めて会った時には思わず見とれてしまうほどの美人だった

「会ったら伝えておくよ、ロットからクレハに依頼があるってな」

「い、いやそんな、勘弁してくださいよ~クレイグさん」

「ハハ、冗談だ!次来るときは連れてくるさ」

「はい、是非」

「じゃあ、またな」

「はい。アイル君も、クレハさんによろしく」

「あ、はい、失礼します」

アイルはペコリとお辞儀をしてクレイグの後を追う

ロットは守備隊流の敬礼をし、二人を見送った


港町の門をくぐる

「着いたな」

「はい」

「しかし、今回は全然モンスターにあわなかったな」

「そうですね、」

「まぁ平和になった証拠か」

「はい」

あたりをキョロキョロ見渡すアイル

「珍しいか?」

「え?あ、すいません」

「いいさ・・・行こうか」

ふと、二人は違和感のようなものを感じ、周囲を見る

周りはいつもどおりの港町、行き交う人々も多く、活気づいていた

「クレイグ団長・・・」

「あぁ、何か嫌な感じがしたが・・気のせいか」

「そうですね」

「行こう」

「はい」


武具屋の前を通りかかると、クレイグが足を止める

「団長?」

「ちょっと寄り道していくか」

「?」

「ごめんよ~」

アイルは武具屋に入っていくクレイグに慌ててついて行く

「アイル、こういう店ってテンション上がるよな」

「はい、わかります」

「よーし、アイルに一本買ってやる」

「えぇ~!?いいんですか?」

「あぁ、だが副団長には黙ってろよ、あいつうるさいから」

「は、はい」

様々な武器を眺めるアイル

斧、槍、剣、短剣、鞭、棍棒、暗器にいたるまで、数が多くてなかなか決められない。

「アイル、俺が決めてやろうか」

「はい、是非」

一本の剣に目をとめるクレイグ

「これがいいなぁ」

その剣を手に取るクレイグ

「あんたいいのを選ぶね」

髭を蓄えた小太りの店長らしき人が近寄ってくる

「それは昨日港に着いた交易船から手に入れたばかりの業物だ、なんでも極東の島国から仕入れた珍しいもんでな、たしか刀、と言ってたな」

「刀・・か」

「あぁ、その一本しかないぜ」

「よし、買った」

「ほんとかい?店長、売れましたぜ」

「え?」

髭の男が奥に向かって叫ぶと、奥からメガネをかけたひょろっとした男が顔を出し、グッと親指を立ててまた奥に引っ込んだ

「てっきりあんたが店長だと思ったが」

「ガハハ、俺はあれだ、バイトだバイト、な」

そう言いながらクレイグの肩をバンバン叩く

「いい買い物したな、旦那」

「あ、あぁ」

さすがのクレイグも若干引いているようだったので、アイルは思わず笑ってしまった。


武具屋を出る

「ありがとうございます、団長」

「ああ、大切にしてくれ」

「はい」

「あ、大切にといっても、使うなって事じゃないぞ」

「??わかってますよ?」

「クレハがな、以前同じように武器を買ったとき、大切にしますと言って、ずっと購入した時の布に包んだまま使わなかった事があってな」

「あぁ~、クレハさんなら、ありえますね」

「だろ?」

「はい・・・団長!」

「なんだ?」

「俺、クレイグ傭兵団に入ってホント良かったです」

「そうか」

武具屋の布でくるまれた刀を抱きしめながら嬉しそうに話すアイルを見て、思わず父親になったような感覚のクレイグだった


武具屋から更に港の方に歩き、途中の十字路を左に曲がり階段を登る、するとようやく依頼人のいる高台の上の町長の屋敷に着いた。

裏手には灯台も見える。


屋敷の庭には使用人の女性が一人

「どちら様でしょうか?」

「クレイグ傭兵団のクレイグだ」

「はい、町長から伺っております、こちらへどうぞ」

屋敷の中へ通され、応接室でしばらく待っていると

パタパタと足音が聞こえてくる。

バーンと扉が開き、町長が飛び込んできた

「君がクレイグ殿かね?」

「ああ」

「話はよく聞いているよ、よろしく頼む」

「よろしく」

二人は握手を交わす

「早速だが、依頼の内容についてだ」

「はい」

「実は何日か前にこのようなものが」

町長は応接室のテーブルの上に手紙のようなものを置く

「これは?」

クレイグが目を通すと、それは脅迫状だった

「実は・・・」

町長が説明を始めたところで、クレイグは所在なさげにしているアイルを見て、外の空気でも吸ってこいと気遣う

「あぁ君、外に行くのなら、灯台でも見てみるといい、景色も風も最高だよ」

「はい、ありがとうございます」


アイルは応接室を出て外に向かう

玄関扉を開けると、先ほど案内してくれた女性が、アイルに気づきお辞儀をする。

アイルも深くお辞儀を返し、裏手に見える灯台に向かった

入口では灯台守の老人が勝手に説明を始める。

「この灯台はな・・・え~と・・そうそう、代々この町の町長が・・・・あ~・・夜になると明かりをが~」

アイルは苦笑いをしながらも、最後まで聞かないと悪いな、と思い結局最後まで聞いた、しかし話が最初からループし始めたので、さすがにアイルも失礼しますと頭を下げ、灯台に登っていった。


上まで登ると、カップルや冒険者、観光客などが、景色を眺めながら風を感じている。

皆、灯台守の老人の話を聞いたのかな、と思いながら、アイルは1人の少女に目が止まる。

その少女は、どこか儚げで、いまにも消えてしまいそうに感じて、アイルは目が離せなかった。

同じ空間にいるのに、その娘のいる場所だけ世界から切り離されているような感覚を受ける

歳は同じ15歳前後だろうか、銀色髪が、夕日に当てられ赤く染まっている

その少女は海を眺めていた


アイルは少女が何を見ているのか気になって、その娘から少し距離を置いたところから外を覗き込む・・・


船?難破船?のようなものが船着場ではなく、海岸に打ち上げられていた。

あれを見ていたのかな、と思いチラッと少女の方を見ると、少女も横目でちょうどこちらを見たのか、目が合ったように感じた、アイルは思わず目をそらし、自分の心臓の音が少女に聞こえるのではないかと思うくらい高鳴っていくのを感じた。


「あれ・・なに?」

近くのカップルの女性が海岸の難破船らしきものを指差し、怯えた表情を見せる。

アイルももう一度、海岸に目をやる・・・・

どうやら船から人・・・のようなものが出てきたようだが・・人にしてはかなり大きいような、頭の部分が薄らと光っているように見える、遠いため表情まではよくわからない、どこか様子がおかしい

町の警備兵らしき鎧を着た男たちが、船に近づいていく。


次の瞬間


船からもう数体の"何か"が飛び出し、警備兵たちに襲いかかった

悲鳴を上げるカップル、灯台の他の人たちも一斉に声を上げる。

「なんだあれ、モンスターか?」

「いや人じゃないの?」

「魔人だ、魔王が復活したんだ」

思い思いのことを言いながら、みんな半ばパニック状態になっていた。

警備兵たちが倒れ、その"何か"は海岸から港にいる人たちを襲い始めた。

次々に倒れていく人々、アイルは少しの間頭が回らなかった。


アイルはクレイグから最初に教わった心得を思い出す。

"どんな状況でも冷静に判断し、広い視野を持つこと"

この言葉を声に出す。

そして自分を落ち着かせるように深く深呼吸をして周りを見渡す。

気づくと先ほどの少女は既に消えていて、代わりに大きな鐘が目に入る。

この鐘はこの町の時間を知らせるもので、朝と昼、そして夜に鳴らされるものだ。

アイルはとにかく非常事態を知らせなければと、その鐘を滅茶苦茶に鳴らしまくった。

ゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーン・・・・

普段まだ鳴ることのない時間帯に何度も何度も鳴り続ける鐘の音に、町の人たちも異変に気づく。


アイルは灯台を駆け下りる、灯台守の老人に避難するように叫んだが、理解したかは分からない、町長の家の方から走ってきた警備兵に手短に事情を説明し、灯台にいる人を安全な場所に避難させるようお願いをして、また走り出す。

町長の家の前にはクレイグが、町長や使用人たちと共に出てきた所だった。

「おい、アイル、何があった、さっきの鐘は?」

アイルは何とか手短に伝えるにはと考え

「鐘は僕が!敵の襲撃です、港!」

アイルの剣幕に、様々な修羅場をくぐり抜けてきたクレイグも異常事態を察知

「町長!住民の避難を、我々は守備隊を援護する」

2人は走り出す

「あ、あぁ、」

町長は急な出来事に頭が追いつかない

「敵・・・とは、モンスターか?」


クレイグは驚いていた、今回の任務が初めての、傭兵としての仕事になるはずだったアイルが、いち早く状況を察知、そして鐘を鳴らし知らせる、足がすくむどころか、クレイグも追いつけないほどのスピードで港の方に向かっていく。

そんなアイルを追いながら、クレイグは誇らしかった、実はアイルをスカウトするとき、副団長には反対されていたのだが、自分は間違っていなかったのだと・・・。


「アイル、敵はなんだ」

「わかりません」

「数は?」

「灯台から見たときは少数でした」

「そうか」

港の方から非難するため次々と走ってくる人の群れを掻き分けながら走り、港へと続く階段に到着する。

守備隊が通路を塞ぐように大きな盾を持ち壁を作っていた。

これなら簡単に突破することなどできないだろう

「グスタ隊長」

グスタと呼ばれたのは、この町の守備隊大隊長を務める大男

今回の依頼、町長にクレイグを推薦したのは彼だった。

「おぉ、クレイグ殿、久しぶりだな」

「あぁ」

2人は決まりの挨拶のように拳を合わせる

「それで状況は?」

「なんだ手伝ってくれるのか?」

「もちろんだ、この町はお得意様だからな」

「金は払えんぞ」

「終わったら一杯おごってくれ」

「ガハハ、それならお安い御用だ!」

アイルは壁を作る守備隊の隙間から覗こうとするが、よく見えない

「冗談はここまでにして、今は我が守備隊の精鋭たちが駆逐に向かったところだ、港にいた者たちの被害はかなり多い、と言わざる得ん」

「そうか、わかった」

クレイグは壁役を押しのけ港に行く

「ここが最終防衛線だな、グスタ、頼むぞ」

「ガハハ、頼むのはこっちだ、クレイグ、頼んだ」

「任せろ!アイル、行くぞ」

「はい!!」


2人は急ぎ港に着く

その状況を見てアイルは一瞬にして背筋が凍りついた

「あれは?人間・・・・?」

守備隊も戸惑いながらもなんとか戦っているようだったが、明らかに劣勢だった。

「アイル・・俺から離れるな」

「はい」

「残りの守備隊と連携しながら敵を叩く」

「はい」


もの凄いスピード、まさに全速力でこちらに突っ込んでくる人間のような、その"何か"をクレイグはひと振りで一刀両断

アイルは思わず息をのみ、自分も戦わなければと、さきほど買ってもらった刀を構える

生死の懸かった実戦は初めてだった。

手が震え、呼吸が乱れる、足が地に着かない感じがして力が手に入らない。

そんなアイルを見てクレイグは大丈夫だ、と言わんばかりにニコリと微笑み敵に切りかかる。

「アイル、一度深呼吸をして周りを見渡せ、お前は強い、大丈夫だ」

「は、はい」

言われたとおり、深く深呼吸をし、周りを見渡す。

何十体いるかわからないほどの敵の数に対し、守備隊は残り十名ほどだったが、クレイグが参戦したことにより盛り返し始める。

「アイル、来るぞ」

その時、アイルに向かって突進してくるその"何か"が、飛びかかろうと飛んだ瞬間、刀を横に振る

"何か"は胴が真っ二つに分かれる。

そのあまりの切れ味に、アイルは切った感覚すらないほどだった。

しかし、上半身はそれでも動き続け、手で這いながらアイルに近づいてくる

その時守備隊の一人から声がかかる

「こいつら、頭を潰さないとダメだ」

「わかった」

クレイグがアイルの代わりに頭を突き刺した

「あんた、この部隊の?」

「いや、隊長は既に死にました、自分は副隊長です」

2人は戦いながら話す

「じゃあ、今からあんたが隊長だ」

「え?あなたは・・・」

「クレイグだ」

「あなたがあの、光栄です」

「そんなことはいい、状況は?」

「はい、クレイグ殿のおかげで希望が見えてきましたが、奴らは増えるばかりで・・・」

「増える?どこからだ・・そもそもこいつらはなんだ?人間なのか?」

「いえ、我々は既に人間ではないと認識しています、クレイグさん、絶対に噛まれないでください」

「なんだ・・どうなる?」

「見ていたらわかります」

なんとか生き残りの守備隊と力を合わせ、近くにいる敵を倒すことに成功するも、まだまだ海岸の方から港に向かって勢いよく走ってくる

そして・・・・

「なんだ、これは、どういうことだ」

倒れていたはずの守備隊が動き出し、目玉は黒く、顔ももの凄い形相になり立ち上がった。

「団長」

アイルは恐怖のあまり声が震えていた

「アイル、俺の後ろに」

「いえ、大丈夫です、すいません」

自分のせいでここにいる全員に迷惑をかけるわけにはいかないと、自分を奮い立たせる

「我々にもよくわかりませんが、奴らに噛まれると死に、蘇ったあとは奴らの仲間に・・・・」

「そうか」

アイルには全く理解できなかったが、クレイグはその一言で納得してしまった、これが経験の差か、とアイルは思った。

自分が理解できるできないではなく、ただ現実を受け入れるだけ、そういうことなのだ。

「我々は目の前の出来事を直視するのみです・・たとえ先程まで仲間だったとしても、町を、家族を守るために戦います」

「あんた、名前は?」

「私はハルザックです」

「そうか、ハルザック、あんたいい隊長になるぜ、ウチにスカウトしたいくらいだ」

「フフ、あのクレイグ殿にそう言っていただけるとは、今日はもう死んでもいいですね」

ハルザックは槍を頭部めがけて突き刺していく

「馬鹿言うな、若い奴が死んで行くのは見たくないもんだ」

負けじとクレイグはひと振りで2体の頭部を切断した

「頑張りますよ」

「あぁ、その意気だ!まだまだ来るぞ」

漁師や観光客の多い海岸から押し寄せる連中と、守備隊の蘇り、どちらも全速力で突っ込んでくる、クレイグは先頭に立ち、次から次へと剣で頭を潰していく、アイルと守備隊はクレイグの撃ち漏らしを連携しながら倒す。

アイルはクレイグの背中を見ながら・・・ただただ凄い、と・・そう思った。

鬼気迫る表情で戦い、決して集中を切らすことなく、剣を振るう、アイルも負けじと刀を振り下ろす、先程まで人間であった事は・・・考えないようにしながら。


どれだけ倒したか、辺りは死体と血の海で、足を取られ戦いづらい

「これ以上ここでは戦えん、一旦引く」

「はい、全員退避!」

「アイル、行くぞ」

「はい」

「怪我はないか」

「はい、団長は」

「俺の心配はいい・・それより、俺の言葉、覚えてるな」

「はい、全て」

「それならいい」


クレイグは町だけでなく、アイルを守りきる事が団長としてのやるべきことだと考えていた

「ハルザック、隊員の残りは?」

「8名です」

「わかった、グスタのとこまで引こう」

「了解です」

その時、後ろで悲鳴が聞こえた

振り向くと、守備隊が一気に4人、先程までの死体の群れとは違い、ひと回りもふた回りも大きい、おぞましい顔をした長ぼそい手足の"怪物"に串材にされていた

それはアイルが灯台から見たときに一番最初に目に入った"何か"だった

「なんだ、こいつは」

ハルザックは驚く

「うわぁぁぁ」

パニックになる守備隊員たち、アイルは守備隊とその"怪物"の間に立ちふさがり、隊員たちを逃がそうとしていた。

「アイル、よせ、離れろ」

クレイグは、その何かがアイルを標的にしたのを見て、飛びかかった。

剣で片腕を切り落とし、振り返りざまに胴を横薙ぎに切る、が、硬く、クレイグの怪力でも刃が通らない。

「アイル、逃げろー」

次の瞬間、怪物のもう一方の腕でクレイグは肩を貫かれた

「ぐおぉ」

突き刺されたまま、怪物に向かってタックル、壁際に押し込み両足をすくって倒す。

「行けー、アイル・・・生きろよ」

「でも」

クレイグはアイルを安心させるため、精一杯の笑みを浮かべ

「俺を誰だと思ってる、大丈夫だ」

そう言って怪物を殴りつけた。


「行こう、クレイグ殿の意思を汲むんだ!」

アイルはハルザックに腕を引っ張られ、我に返る、今は団長に任せ、町の人を助けないと

「はい」

アイルは走った

その後ろ姿を見てクレイグは一言

「アイル、生きろよ」

怪物に振り払われクレイグは吹き飛ぶ

「ガハッ」

壁に叩きつけられ、上手く呼吸ができない

「ハァ、ハァ、強いな」

強敵を前に、何故か笑いが止まらなかった

「ハハハ、お前が俺を殺すのか?」

クレイグは痛む腕で剣を構え、全身全霊の一撃を放つ


アイルとハルザックが盾の壁を作っている場所まで戻ると、グスタの姿はなかった。

「大隊長は?」

「ハルザック、無事だったか、グスタ隊長は悲鳴が聞こえ、数名を連れて町の中心に向かった」

「なんと・・・ということは」

「あぁ、既にどこからか町に侵入された可能性が高い」

「わかった、我々もここで戦おう」

「いや、ここは我々が守る、それよりも中心部の守りが薄い」

「・・・そうか、ではここは任せ、グスタ隊長の援護に向かう」

「頼む」

「後、絶対に噛まれるなよ、奴らの仲間になる」

「わかった、我らグスタ隊は厚い鎧が自慢の重装部隊、噛まれはせんよ」

「そうだな、それと・・・大型の怪物が一体、奴は全員でかかったほうがいい、恐ろしく強い、クレイグ殿が倒したかもしれんが、現況はわからん」

「了解した」

「アイル殿、君はどうする」

「僕はここで・・・団長を待ちます」

「そうか、死ぬなよ」

「はい」

ハルザックは住宅や商店の密集する、町の中心部に走っていった。


港から町の中心部までは一本道、この通りを一分でも長く死守することが被害を最小限に抑えることに繋がる

町の中心部に現れたものは、道なき道をきた少数だ、すぐに鎮圧できる、とグスタは思っていた。

しかし状況は違っていた、次から次に噛まれたものが倒れ、そののちに起き上がり、ほかの住民に襲いかかる、異様な状況だった。

町長は町を眺めながら為すすべもなく、頭を抱え膝をつく。


町と森の間にある丘の上の物見の砦には既に避難してきた人たちで溢れていた。

「ロット部隊長、これ以上は受け入れかねます」

「・・・状況は?」

「守備隊はほぼ壊滅状態です・・町は・・・非常に厳しい状態にあると言わざるを得ないかと・・・」

「そうか・・・王都へ・・」

「はい?」

「皆を王都へ逃がす、我々は時間を稼ごう、誰か王都へ先行し知らせてくれ、町長の指示を待っている暇はない」

「分かりました」


陣形ももはや機能せず、いたずらに犠牲者が増えるばかりだった

グスタや町長らは生き残った人たちと共に灯台へ避難

アイルはグスタの重装部隊と共に懸命に戦ったが、港からだけでなく、町の中心部からも挟み撃ちのような格好で攻め込まれ、盾の壁は瓦解、バラバラにされ、個々の判断で行動するしかなくなった。

激しい戦いだった、重装部隊も頑張ったが、関節部分などの鎧の薄い部分を噛まれた者がどんどん変貌していき、味方は1人、また1人と減っていった。


アイルは既にボロボロで、かろうじて噛まれてはいなかったが疲れきっていた何体倒したか、もはや数えることもできない。

さっきまで、そこで生活していた人達であることは考えないようにしていた。


アイルはクレイグの言葉を思い出す

「行け、アイル、生きろ、生きろ」

と口にしながら何とか宿屋の裏までたどり着いた

周りを確認し、敵がいない事に安心してしまい、壁にもたれかかる。


すると裏口が急に開き、アイルは中に引っ張りこまれた、ここで死ぬのか、と思ったが、引っ張り込んだ人物はハルザックだった。

「ハルザックさん」

ハルザックは口に手を当て小声で話す

「無事だったか、アイル殿、良かった」

「すいません、守りきれませんでした」

「いいんだ、無理に喋らなくていい、奴ら建物の中にはあまり入ってないようだ・・時間の問題かもしれんが」

「そうですか」

窓から見つからないように、カーテンをずらしこっそり外を見るハルザック

死者たちが町をうろついている

「まるで死者の町だ」

ぼそっと呟き、再びアイルのそばに来る

「奴ら、今は大人しいが、見つかるとまた襲って来るだろう」

「はい」

「みんな2階に避難している、2階に行こう、歩けるかい?」

「はい、大丈夫です」

ハルザックが肩を貸す


2階に着くと廊下には7、8人の人たちがいた

部屋からも覗く者たちがいる

おそらく全体で15,6人はいるようだ

「すまないが、誰かタオルは持ってないか、血を拭いてやりたい」

「ええ、ありますよ」

「女将さん、助かる」

宿の女将さんと思われる女性が濡れたタオルでアイルの顔や体についた血を拭く。

「念の為に聞くが、アイル殿、噛まれてないかい?」

「はい」

皆が一斉に安心したのがわかる

「まぁ、噛まれていたらとっくの昔に奴らみたいになっているか」

「そんなに早いの?」

「なんだ、女将さんは見てないのか?」

「私はずっとこの宿で仕事してたから、悲鳴が聞こえてからも、怖くて外に出てないし」

「そうか・・・」


アイルは2階の一室で休むよう促され、部屋に向かう、ドアを開けるとその部屋には灯台で見かけた銀髪の少女がいた。

少女は椅子に座ったまま本を見ていた。

「あ・・・・こ、こんにちは」

アイルが挨拶をするが少女は何も言わず、アイルを横目でチラッと見て目をそらす。

後ろから女将が声をかけてくる

「今この部屋しか空いてなくて、ごめんなさいね」

「あ、いえ」

アイルはなぜ女将が謝ったのかわからなかった。


アイルは少女を見るが、少女はアイルを見ない。

あまり黙って見ても失礼かと思い声をかけようとするが、なんて言えばいいか分からない。

「僕はアイル・・よろしく、ね」

ニコリと笑ったアイルだが、横を向いたまま少女からの反応はなかった。


アイルは女将からもらった水を飲み、少女から離れた手前のベッドで横になる、初めての実戦の疲れと、いろんなことが起こりすぎて脳が限界を迎えていたのか、いつの間にか意識を失っていた。


ドーン!という音が聞こえ、アイルは目を覚ます

もう日は沈み、外は暗くなっていた。

アイルは少女の座っていた椅子を見る、しかし誰もいない、アイルは身を低くして刀を手に取り部屋を出る。

廊下ではハルザックや他の人たちが、身をかがめて窓から灯台の方を眺めていた。

「ハルザックさん、何が?」

「わからない、さっきの音は灯台の方から聞こえたが・・どうやら奴ら、灯台に集結しているみたいだ・・」

「わかった、灯台の光に誘われて言ったのよ」

女将が言う

「この時間、灯台に明かりが灯る時間・・それで集まったんじゃないかしら」

「なるほど、一理あるな」

「ハルザックさん、どうします?」

「うん、今ならロットのいる砦まで移動できるかもしれない、いつまでもここにいるのは危ない、いつ向かいの家のように襲撃されるかわからん・・行こう」

しかし他の人たちはなかなか賛同しない

「我々は・・ここにいたほうがいいと思うが」

「でも、このままここにいてもジリ貧ですよ」

「動けばこちらに集まってくるかも」

「今なら見えない、動くならチャンスだが」

「でも・・・」

「王都から応援がくるまでここで耐えるしか・・・」

「それまで無事という保証はないぞ」

皆口々に自分の意見を言い合う。


見かねてアイルが口を開く

「どの判断が正解かなんて、誰にも分からない、でも、あの時こうしとけばよかったと、後悔しない選択をしたいです・・僕は行きます」


結局宿の女将や老人、そして他に数人が残ると判断。


隠れるように廊下の隅に座っていた少女、どうするのか気になったアイルだったが「行こう」と声をかけ、手を差し出す。

少女は顔を背けたままだったが、アイルはその手を素早く掴んだ。

「あっ・・・」

と、少女は一声だけ発した。

アイルは自分でもなんでそんなことをしたのかわからない、ただ気づいたら手を差し伸べていた。

するとハルザックがアイルを見て、何とも言えない表情をしている。

アイルには意味がわからなかったが、なぜか少女はみんなから見えていないような感じを受けた。

足音がしないように気をつけながら1階に下り、ハルザックとアイルが窓から周囲を伺う

誰もいないことを確認して裏口から音を立てないようにゆっくり出て行く。


暗い中、ハルザックを先頭に、総勢10人で移動する。

戦えるのはハルザックとアイルの2名、あとは武器を持たない漁師や女性、子供達だ。アイルは少女と手を繋いだまま殿を務める。

手を離すといなくなってしまいそうな気がして、アイルは手を離すことができなかった。

少女は当初アイルの行動に戸惑っているようだったが、今は落ち着いて付いてきてくれた。


メイン通りを避け、建物の裏手を通り抜ける、いよいよ町を出るという所で1体の"何か"に遭遇・・

そいつはハルザックの姿を見つけた瞬間にスイッチが入ったかのように全速力でダッシュしてきた

ハルザックは皆の壁になるように構え、アイルも刀を抜き備える


"何か"は両手をつき出し大きく口を開けた、ハルザックは左腕の小盾を顔面にぶつけ、ガードしながら右手の槍を腹部に突き刺す、いきなり頭部を狙うと外す可能性が高いからだ、確実に動きを一瞬でも止めようと考えての事だった

そして次は頭を、と思った瞬間、先にアイルが刀で側頭部を突き刺した。


「アイル殿、すまない」

「いえ、急ぎましょう、今の音で・・」

振り返ると、灯台には向かわずに町をフラフラと徘徊していた"何か"がアイル達に気づく。

「気づかれた!走れ」

"何か"はアイル達めがけて凄まじい勢いで走り出す。

アイルはまた少女の手を取り懸命に走る、ハルザックも皆を逃がそうと必死だ、町を出てロットのいる丘の上の砦までは約500m、このままでは追いつかれると思ったアイルは、囮になるため少女から手を離す。

「走って!あの砦まで」

少女は困惑した表情をしながら

「なん・・・・で」

と、一言・・その時、始めて少女の顔を真正面からみたアイルは、少女の片方の目の色が黒いことに気づく

「君は・・・」


「アイル殿、来るぞ」

気づくとハルザックがアイルの横で槍を構えている、どうやら皆を砦に逃がすため一緒に闘ってくれるようだ。

アイルはもう一度少女の顔を見て

「行って!早く」

そう言い背中を押す


少女は一度アイルを振り返り、砦に向かって走り出した。

「ハルザックさん、僕は右のを叩きます」

「わかった、左から来る奴は任せてくれ」

「はい」


走ってくるのは今見えるだけで6体、どうやら個体によって走る速さには違いがある、元の人間の身体能力に依存しているようだ

アイルは両手で刀を構える。


クレイグの動きを模倣し、一番最初に走ってきた相手を、まずは頭上から一刀両断、そのまま下から刃を上に向け、次に来た相手を一歩踏み込みながら、下から斜め上に切り上げる。

足が切断され倒れた相手の頭部を突き刺し、次の相手に備える。

次は重装備の守備隊員だった男であろう相手だ、スピードはないが、分厚い鎧に包まれている。

アイルは刃が通りそうな場所を探す

じっくり観察する時間がなく、正面からわかるのは首、肘、手首などの関節、そして顔だった。

アイルは相手の顔をめがけて突くが、狙いがはずれ頬をかすめる、そのままぶつかり押し倒され、上に乗られた、刀が手から離れる。

「クッ」

噛み付こうと開いた口に刀の鞘を加えさせ、クレイグに刀を買ってもらうまで愛用していた、腰に下げた鉄の短剣で喉元から頭部めがけて突き刺す。

力を失いもたれかかる重装兵を押しのけると、すぐさま刀を拾いハルザックの援護へと振り返る。

ハルザックの周りには頭部を槍で貫かれた死体が3体倒れており、アイルは安心して声をかける。

ハルザックは疲れたのか膝をついて苦しそうだ。

「ハルザックさん、大丈夫ですか?」

「アイル殿・・・逃げろ・・はぁ、はぁ」

「ハルザックさん?」

振り向いたハルザックの顔は、頬が食いちぎられ、苦悶の表情をしている。

「ハルザックさん、行きましょう」

肩を貸そうとするが、ハルザックはアイルを突き飛ばし離れるよう指示する

「私はもうダメだ・・はぁ・・はぁ・・どのみち追いつかれる」

町の方を見ると、また何体かこちらに向かって走ってきていた。

「囮になる・・・早く砦へ・・」

「でも」

「早く!!頼む・・1人でも多く救いたい」

ハルザックは覚悟を決めた顔をしていた。

「ハルザックさん・・・わかりました・・あなたの事、忘れません、決して」

ハルザックは少しだけ笑顔を見せる。

アイルは涙をこらえながら砦に向かって走り出す、ハルザックの心を無駄にしないよう。


灯台はどうなったのか、ハルザックにはわからなかったが、町からこちらに向かって走ってくる"何か"の数は次第に増えていく

少しでも時間を稼がなければと、槍を構え叫ぶ

「来い!私はハルザック!!」

”・・・・隊長、少し遅れましたが、今、おそばにいきます”


ハルザックに群がる元人間だった"何か"、最後の力を振り絞り、何体を道ずれに倒したか、奇しくもハルザックの最後、命を奪ったのはパスト守備隊精鋭部隊を率いていた、ハルザックの隊長だった。


走り続けるアイル、砦まで残り50mというところで、先に行かせたはずの少女が立ちすくんでいた。

まさか砦はもう・・と思ったアイルだったが、砦にある物見台からロットが手を振り叫んでいる。

何を叫んでいるかまでは聞き取れないが、早く来いと手招きをしているようだ。

後ろを見ると足の速い個体が2体、ものすごい勢いでこちらに向かってくる。

アイルは再び少女の手を取り「行こう」と促す

少女は覚悟を決めたように自分の手をグッと握り締め、アイルと共に走り出した。

残り20mのところで追いつかれると判断したアイルは振り返り刀を抜くが、ロットの声が届く

「アイル君!援護する、早く砦へ!」

ロット率いる弓部隊が砦から弓矢で援護する。

足は速いが直線的な動きのため予測しやすく、ロットの放つ矢が頭部に刺さりドサっと倒れる。

もう一体は頭部にはなかなか当たらなかったが、脚や腕、胴体などに何本も刺さり動きが緩慢になってきたところを、これまたロットが頭部を射抜いた。


鉄でできた門が開き、アイル達を迎え入れる、宿から逃げてきた人たちも全員無事なようだ。

その中の一人の女性がハルザックの安否をアイルに聞いてくるが、アイルが首を振ると、皆一様に頭を落とす。

少女は皆を避け、1人離れたところにうずくまった。


ロットが物見台から梯子を伝って降りてくる

「アイル君、無事だったんだね、良かった」

「ロットさん、助かりました、ありがとうございます」

「いいんだ、町の様子は?」

「・・・ほぼ、壊滅状態です・・ですが・・まだ生存者はいます」

「そうか・・・・クレイグさんは?」

「団長は・・僕やハルザックさんを救うため、1人で港に残って・・」

「そうか・・・・・あの人がやられるなんて想像もつかないが・・とりあえず疲れただろう、水と食べ物がある・・それから話を聞かせてくれないか」

「はい」

「皆さんも、よく無事で砦まで、安心してください、この砦は非常に頑丈な作りになっています、先に避難してきた人達は既に王都へ向かいました、王都は知らせを聞き次第援軍を送ってくれるでしょう」

その言葉を聞き、少しだけ皆の顔に希望の火が灯る。


アイルはロットに、自分が灯台で難破船を発見してからの出来事を覚えている限り話した。

そして精鋭部隊の親友だったというハルザックの最後を聞いたときには涙を流しながら、黙って聞いていた。

ロットは、ハルザックが誇らしいと言い、アイルも感謝と尊敬の念をロットに伝えた。


アイルは食料庫から水とパンを2つずつ貰い、少女の所へ行く、誰も少女に近づこうともしないし、少女も誰の近くにも寄り付かなかった。

少女にパンと水を渡す、少女は何も言わずに受け取り、水を飲み、パンをちぎって食べようとする

その様子を眺めていたアイルの視線に気づき、後ろを向く。

「あ、ごめんね・・・」

アイルも慌てて反対側を向いてパンにかぶりつく。


食べ終わり、しばらく沈黙が続いたあとアイルは少女に話しかけた

「あの、さ・・名前・・教えてくれないかな」

「・・・・・・」

「ダメ・・かな」

「・・・・・・」

気まずい空気にしてしまったと項垂れるアイルだったが、微かに少女の声が聞こえてきた。

「なんで?」

チラッとアイルを見る

アイルは少し嬉しかった

「知りたいから」

アイルの正直な答えと真っ直ぐな視線に、少女はまたそっぽを向く。

「あ、ごめん」

再びシュンとするアイル


またしばらく沈黙が続く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ウタ・・・」

「え?」

少女が急に言葉を発したので、アイルは思わず聞き返した

「ウタ!」

今度ははっきりと、ウタ、と聞こえた

「ウタ・・か、いい名前だね」

「・・・・・」


「僕はアイル」

「・・・・知ってる」

「あ、そうか、そうだよね・・・・ごめん」

「謝らないでいい・・」

「・・うん」


ウタは避難してきた人たちのいる砦内の休憩室には行かない、というのでアイルは休憩室から毛布を借りてウタに届ける。

「・・・ありがと」

ちょっとずつ話してくれるようにはなったが、すぐに目を逸らされてしまう。

アイルはウタの片方の目が違うからなのか、そういえば最初に会った時からほとんど横顔しか見ていないなと思った。

目のことには触れないほうがいいのか、聞いても大丈夫なのか、アイルは逡巡していたが、初めてウタから話しかけてきた。

「あなた・・大丈夫?」

「え・・・なんで」

「私に・・構わない方がいい」

そう言って下を向く少女に、アイルは何と言っていいか、なかなか言葉が出ない。

「君を、助けたいって思ったんだ・・」

「・・・・そう・・・・」

そのままウタは黙ってしまった。

憐れみか、同情か、はたまた何か別の感情があったのか、アイルには分からなかった。


クレイグがいつか言っていた言葉を思い出す、”答えはいつだってシンプルだ、思ったら行動するかしないか、俺は行動する、それだけだ”


”自分は行動した・・クレイグ団長のように・・それだけだ”

「僕が・・ウタを守るよ」

そう言い残すと、自分が恥ずかしいことを言ってしまったような気がして、アイルは外の様子を見に物見台に登る。

その様子をウタは目で追っていた・・・

「信じて・・・いいの?」

そのウタの言葉は誰にも届かずに、空気中に消えていった


物見櫓に登ると、ロットが隊員達と外を見張っていた

「アイル君!」

「ロットさん、どうですか?」

「あぁ、さっきアイル君たちを追ってきた奴らは倒したけど・・あれが全部知ってる人だったかもしれないと思うと・・・正直辛いな・・」

他の隊員たちも気が滅入っているようだった。

「僕は王都からここの守備隊に派遣されたから、両親は王都にいるんだけど、隊員たちの中には、家族がまだパストに残っているかもしれないと・・・気が気じゃないんだよ・・・」

「そうですよね・・すいません」

「アイル君が謝ることじゃないさ」

「・・・はい」

「それよりこの望遠鏡を見てごらん、灯台の周辺は明るいから見やすいよ」

物見櫓に置いてある望遠鏡を覗くと、灯台に群がる"何か"が見える

灯台の入口にはアイルが鳴らした鐘が落ちているようだった。

「あれは?」

「あぁ、どうやら奴らの侵入を防ぐために灯台の鐘を落として入口を塞いだみたいなんだ」

「ちょうどいいところに落ちましたね」

灯台の扉の前に大きな鐘があるせいで、"何か"はなかなか入口に近づけないでいた。

協力して鐘を除けるといった知能はないようだ。


「まだ結構生き残っている人もいるみたいで、他の建物の屋根や屋上にも、人の姿が見えるだろう?」

アイルは望遠鏡を町のほうに向ける、灯台からの光に照らされている部分だけでも、チラホラ建物の屋根や屋上に人の姿が確認できる。

「ホントですね・・・・皆、頑張ってるんだ!」

「そうだよ、アイル君やクレイグさん、ハルザック、皆が頑張ってくれたおかげなんだ」

「・・・・僕は・・全然・・」

アイルは自分がもっと強ければ、と下を向き唇を噛む

「自信を持つんだアイル君、君は立派に戦った、しかも全然関係のないパストの民のために、それはとても凄いことだよ、僕は君を誇りに思う、もちろん隊員たちも皆同じ気持ちだ」

周りにいた隊員たちもアイルに感謝の声をかける

アイルは思わず涙が溢れてきた

「あれ・・あ、すいません・・なんで、僕、泣い・・・て」

ボロボロと涙を流すアイル、まだ15歳の少年にとって、厳しい一日であったことは間違いないのだ、ロットはアイルの肩に手を置き、今日はもうゆっくり休んでくれと告げた。


アイルはウタからちょっとだけ離れたところの壁に寄りかかり、そのままゆっくりと床に座った

涙を流したことを悟られないように、両膝を立て顔をうずめる

ウタはそんなアイルを黙って見ていた。


いつの間にか眠りについていた2人、少し慌ただしさを感じ目を覚ます

砦の小さな覗き窓はまだ真っ暗で、朝になってはいなかった

なにか動きがあったのかと、アイルも様子を見に行く。


物見櫓に登ると、ロットが王都から戻った部下から報告を受けていた

ロットがアイルに気づく


「なにかあったんですか?」

「あぁ、先に王都に避難した人たちは無事受け入れてもらえたみたいだ」

「そうですか」

「そういえば、アイル君はどうする?夜明けとともに、皆と王都に行くかい?」

「僕は・・・アジトに戻ろうと思っています・・クレイグ団長のことも報告しないと」

「そうか・・そうだね、うん・・でも、1人で大丈夫かい?」

「あ・・いえ・・ウタも・・連れて行こうと思っています」


ウタの名前を出した瞬間、空気が凍りつくのを感じた

「あぁ・・あの娘・・・」

「・・・・・・ロットさん?」

「本気かい?」

「何故です?」

「何故って・・・」

「ロットさん、教えてください、パストで初めて会った時から、皆あの娘が、ウタが・・・まるでそこにいないような扱いをするんです、何故なんですか?」

「そうか、アイル君は知らないんだね・・・」

「・・・・あの娘は一体・・」

「あの娘は・・・・」

ロットがウタについて話しだした瞬間、部下の恐怖と驚きの入り混じったような声が聞こえてきた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「どうした!」

「来ます!!」


物見台の上から下を見下ろす

アイルとロットはその光景を見て目を疑った

蜘蛛のように変体した"何か"が、暗闇の中、壁を伝って登ってきている

ロットは急ぎ弓を構えるが間に合わない、"何か"は飛び上がり物見櫓に降り立った。


突然変異なのだろうか、今までの"何か"と違い、胴体からも数本、蜘蛛のような足が出ている。

その足を使いこの壁をよじ登ってきたのだ

そしてその"何か"を見てアイルは衝撃を受けた

「・・・ハル・・ザックさん?」

「アイル君・・・何を・・」

その"何か"は守備隊の鎧を着て、ハルザックが首に巻いていた、黒い十字架のついたチョーカーをしている

「まさか・・ハルザック、君なのか」

顔は既に原型を留めておらず、体も一回り大きくなっていた

ハルザックは長い蜘蛛のような足で隊員の1人を掴むと、鎧ごと足で貫き噛みついた。


「ロットさん、戦うしかありません」

「あ・・あぁ」

ロットは明らかに動揺していた、他の隊員たちも同様だった。

あまりの出来事に声すら失っているようだ


アイルは自分がやるしかないと、心の中ではハルザックに謝りながらも、隊員を掴んでいる足を刀で切り落とす。

その隊員は既に絶命していた

ハルザックはアイルを狙い、長い手足を振り回す

刀で受けたが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


その様子を見てロットは我に返る

「ハルザック、やめるんだ!!」

弓を構え素早く放つが、ハルザックは硬く、矢は刺さるが浅く、なかなかダメージが通らない。

「くっ、この矢ではダメか」

ロットに続き、変わり果てたハルザックの姿に怯えていた他の隊員たちも、徐々に戦いに参戦する

ロットはハルザックの名を呼び続けるが、その行為も虚しく、ハルザックは暴れ続ける。


弓兵の多いロットの部隊は近づかれると弱く、1人、また1人と隊員たちは倒れ、残りはアイルとロット、そして隊員が1名のみとなった、ハルザックの胴体から生えた足は残り2本、ロットは後方から弓で援護を続ける

ハルザックも少しずつではあるが、弱ってきていた。


ロットは自分の部下の隊員が、アイルにとって足でまといになっていることに気づく、彼がやられないようにかばいながら戦っていた

「ゴーシュ、皆を起こせ、避難の誘導を、頼む、ここが落ちたら全員で王都を目指せ」

ゴーシュと呼ばれた青年は腕を貫かれ、剣を握るのもやっとの状態であった、「ロット部隊長、まだやれます」

「アイル君の邪魔だ!早く」

その言葉で、初めてゴーシュは自分をかばいながら戦うアイルに気づいた

「くっ!わかりました・・・・」

ゴーシュは悔しさと情けなさで一杯になるが、今は自分に出来ることを精一杯やるしかないと、自分に言い聞かせる

「お2人共、ご無事で」

「あぁ、みんなを頼む」

ゴーシュは砦の中に消えていった。


「さて、アイル君、すまないね・・本来なら守備隊の不始末は守備隊員のみで片付けなくてはならないのだけど」

「大丈夫です」

「援護する」

「はい」

ロットは常にハルザックの背後、もしくは側面につくように動き、屋上に備えていた、少し重いが威力の強い大型モンスター用の弓矢に装備し直した

「やっと取れた、これなら」

ロットは鉄の大矢をハルザックに放つ、それは背中に深く突き刺さった。


「よし、いける」

ハルザックがロットの方を振り向いた瞬間、アイルはハルザックの胴体から生えた残り2本の足を素早く切り落とした。

しかしお構いなしに、勢いを強めながらロットに詰め寄るハルザック

ロットは既にハルザックの頭部に狙いを定めている

「ロットさん、逃げて!」

アイルは叫ぶ

「ハルザック・・もう眠れ」

ロットの放った矢は、ハルザックの眉間に突き刺さる。

ハルザックは絶命しながらも、勢いそのままにロットにぶつかり・・・・・・

2人は物見櫓の上から砦の外に落下していった。

「ロットさーん!!」

アイルは叫びながらロットとハルザックの落ちた場所から下を覗き込む

しかし真っ暗で見えない。


アイルはロットを探さないと、と思い下に降りようとする、その時・・

ハルザックに噛まれた隊員たちが動き出し、アイルはドアの鍵を閉め素早く梯子を降りていく。

ドアがバンバンと大きな音を立てている、破られるのも時間の問題だろう

アイルが下に降りると、ゴーシュが砦の鉄扉の前に皆を集めていた。

「ゴーシュさん」

「おぉ、良かった、ご無事で!?部隊長は?」

「時間がありません!すぐに突入してきます!逃げてください、ここはもうダメです」

バーンという大きな音が聞こえ、物見台の扉が破られた。

「来ます!!」

アイルの勢いに気圧されたゴーシュは、すぐに鉄扉を開く

「皆さん、王都まで避難しましょう、ついてきてください」

しかし時すでに遅く、梯子が使えない"何か"は次々と上から降ってくる。

落ちた衝撃で頭が潰れる者もいたが、そのほとんどは足が折れても平気で立ち上がる。

避難民たちはパニック状態で、我先にと砦の外へ散り散りに逃げる。

ゴーシュは、元同僚たちの変わり果てた姿に、足がすくみ動けない。

「ゴーシュさん、動いて」

ゴーシュは観念したように跪き、"何か"の餌食になった。


砦の中、アイルはウタを探していた

ゴーシュが集めた人達の中にウタの姿がなかったのだ

アイルにとっては幸いなことに、ほとんどの"何か"は悲鳴をあげ逃げていく人たちを追っていった。

アイルは1体だけ自分の方に来た"何か"の頭部を切り落とし、砦内の部屋をくまなく探す。


ある部屋の前に着くと、誰かの声がした、その部屋に飛び込んだアイルは信じられない光景を見てしまう


ウタが男達2人に押さえ込まれ、乱暴されようとしていた、ウタは殴られたのか、顔は腫れ涙を流していた、それでも必死で抵抗しているウタを見て、アイルは我を失った。


気づいたとき、アイルの両拳は血まみれになっていた。

「悪かった・・・もう・・・許し・・・て」

1人は既に意識を失っていて、もう1人も顔の形が変わり、アイルに許しを懇願している。

ウタは体中に擦り傷ができていて、顔は腫れ、着ていた衣服が破られていた。

興奮が収まらないアイル、今まで生きてきた人生の中で、ここまで怒りの感情に飲まれたことはなかった


無意識のうちに腰の鉄の短剣を抜き、その剣を振り上げた。

「ヒィィィィ・・・・・」

死ぬ・・・と思った男は目をつぶって頭を抱えるが、なかなか死が訪れない。

目を開けると、ウタがアイルの手を止めていた。


「もう・・いい」

ウタは悲しそうな目でアイルを見る

「・・・・」

「もういいから」

アイルは短剣を床に落とす


「行ってください・・・早く」

アイルは男たちの顔を見ないように言う、見てしまうと、また自分を抑えることができなくなってしまいそうだった。

「あ・・あぁ、すまねぇ、本当にすまねぇ」

男はもうひとりの男をたたき起こし、すごすごと部屋を出ていく。


2人は無言だった、早く逃げないといけないのに、アイルは思考が停止して、何も考えられなかった。


ウタが口を開く

「ありがと・・・」

「・・・ごめん・・・」

「なんで謝るの?」

「もっと早く、気づいてたら・・」

「・・・ちょっと・・殴られただけだから・・・」

「でも・・・怪我を」

服が破られはだけているウタの肩を見て、思わずアイルは視線をそらした。

「見たいの?」

「ち、違うよ」

「フフ」

ウタが微かに笑ったのがわかり、アイルの心も落ち着いてきた。

初めて見るウタの笑顔だった。


アイルは部屋の中にある、町から避難してきた人が残していった荷物の中に着れるものがないか探す


「ウタ、今までもこんなことが?」

「・・今まで、誰も私に関わろうとしてこなかった・・・」

「じゃあ、何で」

「・・・・ゴーシュさんって人が、もうここは危ないって・・・みんなを集めて回ってた、私、人、たくさんいるの苦手だから、隠れてた・・・そしたら、さっきの2人に見つかって・・・・なんか・・目が怖くって・・どうせ死ぬかもしれないなら、最後に楽しませろって・・・私・・」

徐々に声が震えてくるウタ

「ごめん・・もういい」

「・・・・うん」


「あ、着れそうな服、1つだけあった」

「うん」

アイルは女の子の荷物っぽいものから黒い服を取り出し手渡した

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あの・・・・」

「うん」

「着替えたいんだけど・・・見たいの?」

「あ、うん、ごめん、あ、いや今のうんは見たいっていう意味じゃなく・・」

アイルはしどろもどろだ

「わかってるから」

「あぁー・・ハハ、後ろ向いとくね」

アイルは顔が赤くなっていくのを感じた。


「どう?」

「うん、似合ってる・・・可愛い」

思わず見とれるアイルに、ウタも気恥ずかしくなってくる

「見すぎ・・・」

「あ、ごめん」

「でも、これ」

「うん、ドレス・・だよね」

パーティーでも着れるような黒のドレスだった

「きっと大切なものだったのかも・・」

「荷物を整理する暇もなかったのかな・・・それとも置いていけと言われたのかも・・」


「これから・・・どうする?」

「うん、僕はアジトに戻る・・ウタも・・一緒に・・一緒に行こう」

「・・・・なんで?」

「それは・・・・」

言いかけた直後、外から足音が聞こえる、2人は息を止めてやりすごす。

このままここにいては危ない、足音が遠ざかるのを待ち、2人はゆっくりと部屋を出る。

遠ざかっていく足音以外何も聞こえない、王都へ向かって逃げた人たちを追って、ほとんどの"何か"は砦からいなくなっていた

アイルはウタの手を握り、足音を立てないようゆっくりと砦から出る。


砦の入口にはゴーシュの死体はなく、アイルは先ほどの足音はゴーシュだったのではないかと思った


外へ出る


砦の壁に張り付き、ゆっくり周囲を警戒する

王都に向かう道とは別に、森へ向かう道を探さなければならない、しかし昼間来た時とは違い、暗いため来た道がわかりにくい

アイルは森から砦まで来た光景を思い出そうと考えていると、ウタが小声で話しかける

「何か・・聞こえる」

2人に緊張が走る

耳を澄ますと確かに聴こえてくる・・

何か引きずるような音


アイルは恐る恐る音のする方を砦の壁越しに顔だけ覗かせて確認する。

驚いたことにロットがそこにいた。

怪我をしたのか、足を引きずりながら這っていた

近くにハルザックの遺体があるが、ピクリとも動かない。

周囲に他の"何か"がいないことを確認しながら駆け寄る

「ロットさん、生きて・・・」

「アイル・・・君・・・」

ロットの命の灯火は今にも消えかかっているようだった。

「はい・・ここにいます」

「逃げ・・るんだ」

声を出すのもやっとの状態で、それだけ言うと気を失ってしまった。

それでもアイルに逃げろと言ってくれるロットを見て、アイルはその場から動けなくなる。

ウタを守らなければならないのに、ロットを見捨てることもアイルにはできなかった。

為すすべなくロットを見守るアイルに、ウタはそっと耳打ちをする。

「助けたい?」

「ウタ」

「助けたいの?」

アイルは頷く

「でも・・そんなこと」

「誰にも・・言わないで」


アイルには何が起こったか分からなかった。

ウタがロットに手を当て、今まで聞いたこともない言語を口にする

すると淡い光がウタの手から発し、ロットを包み込む。

ウタの黒い目からは血のような赤い涙が流れ始めた。

心配するアイル

「ウタ・・血が・・目から」

「大丈夫」

光が消え、ウタの血も止まる。

ロットは苦しみから解放されたような、自然な表情で、呼吸も戻っていた。

「ウタ・・・・」

ウタはまた自分が奇異な目で見られると思っていたが、アイルの目はそれと違っていた。

「凄い・・凄いよウタ、君は」

「・・完全に治せるわけじゃ・・待って、誰か来る」

足音が聞こえた

それは徐々に近づいてくる

2人はロットのそばで身をかがめるが、隠れることができそうなものは見当たらない

顔を見た瞬間にゴーシュだった"何か"であることがわかった


ゴーシュはアイルに飛びかかる、アイルは一瞬躊躇してしまい、上に覆いかぶさられる、噛もうとしてくるゴーシュの口に短剣を当て防ごうとするが、すごい力で押さえ込まれる

腕にゴーシュの指が食い込んできた

ウタが後ろから引き離そうとするが、アイルは逃げるよう叫ぶ

ゴーシュがくるりと後ろを向き、ウタに襲いかかる

アイルは起き上がるも間に合わない、ダメだと思った瞬間だった

ロットの放った矢がゴーシュの頭に命中し、ゴーシュは倒れた


「はぁ・・良かった」

「ロットさん」

「ギリギリ・・だったね・・」

「ありがとうございます!」

「しかし私は・・・上から落ちて・・確か・・ハルザックが下敷きに・・意識が朦朧として・・それから・・・」

「ロットさん、それよりもここは危険です・・移動を」

「あ、あぁ・・」

ロットは自分が死んだと思っていただけに、動けることが信じられなかった。

振り返りハルザックを見る

「ハルザック・・・約束、守れなくてごめんな」

少し見つめたあと、片足を引きずりながらアイル達の後をついて行く

心の中でハルザックに別れを告げて


「アイル君、どこへ・・」

「ロットさん、王都へ向かう街道はもう、動く死体が・・」

「そうか」

ロットは残念そうな顔をしている

「ロットさんも森へ行きましょう、王都へ向かうにしても、別の道を行ったほうが」

「わかった、だとしたら案内しよう、途中できれいな湧き水もある、そこなら休憩できるはずだ」

「助かります」


2人は足を引きずるロットの後をついて歩く、アイルはウタを気遣い手を差し出すが、ウタに拒否される

「1人で歩ける・・」

「あ・・ごめん・・」

決して嫌だったわけではないが、これ以上アイルの存在が自分の心の中で大きくなっていくのが怖かった。

ウタに拒否されショックを受けるアイル、ふと後ろを振り返る。

段々と明るくなってきていた。

砦の向こうの町は静まり返っている、時折屋根の上で動く人影だけが見えた

灯台は明かりがついている、今もまだ生き延びるために懸命に闘っているのだろう。

そう思うと、アイルは自分の無力さを痛感し、胸が締め付けられる。


「行かないの?」

ウタに声をかけられ、アイルは前を向き歩き始めた

昨日ここに来た時にはクレイグ団長と2人、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった・・・

そして今、ウタとロットと3人、命からがら町を出る。

丘を下ると見覚えのある森の小道にたどり着く

クレイグと共に通った道だ。

早く傭兵団のアジトに帰りたい、皆に会いたいと願っていた。

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