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The meteoric shower 1

作者の一大記念日を自分勝手に祝って投稿します。今日一日で三回に分けて出しますので読んでいただけたら喜びます。


時系列的には、Gin Rummyのちょっと前くらいだと思っていただければ。


今日はなんだか寝付けそうに無い。


明日も早いから、早く寝ないといけないのに。


アゼルはシーツの中で寝返りを打った。




毎年、冬のこの時期には空から星が降ってくる。


今日昼間、お客さんが昨日の晩星が降ったと話していた。

夜会の途中バルコニーに出ていた時に見たとか。

量が少なかったからもう今年は仕舞いかも、とも言っていた。


その年によって期間も量もばらばらで、何日も大量に降る年もあるし、一晩に数個降っただけで終わってしまう年もあると言う。

毎年何月何日とも決まっていないので、レイシーの人々はだいたいこの時期になると寝る前に夜空を見上げるのが慣習となっていた。


大人たちの話には聞いていたけど、アゼルはまだ実際には観たことが無かった。

星が降るのはいつも子供たちが夢の中にいる時間だったから。

毎年、毛布に包まってレイズと窓辺に陣取るのだが、気がつくと寝てしまっていて、空は明るくなってしまっている。

そうして二人揃って風邪を引いて、マリアンに怒られるのだ。

去年は休みの日の前の晩にジェムが外に連れ出してくれたが、その前日まで降っていたという星は、その日に限ってアゼルたちの頭上に降ってはくれなかった。

今日はまだ休みが明けたばかりだから明日の仕事に差し支えるわけにはいかないし、今年は大人たちも兄妹を夜連れ出してはくれないだろう。


夕食の席で、今夜男爵家に招待されて恋人と一緒に星を観るのだ、とサーシャが楽しそうに話していたことを思い出す。


…いいなぁ。


そっとため息を吐いて、枕に顔を押し付けた。






先日クレスが来たときにもこの話題になった。


遊びに来たときアゼルが仕事をしていると、大抵横でその仕事を眺めている。その時は庭の隅にあった空き樽を自分で引っ張ってきて座っていた。

北風が冷たい庭で洗濯物を干していたアゼルにそれまで他愛も無い話をしていたが、いきなりこう聞いてきた。


「アゼルは星が降るの、観たことある?」

「ううん、まだない」


そう聞かれて、思わず洗濯物を干していた手が止まる。

この話題が出るときにはどうしても除け者になってる気がして、声が小さくなった。


「絶対観たほうがいいよ!オレも去年初めて観れたんだけどさ、すっっっっごく綺麗だから!キラキラしたのがぶゎーーーーって降るんだよ」


すっっっっごく、に思いっきり力を入れてクレスは興奮気味に力説した。

その笑顔に更に気分が暗くなって、アゼルは思わず下を向いた。


「ねぇ、今年はアゼルも一緒に観ようよ」


今まで樽に座っていたはずのクレスが、ばっと冷たくなったアゼルの手を握る。

下を向いていたアゼルは驚いて顔を上げて、更にいきなり目の前にあったクレスの顔にぎょっとする。

至近距離で覗き込んでくるグレーの瞳を直で見返すのはいくらなんでも気恥ずかしくて、また視線を逸らして下を向いてしまった。


「観たいけどっ……でも、星が降るのっていっつも夜中でしょう?次の日仕事だと、起きていられないし…」


俯いてごにょごにょと返すと、クレスは明るい声でアゼルの言い訳を突っぱねた。


「大丈夫だって、遅くならなきゃいいんでしょ?」

「でもマリアンがいいって言ってくれるか…」

「平気だよ」


尻込みするアゼルの両手を自分の胸に引き寄せて言い募る。

そして口から飛び出したのは、いつもの台詞。


「バレなきゃいいんだろ?」


バレたら大変だよ、そう返す前に超至近距離で畳み掛けられる。


「今年星が降ったら一緒に観よう、バレないように、こっそり迎えに来るからさ」


オレ得意だから、そう言って自信満々に笑うグレーの瞳に押し切られた。


「てめぇ、何してやがるっ離れろっ」


勝手口から顔を出したレイズの怒声が庭に響く。

わ、と二人して声のした方を向く。

クレスは握っていた手をそっと放して、


あ、兄貴にも内緒だよ?


そう耳元で囁くと、またね、と笑ってウサギ跳びであっという間に隣の家の屋根に跳んでいってしまった。


すぐにレイズが走り寄ってきて、クレスの跳んで行った方を睨んで舌打ちする。

そして駆けてきた勢いそのままにアゼルを振り向いて両肩を掴んでまくし立てた。

そのままがくがく揺さぶるものだから、それに合わせてアゼルの首も前後に揺れる。


「おいっ、あいつに今何された!?何でまた手なんか繋いでたんだ、何かおかしなことされなかったか!?」


その勢いに押されつつ、クレスに握られたままの形になっていた手を解いて肩に置かれた兄の手に添える。


「何も無いよ」

「嘘付けっ何も無くてあんなにくっつかなきゃいけないことなんてないだろ!?」

「ほんとだってば」

「ったく、油断も隙もない…やっぱり今度来たら一発ぶち込んで…」

「お兄ちゃん」


ブツブツと物騒なことを言い出した兄を硬い声で諌める。


「何にも無いんだから、ケンカはだめ」


自分と同じ青紫の瞳をひたと見据えて言い含めた。

そのまま3秒。


ふう、と息を吐いてレイズの目に落ち着きが戻ってくる。

レイズは重ねていた手をそのまま移動させてアゼルの頬を包む。

そうしておでこ同士をくっつけて囁いた。


「頼むから、必要以上にあいつに近寄らないでくれ。危ない目に遭ってからじゃ遅い」

「そんな危ないことなんて、ないよ」


兄が真剣に自分を心配してくれているのは良くわかっていたが、クレスはいつも自分に対して紳士で優しいし、おしゃべりも面白い。

確かに屋根の上に上がるのは危険と言えば危険かもしれないが、少しも危なげなくアゼルを抱えて走るクレスにいつしかアゼルは全幅の信頼を寄せていた。


ただ、お姫様抱っこだけはいただけないのだが。


諦めたのか、兄は大きくため息を吐いて手を離した。


「なるべく、あいつと二人きりにはなるな」

「どうしてよ」

「っ…何かあっても助けてやれないだろう!」

「何かって何よ?」


友達を悪く言われるのは面白くない。

アゼルは洗濯物干しを再開するべく、レイズから顔を背けてそっぽを向いた。


「何って…あんまり近づくな。危ないから」

「危ないことなんて無いってば」


レイズが何を言い澱んでいるのかさっぱりわからないが、いつもの堂々巡りする会話にうんざりしつつ最後の一枚を干し終えたアゼルは、また地団駄を踏んでなにやらわめいている兄を無視して空になった籠を抱えて勝手口に向かった。









本当に、迎えに来てくれるだろうか。


……クレスはきっと約束…というか一方的に誘われて押し切られただけだが、言ったからにはきっと来てくれるだろう。


否。


……こんな遅い時間に、貴族のお坊ちゃんが家を抜け出してこんなところまで来るわけがない。


心のどこかで期待はしていたけれど、頭では有り得ないとわかっていた。







もう寝ないと、明日起きられない―――――。


アゼルがもう一度寝返りを打って寝に入ろうとした、その時。







――――――――コンコンコン。







窓が小さく鳴った。



ここは3階。

頭が動くより先にがばっと毛布を撥ねて飛び起きる。

音のした窓を振り向くと、月の逆光に見覚えのあるシルエットが浮かんでいた。



うそ…っ


口の中でそう呟くと、ベッドから降りて靴も履かずに窓に駆け寄る。

窓をそっと開けると冬の夜の冷たい空気がざぁっと部屋に傾れ込んだ。

いきなり吐く息が白くなり、ぶるっと身震いが出る。きゅっと自分を抱きしめつつ、目の前の大木の枝に腰掛けた少年に小声で呼びかけた。


「…クレスっ…あなた、どうやって」


しーーーっ


口元に人差し指を当て、それから手で窓から離れるよう指示された。

そうして数歩窓から離れると、なんとも身軽なことに音も立てずに少年は部屋の中に飛び込んできた。


「お待たせ」


アゼルはそう囁く少年を信じられない思いで見つめた。


ほんとに来た。


来てくれた。


こんな時間に家を抜け出してくるのだって大変なんだろうに。

そんなびっくり眼の少女をクスリと笑って、その頭をくしゃりと撫でた。

コートを着込み、首にはマフラーを巻いた姿で少年は少女を急かした。ひそひそ声で。


「さ、早く支度して。急がないと星が降り終わっちゃうよ」


その言葉にはっとしたアゼルは大急ぎで、しかし音を立てないように気をつけてクローゼットを開けて靴下とセーターとコートを引っ張り出すと寝巻きの上から着込んだ。

また別の意味でも大慌てだった。こんな寝巻き姿をレイズ以外の男の子に見られるなんて。でも今ここで全部脱いで着替える訳にはいかないし、その時間も惜しい。

胸がどきどきしてボタンがうまく留められず、いつもより手間取ってしまう。

たぶん顔が赤くなっているだろうけれど、暗闇に紛れて見えていないことを祈った。

最後にいつもの靴を履き、椅子の背にかけてあったマフラーをぐるぐると口元まで巻いたのを確認すると、少年はやっぱり小声で、さ、行こう、と窓辺に手招きした。


足音を立てないように、うんと気をつけて窓に急ぐ。


「ほら、早く」


そう囁かれ、しゃがんで向けられた背にしがみついた。

あんまりにもどきどきしていたから、心臓の音がクレスにまで聞こえちゃうんじゃないかしらと心配になったけれど、これだけ厚着をしているんだからそれはないか、と思い直した。


クレスはアゼルをちゃんと背負えたか確認すると、じゃ、しゅっぱーつ、とやはり小声で囁いて窓枠から飛び出した。












外は、雲一つない星月夜だった。











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