95・ベンジャミン氏の憂鬱。
オレはもうロートルだ。
引退も考えないわけじゃあない。
だからゴムの木を森の外で育ててみようと思ったんだ。
国境の森は強い魔物の巣窟で入れるヤツはそう居ない。
勇者が仲間と狩りをしたという話は聞いたがな。
南の端の方はなぜかそれほど強いヤツが出ないのでゴムの樹液を集めるのを
仕事のひとつにしてたんだ。
育てるにしても性質もよく分からない所からだったから時間も掛かった。
ソレでも林と言ってもイイくらいに育ったときは嬉しかったよ。
少しながら樹液の採集も出来たので先は明るいと思ったんだ。
でも戦争が起きた。
逃げ出すしか無かった。
村の皆を護衛しながら旧都まで逃げたんだ。
ゴムの木のことも諦めるしかなかった。
停戦になっても皆村には戻れなかった。
村は戦場になってしまったから。
土地も荒れて作物が作れなくなっていると兵士に出ていた村人が報告したよ。
あぶれ気味のギルドの仕事をこなしながら城壁の外の皆の心配もする。
そんなある日ゴムの木のことを知りたがってる貴族が居るという話が有った。
話だけでも金を払ってくれるなんて物好きな貴族もいるもんだと思ったね。
驚いたコトに依頼者は三歳くらいの子供だった。
それでも相手は貴族だ。
失礼なことにならないように気をつけなければ……
後でソノ館は宰相家のものだと教えられた。
あの子はアレでも若様らしい。
それでもゴムの木の調査の依頼をしてくれた。
故郷の村の様子を見に行けると仲間は喜んでくれた。
もっとも村の荒れ具合にガッカリもしたのだけれど。
完璧とは言えなかったけれどゴムの木の林は無事だった。
村の畑のほとんどが草一本生えないくらいに荒れていたのに……
やっぱりアノ国境の森に生えているモノなので普通の植物とは違うのだろう。
周りじゅうが荒野になってるのにゴムの木だけが無事なんてのは異様だね。
依頼はほぼ完璧にこなせたと思う。
育てるのを指導してほしいという依頼も来た。
仕事にあぶれ気味の現状では有り難い限りだ。
若様は見た目通りの子供じゃあ多分ないんだろう。
なにか秘密があるとしても相手は貴族な上に宰相家だ。
平民なんかが突っ込んでイイ相手じゃあないのは明白だな。
若様は変わってる。
今度は城壁の外にできてる難民達のテント村を見に行きたいと言いだした。
まあ、執事氏でなくても反対するよな。
ところが若様は諦めなかった。
はあ? オレの息子だってぇ!?
仲間のパーラの笑うこと笑うこと。
お前が母親役だってのも笑えると言ったら叩かれた。ナゼだ?
ついでに村の今の様子を村長達に知らせたいと思って引き受けた。
ところが魔獣が出た!
アレは「ティグール」だ!!
しかも「黒」だ!! くっそう!!
「青」ならオレ達でもなんとかなるが「黒」となると……
若様に「後ろを見ないで走れ!」と指示して警笛を鳴らす。
逃げろ! 逃げろ!! みんな逃げろ!!!
できるのが時間稼ぎくらいだとしてもオレがするべきなのはひとつしか無い!
後ろに付いて来ていた護衛の冒険者達やパーラも戦ってくれたが端から飛ばされ
爪で切り裂かれとても勝てるとは思えなかった。
ところが塀の上から援護が来たんだ。
何で逃げないんだ! 若様!!!
火炎球の威力はそう大きいわけでは無かったが球数がムチャクチャだった。
隙が多くなった「ティグール」を攻撃しているうちに不意にヤツはフラついた。
そうして倒れて痙攣していた。
一体何が?!
でも疑問に思ってるヒマなんか無い!
みんなでトドメを刺してホッとしたら若様がなぜか神官様達と話しながら
回復魔法を使っていた。
どうやら誰も死なずに済んだようだ。
まあ、しばらく休養が必要なヤツラは居そうだが……
パーラが誰かが風魔法を使ったみたいだと言う。
コイツは魔法が得意ってわけじゃあないんだが魔法の気配に敏感なんだ。
魔法……使ってたのは若様だよな。
火魔法と回復魔法の他にも風魔法まで? あの歳で?
「差し支えなかったらちょっと解説してもらえませんかね?」
聞いても無駄だとも思えたけれど聞かずには居られなかった。