今 9
私、私は。今、なにをしたらいいんだろう。なにをしたら、この痛みから、苦しみから、悲しみから、逃れられる?
『お前には、心の病の手当てをして、その記憶の中から悲しみの深い根を引き抜き、頭脳に刻み込まれた苦しみを綺麗に消し去る手立てが見つからぬのか?』
マクベスのセリフが、不意に浮かぶ。――残念だけどね、マクベス。私には、そんな手立てが見つけられない。知ってるなら教えてほしいくらい。
あのとき――いや、いつからかなんて分からないけど――彼に対して無感動でいられたら、私は苦しまずに済んだ。それだけは確かだ。彼がもういないのと同じくらい、確かな真実だ。
だけど同時に、彼の隣は息がしやすかったこともまた、事実で。安らげたことも、笑えたことも、すべて事実で。
愛美に抱きしめられたとき、思った。あなたじゃない、と。
ほしい声も、笑顔も、温もりも、全部……もうない。そんなの分かってる。だけど……信じたくない。
私にとって、彼は太陽だった。彼が中心だったと、今さら思う。眩しすぎたし、うるさい太陽だったけど。でも同時に、私は人間になれた。
もう人をサンプルとして見ることはない。
重たい話、と自分で嗤いそうになる。でも……なにより、重要な話だから。
生きる希望。生きる意味。生きる目的。それを奪われた。昔の私なら、そんなもの希望や意味を人に求めはしない。でも幸か不幸か、私は人間になっていた。
悔し涙を流し、楽しくて笑い、我慢できずに怒鳴り、悲しみの涙をこっそり流して。そんな、どこにでもいる人間になった。
……みんなはもう、立ち直りつつある。花瓶の花は、少し萎れている。




