Pueritia somnium -幼き頃の夢-
「うぅ。先生に叱られちゃったよ」
「今回はちょっと仕方がないね。忘れちゃったのは事実だし。とりあえずお昼食べて元気だそ?」
消沈した様子のひかりを、くれはは笑顔を見せながら精一杯慰める。未だに落ち込むひかりは、父親特製弁当の卵焼きを一つ頬張る。
そのおかげか、ひかりの顔に再び明るさが戻る。
「そうだね。今日はなんかついてない感じもするけど、気持ちを切り替えていかないとね!」
「その意気だよひかりちゃん! 元気出していこう!」
再び息を吹き返したひかりは父親が作ってくれた弁当を食べ始める。ひかりの食欲が戻ったことを確認したくれはも倣うように学食のナポリタンを頂く。
昼食を始めた二人は、昨日のテレビの話で盛り上がり始めた。
「そういえばくれはちゃん昨日の『魔法少女アイネ』見た? すごく面白かったんだけど」
「見たよ! アイネちゃんがまさか花粉でくしゃみして魔法少女に変身しちゃうなんて、ちょっと意外だったよね!」
二人が話す魔法少女アイネという作品は、魔法の杖に選ばれたアイネという少女が悪と戦う為、くしゃみをして魔法少女に変身するバトル物である。変身する為にいつも人目から離れてこよりでくしゃみをしにいくその姿が、一部視聴者には受けている。
「びっくりしたよねー。思わず魔法少女に変身しちゃって驚くアイネちゃん可愛かった」
「でも自分に同じことが起きたらやっぱり驚いちゃうよね。魔法少女にはちょっぴり憧れちゃうけど、所構わず変身しちゃうのは困るね」
「魔法少女かぁ。魔法が使えたらいいのにって時はいっぱいあるよね。今朝だって魔法で空を飛べれば信号を待たずにすぐに登校できたのに、なんて思っちゃう」
「確かにそうね。でもそれは早起きすれば解決できる問題だから…」
くれはは苦笑し、ひかりも「だよねー!」と彼女の意見に同意した。
実のところ、ひかりは未だに魔法少女というものに憧れていた。
人に言うとバカにされそうで心の内に秘めているが中学二年生になった今でも魔法少女になりたいという願望を持っていた。
叶わない願いだと理解できないほどひかりは成長していないわけでは決してない。魔法という非科学的な力なんて、現実には存在しないことくらい、ひかりは十分理解していた。
それでも尚、彼女は『魔法少女になりたい』という気持ちを捨てきれなかった。
どうしてそんな突拍子も無い夢を描いてしまったのか。それはきっと、母親の影響が強いとひかりは思っていた。
(お母さんと、ずっと見てたからかな。魔法少女のアニメ)
物心つく前から、母親と魔法少女ものを見ていたひかりは、いつしか画面の向こうの存在に憧れを覚えるようになった。いつも母親の膝元で見ていた魔法少女は、少女の目には輝いて見えていた。幼いひかりは、将来魔法少女になれると本気で思っていた。
しかし小学生になるとすぐにそれは不可能だと知り、随分とショックを受けたものだとひかりは苦い過去を思い出した。
「ひかりちゃんはまだ魔法少女になりたいって思ってる?」
そんなひかりの脳内を覗いているのか疑うようなタイミングで、くれはが彼女に問いかけた。くれはは既にひかりから彼女の小さい頃の夢の話を聞いているので、ひかりが魔法少女を夢見ていたことを知っての上での質問だ。
恥じらいながらも、ひかりは偽りなくこれに答える。
「そう、だね。できることならなってみたいって思うな。も、もちろん分かってるよ? なれるはずがないってこと。それでもやっぱり憧れるっていうか。さすがになりたい職業の枠には入れられないけど…」
「確かに難しいと思うけど、夢を持ってるだけ立派だと思うよ? 私なんて将来なりたい職業なんて今は何も思い浮かばないもの」
「くれはちゃんは成績もいいし、いろんな道があると思うよ! 私は結構平凡な成績だからどこに就職できるか分からないよー」
「まだそんなことを気にするような歳じゃないと思うけど私たち…」
苦笑いするくれはに、ひかりは「それもそっかー!」と笑顔で笑い飛ばした。それは未だに魔法少女を夢見ている自分を笑い飛ばすためでもあった。
父親はまだ何も言ってきていないが、彼女の進路について想っているはず。心配をかけないようにちゃんとすべきだと、ひかりは固く肝に命じた。
(と言っても、何をどうすればいいのか全然分からないんだけどね)
決意するのはいいが、具体的にどう動こうかはひかりの頭の中には全くなかった。とりあえず勉強を頑張って、成績をあげるぐらいしか、できることが思いつかなかった。
しかし感覚派のひかりにとって、勉強はあまり得意なものではなかった。
決してできないわけではなかったが、成績上位者になれる自信は彼女にはなかった。
(とにかく、できることからコツコツとやってくいしかないね!)
何事も前向きに、というのはひかりのモットーである。というのも、小さい頃母親から何度も「どんな時でも諦めずに、前を向いて歩いていきなさい」と教えられたひかりにとって、それは亡き母親との約束でもあった。どんな状況でもめげずに何度も立ち上がっていく。そうすることが、自分と母親を繋げる唯一の絆であると、ひかりは信じていた。
幼い頃に母を亡くしたひかりには、母親と過ごした記憶があまりない。憶えているのはそれこそ、二人で魔法少女のアニメを一緒に見ていたことと、絶対に諦めないと教えられたことのみだった。一度投げ出してしまうと、母親との繋がりが薄くなってしまう。小さな頃からそう思ったひかりはどんなことにでも果敢に挑戦していった。
苦手だった逆上がりを何度も練習し感覚を身につけたり、かけっこでビリになった後何度も走り込み体の重心を前に向けるコツを身につけ後のかけっこで順位を上げたり。どんな時も諦めず、何度も挑戦し自らの力でコツを見つけ出し、後の結果に繋げてきた。
それはただ純粋に、母親との繋がりを保つため。母との唯一の約束を守るため。ひかりはいつも頑張ってきた。
(今度は勉強のコツを探さないといけないかな)
ひかりの中で、次の目標が定まった。
「くれはちゃん、明日お勉強会しない? できれば勉強の方法とか教えて欲しいかなって…」
「勉強会? うん、いいよ! 一緒にしよう!」
「じゃあ明日うちでお父さんと一緒に美味しいお菓子作っておくね! 放課後にすぐに帰って作るからくれはちゃんは5時くらいに来てくれる?」
「5時だね? うん! 私もそれでいいよ! すっごく楽しみ!」
約束を交わしたひかりとくれはは、楽しそうに当日何するかを話し合った。何をして遊ぼうか、どんなご飯を食べようか、とおおよそ勉強会とは思えない内容ではあったが、二人はそんなことは気にもしなかった。ただ単に予定を立てるのが楽しいのだ。
その後チャイムが鳴る寸前までアイデアを出し合い、二人は名残惜しそうに席を立った。
「それじゃあまた放課後に話そう? それまでに私もどんなことをしようか考えておくから」
「うん! 私もいっぱい面白いこと考えておくね!」
いっそお泊まり会にでもしてしまいたい気持ちに狩られるひかりとくれはだったが、その次の日も学校があるのでその案はボツにした。それ故に限られた時間でどう過ごすかを熟慮していた。
二人は未だに楽しめそうな娯楽を思案しながら、ゆっくりと教室へと戻っていく。




