第十九話:粉砕!高慢令嬢の自尊心はゼロ!?
不敬な噂を流した不届き者たちが、社会的な死、あるいは精神的な崩壊を迎えてから数日。
学園内は、私の姿を見かけるだけで全員が壁際に吸い寄せられるという、極めて「安全」で風通しの良い環境となっておりました。
「……ふぅ。テオ。今日のお姉様は、中庭のテラスでお茶を楽しみながら、あなたへの五通目の手紙を書いていますわ。そよ風があなたの産毛のように心地よい午後です……」
私が優雅にペンを走らせていると、カチャカチャと騒がしい靴音と共に、数名の女生徒たちがこちらへ歩み寄ってくるのが見えました。
中央にいるのは、金髪を縦ロールにした、いかにも「私は物語のヒロイン、あるいは悪役令嬢です」と自己主張の激しい少女。彼女は公爵家の令嬢にして、この学園の女子生徒の頂点に君臨すると自負している、マルグリット・フォン・クロイツァー様でした。
(……やれやれ。ようやくお出ましですか。私の『お掃除』が行き届いていなかった場所がまだあったようですわね)
私はペンを置き、淑女としての完璧な微笑を湛えて彼女たちを迎えました。
「ごきげんよう、マルグリット様。このような端の席に、何か御用かしら?」
「あら、リリア・ハルトマン様。貴女、ずいぶんと調子に乗っていらっしゃるようですわね? 騎士団長の娘という立場を利用して、周囲を脅して回っているという話ですわよ」
マルグリット様は、扇で口元を隠しながら高笑いしました。背後に控える取り巻きたちも、くすくすと嫌味な笑い声を上げます。
「調子に乗る……? いえ、私はただ、皆様と仲良く過ごしたいと願っているだけですわ。……お茶を一杯、いかがかしら? ちょうど、ハルトマン家特製の『精神を安定させる』薬草茶を淹れたところですの」
「ふん、そんな野蛮な家系のお茶など、私の口には合いませんわ! 本物の貴族の嗜みというものを、私が直々に教えて差し上げますわよ」
彼女は合図を送ると、取り巻きの一人が最高級の茶器セットを広げ始めました。どうやら、この場所でお茶会の作法を競い、私を「田舎者の野蛮人」として貶めようという算段のようです。
(……剣を抜かぬ戦い、というわけですわね。面白い。かつての戦場でも、茶の一服で和睦の条件が決まったものですわ)
マルグリット様は、誇らしげに茶葉を躍らせ、流れるような動作で紅茶を淹れていきました。確かにその動作は洗練されており、並の令嬢であれば「流石は公爵令嬢」と感服したことでしょう。
「見ていらして? これが王宮でも称賛された、私の『黄金の抽出』ですわ。貴女のような剣を振るうことしか知らない無調法な方には、この香りの繊細さは理解できないでしょうけれど」
彼女が差し出した一杯。
私はそれを一口含み、すぐに優雅にソーサーへ戻しました。
「……マルグリット様。一つだけ、伺ってもよろしいかしら?」
「あら、降参の言葉かしら?」
「いえ。……貴女、茶葉の『魂』を、一粒も捉えられていませんわね」
その瞬間、私の周囲の空気が、微かに歪みました。
「な……何を言っていますの!?」
「お湯を注ぐ際の手首の角度、茶葉が対流する速度。すべてが『形』に囚われすぎて、命が宿っていません。……それでは、戦場(お茶会)で相手の心を射抜くことは不可能ですわ。……アイリス、準備を」
「御意にございます、リリア様!!」
影から現れたアイリスが、真っ白な手袋をはめ、私が普段から愛用している「テオの離乳食を作るのと同じ清らかな水」が入った水筒を差し出しました。
「見ていらして。これが、ハルトマン家の――いえ、剣聖の点て方ですわ」
私は立ち上がることなく、ただ無駄のない動作で茶葉を器に落としました。
一振り。一投。
私の指先が動くたびに、周囲に不可視の「圧」が発生します。
マルグリット様たちは、私の動きに魔法的な「美」を感じるのと同時に、まるで名工が研ぎ澄まされた名刀を鞘から抜いた瞬間のような、逃れられない殺気にも似た重圧に晒されました。
私は、沸騰したお湯を一点の曇りもなく注ぎ入れました。
お湯が器の中で描く渦は、まさしく必殺の剣閃。茶葉が舞い上がる様子は、千の軍勢が一度に動くような威圧感を伴っていました。
そして。
香りが、爆発しました。
「な……っ!? この香りは……!?」
マルグリット様の顔から、余裕の色が消え失せました。
私の淹れた茶から立ち上る香りは、もはや単なる飲料の域を超えていました。それは、深遠な森の静寂、あるいは戦場に咲く一輪の花のような、強烈な意志を伴った「芳香の衝撃波」となって彼女たちの鼻腔を貫いたのです。
「……どうぞ。これが、私の『日常』ですわ」
私が差し出したカップを、マルグリット様は震える手で受け取りました。一口、彼女がその茶を口に含んだ瞬間――。
――ガシャン。
彼女の手から、公爵家自慢のカップが滑り落ち、石畳の上で無残に砕け散りました。
マルグリット様は、その場に膝をつき、溢れ出る涙を抑えることもできずに震え始めたのです。
「……ああ……。何という、何という浅ましさ……。私が今まで『最高』だと思っていたものは、ただの泥水でしたわ……。この一杯に込められた、圧倒的なまでの……格の違い……っ!」
彼女の目には、私が茶を点てている姿が、万軍を指揮する美しき将帥のように映っていたのでしょう。私の立ち振る舞い、視線の配り方、そして指先のミリ単位の制御。そのすべてが、彼女が一生をかけても辿り着けない「極致」であることを、彼女の魂が理解してしまったのです。
「マルグリット様、大丈夫ですの!?」
「リリア・ハルトマン、貴女、何を……っ!」
取り巻きたちが私に詰め寄ろうとした瞬間。
私が、ただ一度、視線を彼女たちに向けました。
――ッ!!
落雷のようなプレッシャーが、彼女たちの足元を撃ち抜きました。
「……騒がしいですわね。お茶会の静寂を乱す者は、万死に値しますわよ?」
私は微笑んでいました。
ですが、その背後には、かつての宿敵ゼフ・ハルトマンさえも震え上がらせた、伝説の剣聖としての「殺気」が龍のように渦巻いていました。
「ひ……、ひいぃぃぃ……っ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
取り巻きたちは、文字通り脱兎のごとく逃げ出していきました。
後に残されたのは、砕け散った陶器の破片と、その中央で魂を抜かれたように座り込んでいる「元・女王」マルグリット様だけ。
「マルグリット様。茶道も剣の道も同じです。……慢心は、己を曇らせるだけ。……この茶の味が理解できたのであれば、貴女はまだ、やり直せるはずですわ」
私は、空になった私のカップを優雅に片付けると、まだ半分ほど書き残していたテオへの手紙に視線を戻しました。
「あ、ああ……。リリア様……。私は、なんて愚かな……。私は今日、初めて『真の貴族』というものを知りましたわ……っ!」
マルグリット様は、石畳に額を擦り付けるようにして平伏し、そのまま嗚咽を漏らし続けました。
「リリア様! 流石でございますわ! 魔法も剣も使わず、ただの『茶』だけで公爵家の自尊心を粉砕するとは……。ああ、これぞハルトマン家の正道! 私、一生ついていきますわ!」
アイリスが興奮で鼻血を垂らしながら拍手喝采を送っていますが、私はそれを適当にいなし、再びペンを走らせます。
(テオ、元気ですか。今日もお姉様は、お友達を一人『更生』させてあげましたよ。学園の皆様は、私の淹れたお茶に感動して、地面に這いつくばって喜んでくれる、とても礼儀正しい方ばかりです。いつかあなたにも、お姉様の特製ミルクティーを飲ませてあげたいですわ……)
中庭に流れる、平穏(という名の、誰も逆らえない恐怖の沈黙)。
学園の「女王」と呼ばれた少女の自尊心は、剣聖の一服の茶によって、文字通りゼロへと粉砕されたのでした。
私の紫の瞳には、かつての宿敵にトドメを刺した時のような冷徹な輝きと、弟を想う深い慈愛が、奇妙な調和を保って宿り続けていました。
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次回お楽しみに。




