The distance of ・・・
ひっさびさに出ました。ネズミさんたち。
もうさっさと寝てしまおう。
寝仕度を整えて自室に戻ると、誰もいないはずの部屋で金色の瞳に出迎えられた。
紅茶色の髪をした少年が、人の部屋の暖炉の前でのんびりと商売道具のカードで遊んでいた。
窓の外に広がる漆黒の森は遥か天上の主を仰いでざわめいている。
屋敷の中も寝静まり、もう真夜中になろうかという時間。
「…いつからいるんだよ?」
「ついさっきですよ?」
その口調から目の前にいるのが「どちらか」なのかを知る。
「誰にもお会いしていませんから、ご心配なく」
なんてこと無いかのようにこちらを見もせずにそう言うと、慎重にカードタワーの天辺に二枚のカードを乗せた。
クレスは精神的に疲れた一日の締めがこれか、と一気に疲労を二割り増しされた気分でソファにごろりと横になった。
…まだ「もう片方」でないだけマシだったか。
いずれにせよ、ため息も出ようものだ。
よりによって今日来なくても。
「つれないなぁ、心配してたんですよ?」
ため息の元凶は楽しそうにそう言うと、全然心配した風でもなく肩を竦めた。
残念ながらどう贔屓目に見ても両の手じゃ足りないくらいの項目で規格外判定が下っている目の前の友人に、常識という枠を嵌めること自体が間違っていることを悟っているので、最初こそ驚いたが二回目以降はもう何も言うつもりもなかった。
曲がりなりにも公爵家の人間がなぜこんな時間にぐだぐだと我が物顔で人の部屋の暖炉の前を占領しているのか、とか、侍女がきっちり戸締りをしていった後でどうやって誰にも見つかることなくこの部屋に侵入出来たのか、など、もはや聞く気も起きない。
―「ネズミ」はどこからでも入ってこれるんだよ?
初めてやってきた時にそう言って心底楽しそうに笑っていたのは今は「眠っている」であろう相方の方だったか。
以前公爵家の温室に逆招待されてから、その後も数回公爵家には足を運んでいた。
どうにかこうにかその前よりは上手にトカゲたちを避けることも出来、偶然同席した女公爵にはなぜかいたく気に入られた。
始終直視に耐えないほどまばゆい笑顔だった女公爵曰く、
「この子達を嫌わないでくれる人に、悪い人はいないわ」
だそうだ。
そうは言っても、招かれっぱなしというわけにもいかない。
お返しに再度ダスクを伯爵家に招待したいと申し出ると、女公爵は「タイミングが合えばね」と困ったように柳眉を下げた。
そして現在に至るまで伯爵家でのお茶会は実現することもなく、その全てが招待したその時間にダスクが寝ていたというなんとも彼らしい理由で流れていた。
本当に寝ていたのか相方の番だったのかは知らないが、毎回毎回翌日には招待した「本人」からの丁寧な詫び状が届く。
クレスとしても、どうやっても無理やり起きているということが出来ないらしい「彼ら」を責める気は無いが、とは言えこれではいつまで経っても埒が明かないので、最後の招待状には起きているならいつでも、どちらでもアポイントなしで構わないから遊びにおいで、と添えておいた。
その招待状を出した数日後の夜、突然、しかもバルコニーから直接部屋にやってきたのはドーンの方だった。
「どっちでもいいってヒドイよねぇ。あ、でもどっちともって言われるよかマシかぁ」
無理だろ、そう突っ込んだクレスをひとしきり可笑しそうに笑って、至極嬉しそうな顔をする。
「ボク、招待状なんてもらうの、初めてだよ」
ダスクはよくもらってるけどね。
その時ももう後は寝るだけという状態だったが、蜂蜜色の瞳を輝かせてそんなことを言われては無碍に追い返すわけにもいかず、延々夜半過ぎまでカードに付き合わされたのだった。
それが余程楽しかったのか、それ以降、ダスクの方もたまに不意打ちでこうして本人の予定も確認せずに部屋に直接やってくるようになった。
今日みたいに。
「で、首尾はどうだったんですか?」
「…可も無く不可も無く」
「上々じゃないですか」
アハハッと声を上げて笑った拍子に、出来上がっていたカードタワーがパラパラと崩壊した。
「上々なもんか」
「不可も無くってことは、OKが出たんでしょう?」
「………二年待ち」
「…可も無く、ですねぇ」
カードタワーは飽きたのか、散らばったカードを集めて手際よくシャッフルし始める。
「それで、結局二年待つんですか?」
「…しょうがないだろ」
「じゃあ二年は従者無しなんですね」
「それ自体はどうってことないけど」
「まぁそれでも、その間全く会えないことはないでしょうが…遠距離恋愛は、大変らしいですよ?」
「したことも無いのにわかった風に言うな」
数枚のカードを捲ると、また性懲りも無くタワーの土台を組み始める。
「だから、らしいって言いましたよ」
ダスクは暖炉の前で腹這いに寝そべったまま、顔だけこちらを向けた。
暖炉の逆光の中、金色の瞳だけが楽しそうにキラキラ光っている。
「あぁ、でも付き合っているわけじゃないから遠距離片想いですか……あ、」
動いた振動か、まだ土台だけだったカードタワーがぺしゃんこになる。
「…もうお前帰れよ」
クレスも今日ばかりは相手にする気力も無く、ソファに行儀悪く寝そべって不機嫌も露わにそう言い投げた。
◆
今日はいろいろあり過ぎた。
帽子屋の奉公を下がったら、と言うアゼルの言質を取ると、朝一で大旦那にアゼルを連れて行きたいと詰め寄った。
最悪、アゼルが十七になるまで待たないといけないかと思ったが(もし本当にそう言われたら今頃オレは誘拐犯になっていたかも知れない)思いのほか短く、提示された期間はあと二年。
煙が出そうなほど真っ赤に染まったアゼルの顔に免じて渋々引き下がったものの、それでも二年だ。
「その子が来るまでの二年はどうするつもりだ」
「従者なしでいいです」
「一人で大丈夫なの?」
「何とでもなります」
事の次第を報告すると、両親は始めの二年間オレが従者なしで学院に行くことを心配したが、最終的には気に入らないヤツを連れて行くくらいなら一人がいい、というオレの主張を通してくれた。
母は既に面識があるものの(最初首を傾げていたがオレがぶつかって気絶させた子だと言ったら漸く思い出した程度で)、父はオレがどうしても連れて行きたいといった少女が帽子屋の使用人であることをかなり意外だと捉えたらしく、近々大旦那にアゼルを伯爵家に連れてこさせると言った。
父は仕事に関しては身分に関係なく実力主義だ。
アゼルが貴族でないことよりも、彼女自身がどれだけ有能かで可否を判断するだろう。
その点に関しては心配していない。
損所そこらの連中に比べてもアゼルは働き者だし、礼儀作法もきちんと出来ているし、頭も悪くない。
大きく問題になるような点はないだろう。
だからこそ、アゼルの意思と大旦那の許可が最難関門だったのだ。
気持ちの上で耐えられるかはともかく、二年という待機期間はまぁまぁの出来だと言えるだろう。
父の部屋から出たところで、ラティカに捕まった。
「私は、あの子はやめておいたほうがいいと思いますけどね」
いつもオレが帽子屋に行くのを黙認してくれていたラティカが、そんなことを言う。
「なんて言って説得したのかは知りませんが」
なぜかラティカは苦しそうな顔でオレを見た。
「将来的に辛い思いをするのは、坊ちゃんですよ?」
辛い思いってなんだ。
アゼルの顔が見られないことより辛いことなんてあるかよ。
そこまで言うなら目の前に連れてきて欲しい。
アゼルより耳に障らない声を持っている子。
アゼルより笑んだ瞳が綺麗な子。
アゼルより優しい空気を持っている子。
アゼルより本が好きで勉強熱心な頭のいい子。
アゼルより、オレが一緒にいたいと思える子を。
◆
「そうですね、もういい時間だ」
悪びれもせずカードを手際よく片付け、傍らに落としてあった外套を羽織る。
バルコニーに続くガラス戸をに手をかけたところで、ふと振り返った。
「いくら体は離れても、心まで離してしまってはダメですよ?」
二年は短いようで、長いですから。
心配そうに、しかし真っ直ぐ見つめてくる金色の瞳に、ぐっと心臓が絞られる。
お邪魔しました、と最後は微笑んで出て行った不法侵入者を見送って、クレスは漸くベッドに潜り込む。
「言われなくてもわかってるよ、そんなこと」
暗い天井を睨みながら苦いものを噛み潰すかのように呟いた。
寝返りを打ってシーツを引き上げると、目を瞑る。
新しく買ってやったキャッチを渡した時に、お揃いのピアスを付け直して嬉しそうに細められた青紫が、目蓋の裏からなかなか離れてくれなかった。




