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十話 風呂

 ところで、この魔王城、アスタリスクはラグナにある一都市、フェミルに建てられている。

 フェミルはラグナ一栄えている都市で、端から端まで行くのに、歩きだと丸一日かかるほど大きい。城下には多くの店が立ち並び、沢山の人々が笑顔で暮らしている。アガルタ(人族の大陸)とは違い、ラグナ(多民族の大陸)には階級や身分の差というものはないそうだ。だから、貴族がなんだとか、平民がどうしたとか、そんないざこざは一つもない。

 しいて言うならば、街を魔物から守る魔王騎士団、魔物を狩りそれらからの恩恵で生活するギルドの二つと、人族と戦う魔王軍の仲が悪いくらいか。

 魔物というのは、普通の動物が魔力を過剰に摂取したせいで変異したものらしい。俺もまだ見たことがないので詳しくはわからないが、魔族、人族関係なく人を襲うらしい。で、それらを狩るギルドとそれらから守る騎士団は軍と仲が悪いらしい。まあ、それもふざけ合っているだけでほんとは仲良いらしいけど。

 そして、魔王城はとても大きく建てられているが実際の階数はそんなに多く無い。上に八階と、下にもう一階あるだけだ。まあ、それは天井がどの階も六メートルくらいあるからなんだが。巨人族とか、背が高い種族のために天井は高くなっている。ちなみに、上の階に上るたびに面積はどんどん狭くなる作りになっている。

 地下には訓練場や魔術の練習場がある。一騎打ちとかの施設もあるな。戦闘用の場所は全部地下にあるようなものだ。

 一階には食堂、大浴場、物資の支援場所やおっちゃんの購買などがある。倉庫なんかもここだな。

 二階には何千人もの人が入れるくらいの大広間。ここでは軍や騎士団全体のミーティングをやるらしい。

 三階、四階には住み込みの兵士用の居住施設、住み込みのメイド用の居住施設がそれぞれ。住み込みの兵士は大体騎士団だな。魔王様アイリスの護衛だそうだ。

 五階には住み込みの兵士やメイド達の子供の保育施設がある。保育園みたいなものだな。

 六階には軍や騎士団の幹部の居住施設がある。騎士団の幹部はここに住んでいるものが多いが、軍の幹部はほとんどがフェミルの住宅地に住んでいる。因みに、俺はここに一部屋借りている。

 七階には軍や騎士団の少数による会議、ようするに、魔王城のトップ達の会議が行われる会議室。アイリスも参加するらしい。

 八階にはアイリスの執務室と私室の二つの部屋しか無い。だからか、両方ともとても広い。

 そんな魔王城の一番の名物といえば、やっぱり一階の大浴場だろう。一般開放しているため、街の人々も入れるし、めちゃくちゃでかいので男女両方とも千人くらいなら収容できる。風呂の種類も豊富で、普通の室内風呂やシャワーはもちろんのこと、ジャグジーバスに露天風呂、サウナやワイン風呂なるものまである。

 そしていま、俺とアイリスはそんな魔王城の大浴場に向かって五階から階段を下っていた。


「気が付かなかったわたしもわたしなんだけど、よくそんな格好で過ごせたね」

「なんか、あれだ。他に気を割くことが多すぎて服装とか見た目とかすっかり頭から抜け落ちてた」


 三階も回るとどんどん兵士やメイドの数が増えてくる。良い時間だし、みんな大浴場に行くのだろう。


「そういえば、武器は何を使うことにしたの?」

「ああ、普通の剣とレイピアを足して二で割ったような剣。少し細めで、軽くて使いやすいやつ二振り」

「へぇ、珍しいもの使うんだね。しかも二刀か」

「ちらと使ってみたらすごい使いやすくてさ。それで決めた」

「そっか、二刀を使いこなすのは大変だと思うけど、頑張ってね」

「おう。でもなぁ……」


 俺は一度区切り、自分の両手を見つめる。


「なんでかはわからないんだけど、気のせいかもしれないんだけど、俺、運動神経上がっているように感じるんだよな。武器に触れたのは初めてのはずなのに、それらを扱うのは初めてのはずなのに、身体は勝手に動いて戦い方をだんだんと頭でも理解できた。それに、ウィリアムさんの動きが……なんて言えばいいのか、目で見ると次にどう動くかがなんとなくわかるというのか……」

「……」


 これだけはほんとわからん。あんなにうまいこと二振りの剣を操れるものなのか? 別に俺は室内で木刀振り回してオレカッケ―とかやったこと、無い……し……


「……うごぉぉおおぉ」

「ど、どうかしたのかい!? まさか、さっきの怪我治りきってなかったとか!?」

「い、いや、大丈夫だ。問題ない。これはどっちかってと心の傷だからな……」

「……?」


 違うんだ。あれは軽はずみな行為というか、若気の至りというか、とりあえずそんなものなんだ。断じて一か月くらい前に『絶ッ! 紅凛鳳凰斬ッッ!!』とかやっていたわけではない。断じて(・・・)

 そうこう話していると目的の階にたどり着く。一階には民間人の姿も多く見える。


「じゃあ、後でな風呂上がったら待ってるから」

「はーい」


 軽く言葉を交わし、男湯の暖簾をくぐった。すると、そこにはまたも金髪犬耳のイケメンが……


「やあ、楓。またあったね」

「ウィリアムさん、お疲れ様です」


 全裸で片手をこしにやり、もう片方の手で牛乳瓶を握りしめていた。


「……ウィリアムさんはいま上がったところですか?」

「そうだよ。まあ、これ飲み終わったらもう一度入るけどね」


 そう言い、牛乳を一息で飲み干すウィリアム。……ダメだ。これに突っ込んじゃいけない。おっさんくさいとか言っちゃいけない。なんとなくそれを目に映さないようにしながら服を脱ぐ。


「楓、一緒に入ろう。で、交流を深めようじゃないか」

「よ、よろしくお願いします……」


 なぜだろうか。はははっと笑うウィリアムはさっきの好青年とは思えないくらい暑苦しく感じた。




 身体をシャワーで軽く流し、まずは室内の大きな風呂で疲れを癒す。


「あ゛あ゛ぁ、あったまる……」

「いやぁまったく同意見だ。相変わらずここのお風呂は気持ちいいね」

「俺、ここに入るの初めてなんですよ。もしよかったらお勧めのところ連れて行ってもらえませんか?」

「構わないよ。けど、とりあえずここであったまろうか」

「そうですねぇ……」


 入ってわかったけど、ここのお風呂素晴らしいわ。何が素晴らしいって、普通の温泉とか銭湯ってなんだかんだゴミ浮いてたりするだろ? そういうの一切ないし、お湯も透き通ってて綺麗。効能かなんかがあるのかはわからないけど、いつも普通の風呂に入っている時より多く疲れが取れている気がする。室内の普通の風呂でこれとか、露天風呂とかいったらどんだけ気持ちいいんだよ……

 風呂の縁に腕を乗せ、その腕に顔を乗せる。そうすると、自然にほおが緩み情けない顔をしてしまった。ふにゃぁ……きもちいぃ……ふにゃぁ……


「ここを作ったのは別に僕ではないけれど、ここに住み、よく使うものとしてはそんな反応はうれしいねえ」

「素晴らしいですねぇ……俺のいた国は風呂大国でしたけど、こんなに気持ちいい風呂は初めてですよ……」


 確かに俺はそう長いこと生きてきたわけでもなければ、風呂が好きで湯めぐりをしたことがあるわけでもない。ただ、少なくともそんな人生の中では一番気持ちいい風呂だと断言することができる。


「……ところで、こっちでの生活には慣れそうかい?」

「ウィリアムさんは――」

「ウィリアム、で構わないよ。敬語も必要ない。僕はすでに、君のことを少し年の離れた友人のように感じているしね」

「……そうか、それなら遠慮なく。ウィリアムは俺のことをどこまで聞いた?」

「君が人族の勇者ということ。向こうを追われ、魔王様が拾ったということ。属性、ギフトが桁違いに強いこと。このくらいかな」


 だいたい全部でした。


「……そう、だな。ここの人は親切だし話していて楽しい。ご飯はうまいし風呂は気持ちいい。まだいまは慣れたとは言えないけど、気が付いたら離れがたくなってそうだな」

「ふふっ、そうかい」


 会話が止まり、周りの人々の喧騒が俺たち二人の間を漂う静寂を押し流す。周りをよく見るといろいろな人がいた。まるで鬼のように頭に幾本か角が生えている人。アイリスやウィリアムのように動物の耳や尾がついている人。耳が尖っていて横につきでている人。天子の翼のようなものがついている人や、それとは違い鳥の翼がついている人。また、悪魔の持つ羽や尾を持つ人。身体の一部に鱗があり、爬虫類のような尾を持つ人。とんでもなく大きい人。それとは逆に、とんでもなく小さい人。そして、俺と同じように、全くただの人間、人族もいる。

 そんないろいろな人たちはみな、お互いを尊重しあっているように見えて、なんだか無性にうれしく感じた。


「……すまなかったね」


 ――いきなりウィリアムの声のトーンが変わった。


「君はこっちに来てからまだ間もないのに、訓練とはいえとても厳しくしてしまった。申し訳なく思うよ」

「そんなの、俺は気にしてなんか――」

「僕が、気にするんだ」


 それだけ言うと、深く頭を下げた。


「もう一度言う。すまなかった。どんな人が来るとしても、その人の全力を出させ、叩きのめしてから育てなおすつもりだったん――いや、いいわけだな。忘れてくれ」

「……」


 喧騒はまだ周りにある。しかし、そんなものは二人の世界には無かった。あるのは静寂ただ一つ。


「……一つ。一つだけ聞かせてくれ」

「なんだろうか」

「俺は……貴方の目に適ったか?」

「ああ、断言する。初めて剣に触れて君ほど戦えるものなどいないだろう」

「……そっか」


 なんだろう。自然に口角が上がった。安心……だろうか。俺は、この人に認めてもらえて安堵しているのか。


「俺は気にしてないから今後とも指導をお願いするよ。全部俺のためにやってくれたんだろ? あ、そうだ。悪いと思ってんならより一層厳しくしてくれよ。そっちのが強くなれるしさ」

「……君は」

「ほれ、辛気臭い顔なんてすんなよな。それよかそろそろほかの風呂にも連れてってくれよ」


 強引に話題を挿げ替えてウィリアムの手を引く。

 ……ウィリアムはそっと、口の端を持ち上げた。


「君は、なんていうか……魔王様が気に入るのもわかる気がするよ」

「どういう意味だよ」

「さて、ね。まずは露天風呂に行こうか。景色は最高だし、お湯の暖かさと外気の涼しさが相まって気持ちいいよ。たぶん、ここより」

「そりゃ楽しみ」


 俺たちは風呂を上がり、露天風呂へ向かう。

 ここより気持ちいいとかそれ大丈夫か? 俺、ふにゃふにゃに溶けて無くならないか?

 そんなこと考えていると、前を歩くウィリアムが突然歩みを止めた。そして頭を抱える。


「あちゃあ、忘れてた」

「ん、どした?」

「いやさ、ちゃんとした自己紹介がまだだったなと」


 振り返ったウィリアムは真剣な表情を浮かべ、それだけ言うと一礼。


「魔王騎士団副団長、ウィリアム・シュルツと申します。以後、お見知りおきを」

「へえ、騎士団所属だったのか。なるほど、どおりで剣と盾を使ってたんだな。…………ん? え、っと。なんか聞こえたような……ふ、副団、長……?」


 にこりと、いたずらが成功した少年のような笑みを浮かべるウィリアム。


「え、ええ……えええぇぇぇーーーーッ!?」


 すくなくとも、俺はそのときこの日一番驚いた。

 その時の心境はどうあれ。









 そんな大事なことをお互い全裸の時に言う必要なくないッ!?




 ――その後幾日か、魔王城内では、大浴場で魔王騎士団副団長が全裸で(・・・)人族に礼をし、その人族が全裸で(・・・)狼狽したという噂でもちきりだったそうな。

 

 いかがだったでしょうか?

 もし良ければ、大変励みになりますので評価、感想をよろしくお願い致します。

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